第35話:静かな謁見、そして外交戦の幕開け
あれからリアを先頭に城内を進み、やがて一枚の重厚な扉の前で立ち止まった。
「こちらが、いつも陛下がお客様とお会いになる部屋です。今回もおそらくこちらで間違いないかと。ただ……陛下が既におられるかは分かりません」
「なるほど。じゃあ、みんなの準備が整ったら開けていいぞ」
「パーティー会場に入る時はあんなに嫌がってたくせに、今回はやけに自信満々だな。まるで別人みたいだぜ」
「男子三日会わざれば刮目して見よ。いつまでもあの時の俺だと思うなよ」
「言葉の意味は何となくしか分かんねえけど、坊主のことは毎日見てるぞ?」
そんな他愛ない会話をしている間に、ミナはコートを脱いでリアに身だしなみを整えてもらっていた。
俺はミナからコートを受け取り、ディメンション・シェルフに仕舞う。
それを見て慌てたアベルが――
「俺のも邪魔だから一緒に入れてくれ」
「自分の荷物くらい自分で持てって、ママに教わらなかったのか?」
「そんなこと言いながら、ちゃんとアベルの分も仕舞って差し上げるのですね。……準備はよろしいでしょうか、ご主人様?」
リアの問いに頷くと、彼女は扉の前へ進み、二度ノックをした。
「どうぞ……」
落ち着いた男の声が返る。リアが扉を静かに開け、俺たちはミナを先頭に部屋へと入った。
「三人ともお帰り。ボハニア王国での偵察、ご苦労だった。……そして、そちらが例の“同行者”か」
「私はソウジ・シラサキ。日本では“白崎宗司”と名乗っています。先ほどの言葉でも分かる通り、私は異世界人です。以後お見知りおきを」
「日本人か……。いろいろ聞きたいことはあるが、まずは座ってくれ」
促され、俺は陛下の正面のソファに腰を下ろした。
その隣にミナ。リアとアベルは後方で待機――うちとは逆の配置だ。
「今回は軽い挨拶を、と思ってね。私以外は誰もいない。お茶は……少し我慢してくれ」
「いえ、お気になさらず」
――お茶も出さない。これは短期決着狙いか、それとも探り合いか。
「ではまず、謝罪をさせてもらおう。先ほどの弓兵の件は本当に申し訳なかった。
つい最近まで我が国の周辺では戦が続いていてね。勝った国は“魔法の杖を持った百人の兵”と“鉄の馬車一台”だけで、しかも圧勝したという。それで兵たちが少々過敏になっているんだ」
「そんな時に、ボハニア帰りのミナ達が“見知らぬ男”と一緒に帰ってきた――ってわけですか」
「いやいや、シラサキ殿を疑っていたわけではない。ただ、ボハニアでの騒動の噂も耳に入っていてね。
一応、確認だけはしておこうと。それに最悪の場合でも、ミナ達三人がいれば対処できるだろうという確信もあった」
「つまり――俺がミナ達の敵だったら、そのまま見殺し、ですか。……流石は国王。俺には到底真似できない“英断”ですね」
もちろん皮肉だ。だが、陛下は表情ひとつ動かさず話を続けた。
「さて、今回の件でお詫びをと思っていたのだが……。
どうやら君は、私の娘であり第一王女でもあるミナに“口づけ”をしたそうだね。それも、国民が大勢見ている前で」
「……今回はその件を“チャラ”にしてやるから許せ、ってことですか?」
「ハッキリ言えば、そうだ。だが悪い話ではないだろう?
ミナは王位継承権第一位。許嫁はいないが、候補は何人かいる。
そこへ“どこの馬の骨とも知れぬ男”が娘の唇を奪った――。そんなことをされて黙っている父親はいない」
完全に脅しモードか。なら、こちらも遠慮はいらない。
「……父親としては100点満点です。ですが、他国の王(仮)に向かって、必殺級の攻撃魔法を撃っておいて、よく言えますね。その点では――0点です」
「別にそういうつもりでは。ただ、私は君のことを心配して――」
俺は部屋中をゆっくり見渡しながら、指先で空中をなぞる。
「……一人、二人、三人……十人。……ふむ、全員揃ってるな」
「……誰もいない空間を数えて、どういうつもりだ?」
「あと、あそこ。魔道具で“外部の魔法を封じる結界”を仕込んでますね。
一応見えないように隠してるつもりでしょうが、俺の目にはバッチリ見えてます。
ちなみにうちの城でも似たようなことをしてるんですよ。まあ、魔道具じゃなくて――こういう風に」
俺は自国の城と同じ結界をこの城にも張る。
途端、先ほど数えた位置から十人の兵士が姿を現した。
「おお、護衛の方々でしたか。短剣まで装備してるとは……羨ましい限りですね。
あ、ちなみにうちにも護衛は一人いまして――」
フェイク・フェイザーを発動し、姿をティアに変える。
『今日は荷物を取りに行くだけじゃろ? 危険なことなど何もあるまい』
「とか言って、うちの騎士団の相手しに行っちゃったんですよ。目的地に着いた瞬間、俺が殺されかけたっつうの。
……あれ? ウケませんでした? 俺的にはここ最近で一番面白い話なんですけどね。
ああ、護衛が“ちっちゃい女の子”だったからドン引きですか? でも大丈夫。ああ見えて吸血鬼の四百二十歳ですし。ミナ、リア、アベルの三人が相手でも余裕ですよ」
護衛と言ったが、間違いなく暗殺者だろう。
彼らが一斉に動こうとした瞬間――
「待て。私が命じぬ限り、シラサキ殿に手を出すな」
おっと、“君”から“シラサキ殿”に戻ったか。……どうでもいいけど。
「話が長くなりそうなので、お茶でも淹れましょうか?
日本の物しかありませんが、口に合えば幸いです」
「ソウジ様、お父様の対応が悪かったのは分かりますが、これ以上ご自身の力を晒すのは控えた方が……」
「いや、でも誰かに口の中の水分を吸われたせいで、けっこう喉乾いてるんだけど」
「誰のせいかは存じませんが、今は陛下とのお話中。我慢してください、ご主人様」
「いや犯人お前だろ」
――完全にいつもの空気になったな。
アベルなんか、自分の国の王を前にしてツッコミ入れてるし。
「今までの私の対応は一旦置くとして、いくつか質問をしてもいいだろうか?」
「どうぞ。俺も陛下を責めに来たわけじゃありませんし、もう怒ってませんから」
「嘘つけ。さっきまで滅茶苦茶怒ってたじゃねーか」
「あんまりうるさいと置いて帰るぞ」
「ふざけんな! ここから歩いたら何日かかると思ってんだ!」
「知らねーよ。歩いたことねぇし」
「まずは、ソウジ殿とミナ達三人との関係について教えてくれないか?」
「アベルはうちの騎士団団長。リアはミナと俺の専属メイド。ミナはうちの宰相で――」
「アベルは正しいですが、私とリアーヌの説明、何か一つ足りませんよ、ソウジ様」
「ちょ、ちょっと待て。それだけでも十分問題だろ! まだあるのか!?」
そりゃそうだ。
王女が他国の宰相で、自国の騎士が他国の団長とか、外交的に爆弾級だ。
「いえ、ないで――」
「私とリアーヌはもうソウジ様のものです」
「まだ違うだろ! お前ら二人とも処女だろが! ……あっ」
「ま、まあその話は置いておこう。次の質問だ。
つい先日、ボハニアで大きな騒ぎがあったという噂がこちらまで来ている。
その中心人物、つまり主犯はシラサキ殿で……間違いないのか?」
「どんな噂か分からないので、全部説明しますね」
* * *
俺が経緯を話し終えると、陛下の顔色が真っ青になった。
「う、嘘だろ……?」
「本当ですよ。陛下なら、嘘かどうか分かるはずでしょう? ……なるほど。では、どうぞお確かめを」
「…………」
固まった。
ここでテンプレなら護衛が「貴様! 陛下に何をした!」って怒鳴る場面だけど……現実は静かだな。
まあ、そんなことしたらマジで首が飛ぶけど。物理的に。
とはいえ、あの暗殺者共はまだ臨戦態勢を解いていない。
まあ、こっちはすでにオートバリアを張ってる。……どうでもいいけどな。
「落ち着けお前達。今の話は――全部本当だ」
「ですが陛下! そんなこと有り得ません! この男が何かしたに決まっています‼」
おっ、出た出た。テンプレ展開。
でも、こっちはもう付き合ってられない。
「納得できない方もいるようなので、こちらをどうぞ。
当時の様子を映した映像です。ギルドにも協力してもらいましたので、そちらでも確認を」
テーブルの上に、俺が魔法で改造したテレビをポンと出す。
使い方はブレインリンクで脳に直接送信。――説明? 不要だ。
魔力で動くからコンセント不要。破壊も盗難も解析も全部不可。
ついでにスマホで撮った動画も保存できる。……やっぱ魔法って反則だよな。
「誰かギルドに確認しに行くなら、一緒に連れて帰りますけど?」
「いや、それはいい。ギルドには“情報共有用の魔道具”がある。
連絡速度は異常に早いらしい。噂では、勇者召喚の際に作らせたとか。詳細は私も知らんが」
……ギルド、やっぱ怖ぇな。国より上かもしれん。
「では、ミナとリアの件については改めてご挨拶に伺います。今日はこの辺で失礼します」
「よ、よければ食事でもどうだ? お茶を出さなかった分もあるし……」
陛下としては、“この国に手を出さない”という確約が欲しいんだろうけど……。
悪いけど、もう限界。マジで帰らせて。
「そうだ! 帰るのも大変だろうし、泊まっていけばどうだ?」
絶対に嫌だ。……こうなったら、念話でミナとリアにSOSだ。
このままだと、マジで魔法が封印される。
結局、二人が見事に話をまとめてくれて――明後日また来ることに。
助かったけど……なんか負けた気がする。




