第34話:矢の洗礼と、国王へのご挨拶
「「「「…………」」」」
「ま、間に合った……」
そう呟いた直後、腰が抜けて崩れ落ちかけたところを、ミナとリアが両脇から支えてくれた。
おかげで地面にへたり込まずに済んだが――初めて命の危機を感じたせいか、体の力が抜けて踏ん張りがきかない。
「おい、大丈夫か坊主」
「………………」
「チッ、坊主のやつ、驚きすぎて完全にイッちまってるぞ! リアーヌ、セレニティ・オルド(鎮静魔法)をかけろ!」
「今やってます! それより、あっちの様子はどうなってるんですか!」
「俺じゃ見えねぇよ! それを聞くためにも坊主の回復を急げ!」
――しばらくして。
リアのセレニティ・オルドで呼吸が落ち着くと同時に、少しずつ思考が戻ってきた。
……代わりに、腹の底から怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「ざっけんなよ‼ なんだあの威力は! 転移で海に飛ばしてなかったら確実に死んでたぞ! しかも見事に“俺だけ”狙い撃ちだしな‼」
何が起きたかは言うまでもない。
向こうは――ためらいゼロで矢を放ってきたのだ。しかも、見るからに魔法を山ほど付与したヤバい代物を。
だから俺は反射的に、転移魔法を展開してあの海――初めてドラゴンと戦った場所へと繋ぎ、矢を落とした。
にしても、えげつなかった。
千里眼で追っていたら、最初の一本が発動した瞬間、人ひとり閉じ込められそうな透明の箱が出現。
そこへ残りの矢が次々突っ込み――爆発、炎上、冷気の充満、黒い瘴気……まるで魔法の見本市。
まあ、あんな大技を何度も撃てるとは思えないが。
「そんだけ元気なら大丈夫だな。それで、あっちの様子は?」
「“必中”技だったのか知らねぇけど、向こうは相当慌ててる」
「ちなみにどんな魔法だった? 怒りっぷりからして、見てたんだろ?」
俺が見たままを説明すると、アベルが肩をすくめた。
「それ、多分うちでも最大級の攻撃魔法だな。さっきまで、あれを知ってる連中は“必中”だと信じてたはずだ。それを避けられたら……そりゃ焦る」
「……あの人達のところへ行きましょう。誰の指示か知りませんが、ソウジ様に手を出したこと――後悔させてさしあげます」
「待て待て待て。国際問題になりかねないからやめろ」
「ご主人様はまだ“名乗って”おりませんが、実質的には国王同然。もう既に国際問題でもおかしくありません。それに、もし宣言済みでしたら――即、戦争もあり得ましたね」
……あっぶねぇ。
三人の荷物を取りに来ただけなのに、開戦とか笑えない。いや、他人事なら笑うけど。
「えっと……お取込み中失礼します。王城から、入城許可が下りました」
お、門兵のお兄さん。
てっきり逃げたと思ってたけど、ちゃんと仕事してたのね。疑ってごめん。
「よ~し、じゃあ国王本人に“お詫び”を貰いに行くぞ~」
「坊主、今ふざけてる風で実はめっちゃ怒ってるだろ」
「そんなわけないだろ。まあ、ちょっとは怒ってるけどな……。ミナとリアがいなきゃ、この国には二度と来なかっただろうな」
「本当に申し訳ありません、ソウジ様。王城に着き次第、早急に事実確認を――」
「いや、そういうのはいい。謝られたって何も――」
「私にできることなら何でもします! だから――んぅ⁉」
泣きそうな顔で言葉を被せてくるミナ。
このままじゃ確実に泣く。説得の言葉も浮かばない。なら――塞ぐしかない。
――という、童〇らしいシンプル思考に従い、俺はミナの唇を奪った。
「ご主人様ってば大胆ですね。まさか陛下へのご挨拶より先に、国民の前でお嬢様とキスなさるとは」
「おい! 何のんきに言ってんだ! 警備兵がこっち向かってきてるぞ!」
案の定、周囲がざわつき始める。
「俺は悪くないですよ! 悪いのは全部、あそこの弓兵部隊です! でも全力で逃げます!」
王城の方角を掴み、キス体勢のままミナを左腕で抱き寄せ、リアを右腕で引き寄せる。
すぐさま自分にだけ浮遊魔法をかけ、両足でアベルのコートの裾を引っかけてずり寄せ――
「おい‼ いきなり何すんだ!」
「うるせぇ! 体が半分になりたくなかったら、黙ってろ!」
アベルが大人しくなったのを確認し、足を離す。――転移、発動。
* * *
「ここは……城内の庭園か。来るの、一週間ぶりだな」
「んっ……ちゅ、んふっ……しゅごいでしゅ、ごしゅじんさま……」
「わたし、ソウジ様に嫌われちゃうかと思って……ひっく、えぐっ……」
「……何してんだお前ら‼ 坊主に泣きついてる姫様は兎も角、お前は離れろ、このエロメイド!」
転移直後、リアの突然のディープキスで視界が塞がっていたが、アベルがリアを引き剥がしてくれて、ようやく視界が戻った。
うわ……離れる時、涎が糸引いてた。
頬は上気、目はとろん――えろすぎ。今度、サクランボのヘタでも渡してみるか。
「あん……何するんですか、いきなり」
「何で坊主とキスしてんだよ! しかも舌まで入れやがって!」
「だって、お嬢様だけズルいじゃないですか。私だって、不安で一杯だったんです」
最初は不安でも、途中から完全にスイッチ入ってただろ。舌の回し方、プロ級だったぞ。
「さっきの件は二人のせいじゃない。俺の言葉を信じずに構えてたアベルは兎も角、ミナとリアは即座に守ろうとしてくれた。――それで嫌いになるわけないだろ」
この国の方は……今後の対応次第だがな。
「だそうですよ、お嬢様。いつまでご主人様に抱きついてるおつもりですか?」
「初めてソウジ様に抱きしめてもらいました。……凄く幸せで、離れたくありません」
「いや、泣き止んだなら離れてくれ。早く国王に挨拶しに行くぞ」
「さっきまで優しかったのに、いきなり態度変わりすぎだろ。どこが“ちょっと怒ってる”だよ、完全にキレてんじゃねーか」
当たり前だ。
俺が王女にいきなりキスしたのも悪かったが、その直後に武器構えて突っ込んできたんだぞ?
あれ、完全に“もう一回殺る気”だったろ。どんな言い訳するか楽しみだ。
「てか、そろそろ行かないと拙いだろ。入城許可もらってから結構経ってる」
「そこはお気になさらず。お父様達の準備に時間がかかりますから、むしろ今が丁度よいくらいです。……とはいえ、これ以上は悠長にしていられませんね。残念ですが、参りましょう」
ミナがそっと離れ、代わりにリアがすっと近づく。
「ご主人様、お口の周りをお拭きしますので、動かないでくださいね」
「あひがとう、リア。……でも、だれの“しぇい”だろうな」
「そうですねぇ……やはり、ご主人様に矢を放った無能共のせい、でしょうか。――はい、綺麗になりましたよ」
確かに元を辿ればあいつらだが、それを“責任転嫁”って言うんじゃないか? まあいい。
「よ~し、国王本人が、どう言い訳するか聞きに行くぞ~」
「お前、時間経つほど怒りレベル上がってねぇか?」
「時間が経つと落ち着くのは自然。落ち着くと怒りが明確になるのも自然。つまり今の俺の怒りも、自然現象だ」
「……坊主、理屈は合ってるけど怖ぇよ」
「三人とも、この先何があっても“絶対に”手を出すな」
そう念押しすると、三人は順に頷いた。
「かしこまりました、ご主人様。ただし、私達が危険と判断した場合はお許しください」
「それと、ソウジ様がやり過ぎそうになった場合は止めますからね」
「あ~あ。坊主が何をやる気かは知らんが……陛下も可哀想にな」
――いやいやいや。可哀想なのは二度も殺されかけた“俺”だからな。そこ、間違えるなよ。




