第31話:修羅場の翌朝、姫に顎クイで理性が吹き飛んだ件
……というのが、昨日の話。
「私を一人にしたって言うけど、リアも一緒に寝てただろ。――ってことで今回の件は終わりな」
たぶんミナが寝てる間に、リアが同じベッドに潜り込んで、先に起きた。だから気づかなかった――そんなところだ。
「なに勝手に終わらせようとしてるんですか‼ まだ話は終わってませんよ!」
「昨日も言ったけど、ミナには立場ってもんがある。仕方ないだろ。ベッドで寝かせてやったんだから、それで我慢しろ」
「だからって、魔法まで使うことないじゃないですか! そのせいで私、起きてからの“いつもの時間”がちょっとしか楽しめなかったんですよ。もっと色々やりたかったのに!」
ここで「何を?」なんて聞くほど、俺はバカじゃない。ご想像にお任せだ。
「とはいえな。魔法で寝かせなきゃ、絶対に諦めなかったろ。ミナと一緒に寝るだけでも危ないのに、“抱きしめて寝ろ”は……無理だ。高確率で、朝起きたら事後コースだぞ」
「そ、それ本当ですか?」
「本当だって。昨日、お姫様抱っこした時だってどれだけ我慢したと思ってんだ。キスすら耐えた自分を褒めたいくらいだ」
昨日までの俺なら――
『キスして、部屋でイチャついて、そのまま流れで……? あるわけねーだろ! 最初からその気満々でやってんだろ!』って思ってた。
……でも。
ミナの体に触れているうちに、分かった。
――『あ、これマジだわ』って。
もしミナが起きてて、少しでも誘惑してきたら……確実にアウトだった。
そう考えると、セリアの時よく耐えたな俺。あいつに子供っぽさが残ってたのも大きい。
「えへへ~、そこまで言われると悪い気しませんね。それにソウジ様がどれだけ私を大切にしてくださってるのかも分かりましたし……でも、そのせいで余計に気持ちが高まっちゃったというか……ソウジ様のベッドでまだ途中――い、いえ、なんでもないです」
はぁ……俺、キスすらまだ数回しかしてない。文句はほどほどにな。――にしても、まさか顎クイをやる日が来るとは。
「ミナ……」
そっと顎を持ち上げ、軽く口づける。
「ちゅ、んん……っ、んふ……」
離さず、下唇を挟んでゆっくり舐める。
「ぁ、っ……! んん、っ……ちゅっ、ちゅぁ……っ」
「これで満足したか?」
「は、はい……」
ふむ。昨日ネットで見かけた“簡単にできるディープキス”――バインドキスってやつを試してみたが、確かに普通のより顔が真っ赤だ。
似た“ハムハムキス”もあったけど、難しそうだったからやめといた。……にしても、まだ照れてる。そんなに赤いと、こっちまで引っ張られる。
「そういえば、なんで俺が仕事部屋にいるって分かったんだ?」
「えっ⁉ あ、ああ、それはですね……ソウジ様を探していたら、昨日とは違う服を着たティアさんに会いまして……ここだと教えてくださったんです」
「あ~、なるほど。それで文句言いに来ただけか?」
「いえ、それもありますけど……一番の目的は“朝ご飯ができたので呼びに来た”です」
「ん? ああ、もうすぐ七時か」
うちでは立場に関係なく、全員そろって食事をするのがルール。朝は七時固定。昼と夜は日によって人数が変わるから、準備が整い次第だ。
「はい、ですのでご一緒にリビングへ行きましょう♪」
「……なぜ腕を組む? しかも妙にくっついてるし」
「さっきのキスの続きです♡」
――昨日見た“男と女の違い”の記事が頭をよぎる。
男はキスをすると最後まで行きたくなることが多い。女はキスだけでも満足できる。……まあミナは、どっちも行けるタイプだな。
「あら? ソウジ様の履いてる靴……今朝ティアさんが履いてたのに似てますね。なんという履物なんですか?」
「俺のはビーチサンダル。ティアのは下駄。ミナも和室に行ったことあるだろ? 俺の国じゃ家の中は靴を脱ぐんだ。だから一日中靴を履いてるのが落ち着かなくてさ。裸足に近いビーサンにしただけ」
「なるほど。でも、なぜティアさんまで?」
「それは……昨日の夜、ティアを連れてコンビニに行った時、俺がビーサンを履いてるのを見て“わらわも欲しいぞ”って……やっべ‼」
落ち着け宗司。ミナは“コンビニ”を知らない。まだ誤魔化せる……!
「そういえばソウジ様、昨日はどこでお休みになったんですか?」
「え~と……居間のソファー……痛い痛いっ! 腕組む力を強めるな!」
「嘘はいけませんよ。もう一度伺います――どちらでお休みになられたのですか?」
……やっぱバレたか。ミナは嘘を見抜けるんだった。
「……俺の部屋の改造ドアを通って日本の自宅に帰ったら、いつの間にかティアまでついてきてました」
「はい、よく言えました。それで――“コンビニ”とはなんですか?」
こうして、せっかく直ったミナの機嫌をまた不機嫌にしてしまったうえ、リビングに着くまでに“寝た後のこと”を全部吐かされる羽目になった。
「つまり――ソウジ様の寝る場所がなくなったから日本のご自宅のベッドで寝ようとしたら、こっそりティアさんがついてきて……追い返すのも面倒でそのまま泊めただけでなく、一緒に外出までしたと?」
「はい、仰る通りです」
勘のいい人なら「ティアみたいな見た目の子供を連れて歩いたら補導されるだろ」と思うだろう。だが不思議と何の問題もなかった。理由は――
「……ソウジ様、ちゃんと私の話を聞いてますか?」
「はい!」
「兎に角ズルいです! 私だってソウジ様のお家や日本に行ってみたいのに! ティアさんだけなんて意地悪です! 私も行きたいです!」
どうだ見たか、俺の必殺技“本当でも嘘でもない返事作戦”。
『はい、聞いてます』とは言わず、ただ『はい!』だけ答える。
これなら嘘と断定されず、あたかも聞いていたように見せかけられる。……実際はまったく聞いてませんでした。
その後ミナは『今すぐ連れてってください!』だの『これは証拠の残らない異世界不倫です!』だの騒ぎ出し、宥めるのに十分かかった。
***
「随分遅かったのう。わらわがミナと会ったの20分程前じゃぞ? もっと早く来ると思っておったのじゃが」
「色々あったんだよ……。はぁ、ギリギリ間に合った」
「朝からミナと腕を組んで来るなんて……一体何をしていたのかしらね、ソウジ?」
「さあな。ただミナに吸われすぎて喉が渇いた。麦茶飲んでくるから、そろそろ離してくれ」
「別に私の喉は渇いていませんので」
――そりゃそうだ。さっきまで俺の口の中の水分を吸ってたんだから。
思い返しているうちに朝ご飯の準備が整い始め、麦茶は諦めて席に着く。
「……なんでみんなの前にはサンドイッチと野菜スープがあるのに、俺だけスープしかないんだ?」
「ぶははははは、坊主の分だけ忘れられたんじゃないか?」
「昨日の怒っておったリアーヌならまだしも、今日は違うじゃろ。それに今日から子供達も一緒に準備しておるしな。……それだけ元気なら鍛錬を昨日より厳しくしても良さそうじゃの」
「かっ、勘弁してくれよ師匠。昨日ですらギリギリだったんだ。これ以上やったら動けなくなる!」
「な~に、鍛錬が終わったらリアーヌに回復魔法を掛けさせればよい」
……全然安心できねぇ。それにしても、アベルがティアを“師匠”呼びするほどって、どんだけ厳しかったんだ。
「鍛錬を厳しくするのは構いませんが、大怪我だけはさせないでくださいね。一応治せますけど、万が一もありますから」
「分かっておる。それよりお主が持っているのは何じゃ? 食パンに見えるが」
「これはパン嫌いなご主人様のためにご用意したフレンチトーストです。ここにはパンしかありませんでしたので、エメ先輩と相談して作ってみました。……いかがでしょう?」
「俺は出されたもんは黙って食うぞ。まあ、サンドイッチよりフレンチトーストの方がありがたいけど」
「ん? サンドイッチもフレンチトーストもパンですよね。何が違うんですか、ソウジ様」
……あ~その質問ね。給食で普段パンを残すくせに、揚げパンだけ食べると必ず飛んでくるやつ。説明が難しくて納得されないんだよな。
「それはですねお嬢様。例えるなら、ピーマン嫌いの子に小さく刻んで他の料理に混ぜて食べさせるのと同じ。ご主人様にとってフレンチトーストは“パン”じゃなくなるんです。つまりピーマン嫌いの子供と一緒なんですよ」
……例えは気に食わないけど、理屈は分かる。
まあ、俺ピーマン普通に食えるけどな。
「ふふっ、さっきまで大人の男性だったソウジ様が、今はすっかり子供ですね。でも――私はそんなソウジ様も、好きですよ」
……ピーマンのくだりは納得いかないけど、ミナの機嫌が直ったなら――まあ、いっか。




