第20話:好きって気持ちは平等じゃない
結局、俺は何が悪かったのか分からず悩んでいると、セレスさんが耳元に口を寄せて小声で囁いた。
「好きな男性が、自分以外の女性には必要な物とはいえプレゼントを渡したのに、自分は何も貰えなかった――乙女心的にはあまり褒められたものではありませんよ、旦那様」
「えっ、そうなの? いや……でも昨日あの二人には同じような物を渡してますけど」
「毎回何か渡せという意味ではありません。ただ今回は女性陣の中で、ミナ様とリアーヌ君だけが何も貰えなかった。しかも、お二人は旦那様に好意を抱いておられるようですし」
「つまり……俺にその気がないならともかく、少なくとも悪く思っていない以上、何か用意すべきだったと?」
確かに。
膝枕や頭を撫でられた時、俺は抵抗しなかった。
あれを“拒まない”時点で、気づかれない方が不自然だ。
「特にミナ様やリアーヌ君は立場柄、人を見る目が何より大切なお方です。旦那様のお気持ちなど、手に取るように分かるでしょう。恋愛ごとに敏感なのは――女性の本能ですから」
「な、なるほど……でも今から買いに行っても店は閉まってるし」
「ならば謝るしかありません。今回は“初犯”ですし、何とかなるでしょう」
「初犯て……そんなにヤバい案件なのか?」
とにかく謝っとくか。
「……なんですかソウジ様。わざわざ私とリアーヌの前に来て」
うわっ、怖っ。
逃げたいけど、帰る場所はここしかない。覚悟を決めろ。
「あ、あのですね……その……今回は俺の気が利かなかったっていうか……ミナとリアーヌさんには、えーと……プレゼントというか、何というか……とにかく何も用意してなくて……。で、でも今からじゃ……ちょっと用意するのが難しいんですよ……」
「そうですね……こちらの世界のお店とご主人様の世界のお店の閉まる時間が同じなのかは存じ上げませんが、おそらく同じくらいなのではないでしょうか?」
「……はい、そうです。だから、その~……何というか……す、すいませんでした‼」
久々に頭なんて下げたぞ、俺。
最後にこんなことしたのは――大学の編入試験の面接の時か?
……とにかくこれで、さすがに二人なら許してくれる……よな?
「でっ? ソウジ様は今後どうされるおつもりですか? まさか一度謝って“はい終わり”なんて言いませんよね?」
「…………」
やばい。やばいやばいやばい。
これ完全にキレてるやつだ。
だって今、謝罪の時に絶対聞きたくない言葉ランキング堂々の第1位――“でっ?”が出てきたもん。
これを言われた側は、相手が納得する答えを出すまで延々と
「そういうのはいらない」とか「それはもう聞き飽きた」を繰り返されるという蟻地獄に突入する。
しかも答えは自分で導き出さなきゃならない。……正直、人によっては東大受験の方がまだ簡単だと思えるくらいだ。
「え、え~と、明日アクセサリーでも買ってきますんで――」
「いえ、それではまるで私達がご主人様にたかっているように見えてしまいます。ですから、そのようなお気遣いはご遠慮いたします」
「それに……私達が怒った時、プレゼントを渡せばすぐ機嫌が直る――そんなふうに思われてしまうのは、もっと嫌ですから」
……くっ、物で釣られないタイプか。
メチャクチャ良い女じゃねーか! 日本にこんな子いねぇぞ!
――じゃなくて、マジで正解が分からん。
誰か答えを教えてくれよ。
特にさっきからソファーでくつろぎっぱなしのアベルとかさぁ。
……つか、あいつ昨日すら何も貰ってないのに怒ってないじゃん。
いや誤解すんなよ? 嫌いだから渡さなかったんじゃなくて、単に用意できなかっただけだ。
体は人間とほぼ同じでも、あのしっぽがあるせいで普通の服じゃ無理だったんだよ。
まあ実はそのお詫びも兼ねて今日は酒を何本か仕入れてあるんだけど――
もし今それがバレたら火に油だな。
……ん?
アベル、何を一人で身振り手振りしてんだ。そこからだと俺とセレスさんにしか見えてないぞ。
笑わせにきてんのか? にしては全然おもんないが……いや待て、もしかしてジェスチャーで何か伝えようとしてるのか?
え~と……自分の首の前に親指を横にして、右にスライド。
…………なるほど、俺に「死んで詫びろ」ってか。
ふざけんな!
……って、あれ? 今度は胸の前で誰かを抱きしめる仕草?
死んで詫びろの次は抱きしめろ? 忙しいなおい。
大体、死んだら抱きしめるどころか動けねーだろ。
いくら俺が魔力ゴリ押しのチート持ちでもそれは無理だ。
………チート……何でも?
もしかして「何でもする」って言えってことか?
確かに「何でもするから許してくれ」って言えば、正解ルートに入れる可能性は高い。
けど外したら即アウト。
「結局何も分かってない」って言われて更に炎上……まさに諸刃の剣。
でも他に打つ手がねぇ……ここはアベルの案に賭けるしかないか。
「お恥ずかしながら、俺はこの歳で彼女がいたこともなくて、女心がよく分かりません。
だから……何でも言うことを聞くので、今回だけは許してください!」
「「…………」」
えっ、無言!?
賭けに負けた? 剣、折れた?
「ソウジ様」
「はっ、はいっ!?」
「実際のところ、ソウジ様は私達のことをどう思っているのでしょうか?」
ここでその質問かぁ……。
正直、ミナが相手じゃなければ適当に嘘でごまかして逃げるところだが、あいつに嘘を見抜かれたら終わりだ。
次はないかもしれない。
「正直に言えば……俺は二人とも好きだ。俺の世界では一夫一妻が普通で、ハーレムに憧れもあった。
だが実際こうなって分かった。全員を平等に好きになるなんて不可能だ。必ず差は出る」
小説の主人公みたいに「全員平等に愛す」なんて言葉は戯言だ。
顔や性格、体形……好みは必ずある。
「ですが、ご主人様。それはごく普通のことですし、それを理解した上で嫁ぐ女性は大勢います。
お姫様であろうと、一般市民であろうと関係ありません」
「それに、複数の奥方を持つ王や貴族など珍しくもありません。
中には美しい女性を侍らせることを一種のステータスとしか考えない者もいます。
ですがソウジ様はそうではなく、多少の気持ちの差はあれど私とリアーヌを“好きだ”と思ってくださっている。
その事実だけで十分だと思います」
――これが“一夫一妻が当たり前”の世界と、“一夫多妻が普通”の世界の思考の違いか。
前者は「独占したい」、後者は「一番でなくても愛されたい」。
いや、違う。
人は誰だって欲深い。
結婚したら「自分が一番でありたい」「出来れば自分だけを見てほしい」と思うはずだ。
つまり、彼女達は“一夫多妻だから何も思わない”のではなく、“そこから目を逸らしているだけ”。
二人がそれを分からないほど愚かだとは思えない――。
……分かっている。
それでも俺は、この場から逃げ出したくなるほど怖かった。




