第1話:神は、俺の家にいた
――これは、俺が“あの日”に左腕を失う前の話だ。
突然だが、みんなは異世界に行きたいと思ったことはないだろうか。
……もっと言えば、神様からチート能力をもらって、異世界ラノベの主人公みたいに「異世界で俺TUEEEしながらハーレム作って王様になる」とか考えたことは?
ちなみに俺はある。
大学三年の今でも、ほぼ毎日考えていたくらいだ。
――そう、「考えていた」。過去形なのは、その夢が叶ったからである。
***
「はい、終了。後ろから前へ答案用紙を回して」
教授の声に合わせて、一番後ろの学生が答案を前へ回し始める。同時に、教室のあちこちで雑談が湧いた。俺も例外ではなく、隣の席のよっちに声をかける。
「これで三年のテストは全部終わり。明日から春休みだな」
「まあ、これから会社説明会とか就活とか色々あるけどね」
正直、その話題は聞きたくなかった。最近はどこに行っても、就活の話ばかり耳に入る。
はぁ……なんで人間って働かなきゃいけないんだろ。
そもそも人間を作ったのは誰だよ。そんなすげー存在がいるなら、就活が本格化する前に俺を異世界俺TUEEE主人公にしてほしいもんだ。
くだらない妄想で現実逃避していると――
「よし、帰るぞ、よっち」
「今、現実逃避してたでしょ」
よっちが呆れつつ立ち上がり、俺たちは歩きながら話す。
「そ、そんなわけないだろ! 就活についてちゃんと考えてたわ」
「ふーん。で、どんなこと?」
「神の力で異世界召喚されて、そのまま王様になる!」
俺の答えに、よっちは隠す気もなく呆れ顔をした。
「またそれ?」
「いや、毎回言うけど冗談だって。……でも実際、ラノベ主人公みたいになれたら勝ち組じゃね?」
チート能力ゲット、王様就任、美少女ハーレム付き。これ以上の勝ち組がいるか?
それに比べて社畜人生なんて負け組そのものだ。
そう言ったら、よっちは「じゃあこの世界の人間はほとんど負け組だね。そして宗司もその仲間入り」と容赦なく切り捨てた。
そんな話をしているうちに自宅へ到着。
「んじゃ、またな、よっち」
「じゃあね」
別れを告げて家に入り、靴を脱いでリビングのドアを開ける――
「あっ! 宗司おかえり~」
「…………」
パタン。
冷静にドアを閉められた時点で、まだ落ち着いている証拠だろう。
……ん? いや待て。知らない金髪美女がリビングにいたのに、なんで俺は冷静なんだ?
そうか、見間違いだな! 納得。
自分を誤魔化しつつ、もう一度ドアを開ける――
「ちょっと~、『おかえり』って言われたら『ただいま』って言うのが常識でしょ!」
「…………」
「なんで黙ってるのよ! 早く言いなさい!」
どうやら声が出なかっただけらしい。深呼吸して落ち着いてから問いただす。
「……よし。それで、あんた誰?」
「名前を聞く前にまずは『ただいま』でしょ? 常識くらい守りなさいよ」
「お前に常識どうこう言われたくねーよ! 不法侵入だろ。今すぐ警察呼ぶぞ!」
慌てた金髪美女は叫んだ。
「ちょっ、待って! 名乗るから通報しないで!」
そして何故かドヤ顔で――
「こほん。私は天照大神よ‼」
「……新手の宗教か。やっぱ通報」
「こらこら! 本当に天照大神なんだから! 普通なら今すぐひれ伏すでしょ!」
自称・天照大神が騒ぐ。こういうときは下手に刺激しない方がいい。ニュースで見た人質対応の基本だ。
よし、話を合わせるか。
「それで、天照が俺に何の用だ?」
「敬語も使わないし呼び捨て……まあいいわ。用があるのは宗司、あなたよ」
「俺に?」
「お正月に男友達と、この近くの小さな神社に行ったでしょ?」
ああ、確かによっちと行った。俺がふざけて――『あんな神社で願えば何でも叶えてもらえるんじゃね?』と言った、あの日だ。
「そしてあそこで――
『異世界で俺TUEEEしてる主人公みたいになって、王様になれますように』
って願ったわよね?」
俺の願いを一語一句、正確に。
……マジか、こいつ本物?
いや、でも神なんて――。
「考えてることは大体分かるけど、私はその願いを叶えに来ただけ」
ますます怪しい。だが無視して逆上されても困る。
「そうか。本当なら嬉しいが、一つ質問。あの神社の祭神は雷神のはずだろ? なんで天照が?」
実際、調べたらあの神社は雷神だった。天照は伊勢神宮だ。
「ああ、それ? 伊勢は忙しくて過労死しそうだったから、正月は雷神の所で休んでたの。そしたらアンタが来たってわけ」
「ただの職務放棄じゃねーか! その間の願いはどうしたんだよ!」
「AIが自動でリスト化してるから大丈夫。全部叶えるわけでもないし」
「……神までAI頼みかよ。じゃあわざわざ来る必要なくない?」
「だって正月くらい休みたいじゃない?」
はぁ……。
結局「人混みが嫌だから雷神の所でサボってた」ってことか。
……って、あれ?
いつの間にか本物だと信じかけてね? 危ねぇ。
「で、話を戻すけど」
天照はにやりと笑った。
「あなたの願いは、ちゃんと叶えてあげる」
俺の心臓が、わずかに跳ねる。
「ただし――」
その一言で、空気が変わった。
「その力でも――
死んだ人間を“元通り”にはできない。
それでも、異世界に行く?」
――ここから先は、もう後戻りできない。




