第129話:悔しくないのか?
「……ちなみにこの三者面談の内容は何だったと思う? 当たったら何でも一個だけ言うことを聞いてやるぞ」
「え、えーと、話の流れ的に成績面の話とか?」
「半分正解ってところだな。ってことで、それ相応のお願いなら一個だけ聞いてやってもいいぞ」
そう言うとマイカは繋いでいた手の力を少し強めた後、珍しく真正面を向いたまま
「じゃあ、私がお家のリビングに行くまでこっちを見ないでくれると嬉しい……かな」
こんなレベルの話をいくつか聞いたところで泣くほどじゃなかろうに。折角俺が何でも言うことを聞いてやるって言ったんだから、もっと違うことを言えばいいものを。勿体ない。
「承知いたしました。ということで正解は……『もしかしたら宗司君は他の子とはちょっと違うのかもしれないので、一度病院で検査を受けてみたらどうでしょうか?』でした」
もちろん担任が言った“他の子と違う”という言葉は頭を指している。まあ残念ながら私はこのようにごく普通の生活を送っていますし、なんなら国王までやらせていただいておりますよ……青柳先生。
なんて煽りは置いといて、まあこれで俺がどれだけ馬鹿なのかは分かってくれただろう。ちなみにそれを断ってやったら、今度は『それなら補佐の先生を宗司君専用に用意しましょうか?』と言われた。もちろんお断りしましたけど。
あとは……まあ似たようなことが専門学校に入るまで続いたくらいで、記憶に残るようなものといえば大学受験に失敗した時、母親が父親に向かって『もう嫌だ』だの『恥ずかしくて外を歩けない』だの、大声で泣きながら言っていたことくらいだな。
「ってか今気付いたけど、俺って完全に母親が外で見栄を張るための道具じゃね? 結果的には見栄じゃなくて恥を掻かせる道具だったけど。いや、でも逆に妹は勉強も習い事のピアノと水泳も駄目な兄とは比べ物にならないほど優秀だったし、これでプラマイゼロだな。うん」
一応俺も幼稚園の時から小六までピアノと水泳をやっていたけど、勉強以外もポンコツな私は同年代の奴に比べてかなり劣っていたため、よく『私は一体どんな顔をしていればいいっていうのよ』とか、『なんでアンタの方が○○君より始めたのが早いのに抜かされてるのよ』などなど、安定の毒親っぷりを見せつけてくれた。
ぶっちゃけ本人からしてみれば、最初からやりたくてやっているわけではないどころか、ただの母親による自己満足でやらされていただけなので、発表会で演奏する曲のレベルが低かろうが、水泳の進級テストによってどんどん他の奴らに抜かされようが心底どうでもいいと思っていたし、何度もそう伝えたが返ってくる言葉は『悔しくないのか?』か『恥ずかしくないのか?』の二つのみ。
また、俺は運動神経も悪いもんだから、運動会が終わって家に帰ると必ずクソ婆から徒競走でビリかビリから二番目だったことを、例の二つのセリフを交えた罵詈雑言と共にぶつけられる。
つかそんなに嫌なら態々見に来るなよと思うかもしれないが、あのクソ婆からしてみれば子供の運動会や発表会にちゃんと行ってあげてる私は凄くいい母親! という風に思い込んでいるので、その理論は通用しない。
「私の勘違いだったら申し訳ないんだけど……さっきから出てきてる『悔しくないのか?』と『恥ずかしくないのか?』っていう言葉って、『私は他の家の子供に自分の子供が負けて悔しい』と『私が恥ずかしい』に聞こえるんだけど」
「おっ、鋭いなマイカ。俺は昔から言われ続けてたせいでこうやって改めて話すまで全然そのことに気付かなかったってのに。……ほぼ間違いなくそうだろ。アイツにとって自分の子供は己の見栄を張るための道具でしかないんだから」
なんてことを言っておいてなんだが、別にこれはこっちにとっても悪い話ではない。というのもあのクソ婆の最優先事項は自分の子供を使って己の見栄を張ることなのだから、その為には罵詈雑言を飛ばしまくるだけでは成立しないのだ。
つまりそれらを成立させるためにはちゃんとした子育ても必要になってくるということで、毒親に育てられた割には結構ちゃんとした大人へと成長することに成功している。
まあこれに関してはうちの父親と母親の仲が悪いことと、厳しすぎる父親から子供を守る母親という役割があったのも影響してると思われるので、そう考えると物心ついた時から大っ嫌いだった父親には大感謝である。
「って、なんか話がズレちゃったな。えーと、確か俺が馬鹿だって話だったから……とにかく俺は馬鹿で運動音痴で才能もない、母親にとって邪魔でしかないゴミ人間だけど、四歳年下の妹はそんな俺とは真逆の存在として今は女子高生をやっている。これでOK?」
「話すのが面倒臭くなったのと、お母さんとの関係については分かったけど、この話を聞いた限りじゃ昔はともかく今も自分のことを馬鹿だって言ってる理由が分からないんだけど」
「他の国はどうか知らねえが、少なくとも日本って国は学校の勉強で身に着けた学力を使ってマウントを取るのが大好きな人間が多くてな。やれ偏差値だ、出身校だ、就職先だ、給料の額だと、馬鹿にし馬鹿にされるなんてのはよくある話だ」
そのせいで、いくら本を読んで知識をつけようが、他の奴らは中々できないような技術を身につけようが、全く評価されないのが当たり前。そして俺は周りの奴らに比べて勉強はできないが、他人の評価を受けにくい分野では自信がある、という少なくとも日本で学生をやっているうちは生きにくい側の人種なのだ。
日本人がこの話を聞いたら『そんなの学校で教わるようなレベルの勉強すら出来ないお前が悪いだけだろ』とか言われそうだが――
例えば四年制大学を卒業するまで学校の勉強だけを頑張り続けてきた人間と、必要最低限の学力しか身についていない代わりに学校の授業では絶対に教えてもらえないような知識を沢山知っている人間。この二人が同条件で同じ会社の面接を同時に受け、どちらか一人だけが受かるとしたら……俺は後者が合格すると思う。
何故なら仕事相手というものは学校の先生のように“たった一つの正解”だけを求めているのではなく、他にも色んな答えを求めていたりすることが多いからだ。
そうなった時、前者は一つの答えしか持っていないのに対し、後者は二つ三つと持っている可能性が高い。これは誰でも分かる話だろ。
――まあ後者側の人間になるにしても最低限の学力がなければ意味がないけどな。
今はスマホがある? 調べればいい?
笑わせるな。
最低限の学力がなければ文字も読めないし、意味も理解できない。検索すらまともにできない可能性だってある。
そんな状態で調べ続けてたら日が暮れるどころか年が変わるぞ。あけまちておめでとうごじゃいま~す(笑)
「話としては面白いんだけど……誰かを煽ってるようにも聞こえるのは気のせい?」
………………。
「だから俺は孤児院の教育担当の人達に四つの条件を出して子供達が勉強を嫌いにならないよう対策をし、更にこっちで面倒を見ることで必要最低限の学力は全員身につくように計画した結果……その第一号がレンだったってこと。まあ結局これは全て過程であって、将来どうなるかは分からないけどな」
それに、いくらこっちが孤児院に図書館を作ったりして環境を整えてやっても、結局最後は本人のやる気次第になる。だから、俺が面倒見てやれるのは最低限の学力を身につけさせてやるところまでだ。
「でもここまでの話を聞いてた感じ、ソウジ君は日本の教育方針とはまた違った方向でやっていこうとしてるみたいだし、流石に全員とは言わないけどかなりの人数がそれぞれの才能を開花させて活躍してくれるんじゃないかな」
「どっかの偉い人が言うには人間必ず何かしらの才能があるらしいし、そうなってくれれば万々歳ですよ。……生憎俺は一個も才能がないからこの理論を信じちゃいないけど」
丁度玄関の前に着いたこともあり、この話を締める意味も込めて言ったのだが、どうやらマイカ的には納得いかないものだったらしく
「全然そんなことないよ‼ だってレン君に勉強を教えてる時とか同年代かと勘違いするくらい自然に話してるのを見て院長先生が凄く褒めてたし、子供は親を選べないって言葉があるにも関わらず変に捻くれたりしないでこんなに素敵な人に……成長してる……し、それからそれか―――」
「分かった分かった。あんまり褒められると恥ずかしいから、これ以上は勘弁しろ。ってことで俺は一回リビングに行くから、マイカは洗面所で手を洗うついでにこのハンカチを洗濯籠に入れといてくれ」
そう言いながら、今朝ティアが着替えと一緒に持ってきてくれたハンカチを頭の上に乗せるついでに二回ほどポンポンした後、玄関の扉を開け背中を優しく押した。
* * *
さっきマイカは『子供は親を選べない』って言ったけどな、俺は『子供は親を選べないんじゃなく、この世に生まれてくるかどうかを選べない』が正解だと思うぞ。
この世に生まれてきたから誰々と出会えた。
この世に生まれてきたから何々が食べられた。
この世に生まれてきたから何々で遊べた。
他にも挙げようと思えば幾らでもあるだろうけどな。この世に生まれてこなければ全てが無で済んだんだ。
つまり、この世に生まれてきたからこそそんな感情が生まれただけで、生まれなければそんな考えに至る可能性はゼロなんだから、結局は全て後付けよ。
この答えに辿り着いた時は、自画自賛と共に喪失感が何日も続いて、いつの間にかそれに慣れたのかは知らねえけど、それが虚無感に代わってたってのに……。
逆に今は自分の大切なもので一杯になって、そのお陰で毎日が充実してるとか、人間、生きてさえいれば何があるか分からねえな。




