第0話:地獄の選択
「……ゲホッ、ゴホッ……なんだこれ、煙が濃すぎる」
爆発の衝撃で舞い上がった土煙に視界は奪われ、息を吸うだけで喉が痛む。
それでも前方を見ると、高そうな服を纏った男たちが、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。
……交渉の余地はあるか。
感情を偽る魔法を展開する。直後、男たちは足を止めた。
「やあ。君の顔を直接見るのは初めてだ。私はこの国の“国王だった者”──そう呼ばれていた存在でね」
「前国王か。俺の脳内イメージは下品な笑みのデブだったが、意外と顔は整ってんな」
「それはどうも。褒め言葉として受け取っておこう」
軽口を叩きながらも、内心は焦っていた。
ここは完全な敵地。
一言のミスが、即死に繋がる。
男は一瞬、こちらの顔を観察するように目を細めた。
「ところで不思議なんだが……君は我々を捕らえた後、なぜ処刑しなかった?」
「牢屋がお気に入りなんだろ? なら、さっさと帰ってくれ。そこにあるだろう、牢獄っていう立派な家が」
「……ああ、あの牢獄ね。意外と居心地が良くて気に入ってたんだよ」
互いに探り合う会話。
だが、その均衡は一瞬で崩れた。
「――後ろがガラ空きだぜ、坊や!」
――ッ!
風を切る音。
次の瞬間、鈍く鋭い衝撃が肩口を打ち抜いた。
時間が引き伸ばされ、世界がスローモーションになる。
白い光の断片が視界を横切り、端で“何か”が地面に落ちるのが見えた。
それが自分の左腕だと理解した瞬間、妙に静かだった。
痛みも、恐怖も、どこか遠い。
心の奥底に残ったのは――奇妙な安堵。
……ああ、これが冷静ってやつか。
「なあ……どうして分かった?」
「何がだい?」
「俺が、人を殺すのに抵抗があるってことだ」
元国王は薄く笑った。
「簡単な話だ。君はこの国を手に入れたが、我々を即座に殺さなかった。
真に支配を示すなら、見せしめの公開処刑が最適だ。だが君はそれをしなかった。
……する気も、ない」
周囲の兵が構えを解く。
全員、薄笑いを浮かべてこちらを見ていた。
「それにもう一つ。そんな立派な武器を持っていながら、君は一度も抜こうとしなかった。
まさか脅しにすら使わず、左腕ごと落とされるとは思わなかっただろう?」
挑発の声が、静かに響く。
「さあ、新国王様。これから君には死んでもらう。
この結界を消すためにな」
――殺さなければ、殺される。
――殺される前に殺せるのは、俺だけ。
逃げることもできる。
この世界を捨て、日本に戻ることもできる。
日本に戻れば、
明日の講義も、くだらない雑談も、
何一つ失わずに済む。
だがそれは、城に残る仲間たちと、この国の未来を見捨てるということだ。
……選択は、最初から決まっている。
「――来い、ムラマサ」




