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写真と僕 ②

作者: ゴリラ

 僕は、昔、公民館で英会話の初級教室に通っていた。それは、毎週一回、夕方6時半から始まった。あの頃は、一回の受講料が四百円くらいだったと思う。部屋には、老若男女30人程が集まった。8人程度が一つの班となり卓を囲む。学校帰りや、退勤後の人もいる。近所のおばちゃんもいた。全員が服装も持ち物も違っている。共通しているのは、会話を習うはずなのに、皆が貝のように口を閉ざしがちでだった。僕は、毎回、自分が此処に座りに来ているだけのような気さえしていた。

 やや年配の先生が僕らの円卓に教えに来る。僕らの順番だというのに、歯医者の待合室のような沈黙が続いた。互いが敢えて視線を何気なく外す。一人が、先生の短い質問に対して更に短い答えで返した。皆が、内容をわかっているかのように頷く。僕らは、レストランで注文を待つ、躾の行き届いた子供になっていた。先生が、美しい青い目を見開き、「みんな、私の免許書を見てみたい?」と英語で言った。それは、絶品チョコレートをお盆に差し出された瞬間だった。僕は、証明書の顔写真の実力を知った。それまで、こけしの面持ちだった僕らは、一気に多弁になった。

「私も、ひどいよ」と、誰かが言った。妙な自信が可愛く見える。

「えー、そうなの」と、感心する人もいた。

 先生が、自分の財布をジーンズの後ろポケットから出し、免許書を引き出した。まず、一番近くの一人がそれを受け取った。先に見た人が、身を捩って笑いだし、腕を振り、立ち上がって顔を背け、手を叩いた。皆が次々にゾンビウイルスに感染していく様だった。隣の人が、崩れ落ちながら、僕に免許書を渡した。

 何を隠そう、僕は酷い写真映りの申し子である。その為、「僕こそは笑わない」と始めから決めていた。妖怪のように映るのは、僕も同じなのだ。僕は、冷めた目つきで、免許書を掴んだ。僕が他人の写真映りを笑うはずがないでしょう。笑うのは、失礼だ。でも、僕は不覚にも大笑いしてしまった。先生の自慢の写りは、仙人の境地の老け顔だった。僕は痺れて、我を忘れた。今や、写真映りの悪さは、笑いに昇華されるのだ。

 証明写真は、こちらの気持ちにお構いなしだ。僕は、その出来上がりに、無情だなーと首を左右に振る。証明写真は正しいし、実用的な納得もくれる。証明写真は「酷い写りの原因は、あなた自身よ」と強い口調で言い放つ。だから、妖怪度数が高い僕は、免許書やパスポートの顔写真をじっと見てしまう。これは、やはり僕の内面の何かが滲み出ているのだろうか。「写真」の文字は、真を写すである。そうなると、自分の心の修養が足りないのか。魂の部分の粗が、妖怪として表れるのか。僕は、滝に数時間打たれるとか、火のついた炭の道を急いで歩いたりしようか。



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