第8話「 神様と呼ばれた少女 」
碧の目の前には、一人の少年がうずくまっていた。
年は自分たちと大して変わらない。だが、表情は混乱しており、額には薄く汗。服は多少乱れ、どこかで転がったような跡がある。
「 っ.....ここは、どこ....? 」
少年は天井を見上げて呟いた。
「 ....な、なんだお前!?てか、どっから 」
ようやく碧が声を上げると、少年はそろりと立ち上がる。目はまだぐるぐるしてる感じだが、敵意はない。
「 えっと....ごめん、俺もちょっと....わかんないんだ。さっきまで別の場所にいたはずなんだけど..... 」
しばらく沈黙が落ちる。
「 .....あー、ほんと意味わかんねぇ。なんか、急に光って...それで気がついたら、ここで。いやマジで、俺が一番ビビってるから 」
少年は、軽く手を上げて言う。
「オレは久遠。天川 久遠。変な奴だと思っていいけど、敵じゃないよ 」
と、ちょっと苦笑い。そこへ紬が帰ってくる。
「 大丈夫ですか? 」
「 うん、たぶん。....転がり落ちただけだから。いや、落ちたのかどうかも怪しいけど 」
「 じゃあ久遠のためにオレがコイツらを紹介するって....紬以外なんで帰ってんだよ! 」
「 そういえばさっきすれ違った気がする.... 」
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「 では!ここからは人数が7人と非常に増えましたので、2つのグループに分かれて行動したいと思います! 」
「 いや、何で分かれるんだ? 」
「 圧倒的ロマンのため! 」
思わず呆れてしまうような会話だったが、筋は通っている....んな訳ないか。
仕方無いが、ここはアイツに乗るしかねぇな....。
「 では!ここにいつ作ったのかも忘れたくじがあるので皆さ~ん!ここから一本摘まんどいて下さ~い! 」
皆が若干不安げな視線をアイツに送っていた気がしたが、
「 してくれた人には....この"ポテトチップス"の贈呈がありますよ~ 」
という一言により、その殆どの視線は徐々に明るいものへと変化する。何で、そんな菓子で命運分けなきゃいけないんだよ.....。
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結果、天響界出身組と俺。.....久遠は推測だが。それと他。こんな組分けになったが、大丈夫かあの他の3人。
長年の付き合いだが上手く行く気がしない.....李白に懸けるしかないか。
「 ...ん?というか、これって分けられたがオレ達なにすればいいんだ....? 」
「 .....確かに、というか俺に現状を教えてくれ 」
久遠の言葉に、一瞬だけ場が静かになる。彼が知らないのも無理はない──そう理解しつつ、静かに前へ出た。
「 .....今、世界の構造が大きく揺れてる。君が来た"こっち側"──つまり日本と、天響界っていう別の世界。それが、恐らく“神蝶”って存在の手で、無理やり交わろうとしてる 」
久遠は微かに眉を動かしたが、黙って頷いた。
「 リデンプターって組織が、その境界を守ってきた。でも、今はそのリーダー。“澪”って仲間と連絡が取れない。彼女は強いが....正直、状況は楽観できない 」
「 .....ってことは、こっちの状況も分からないってことか 」
「 そう。特に、神蝶が今どこで、何をしているのか。....現状、私たちに分かっていることはそれだけ 」
簡潔で、余計な装飾のない言葉だった。
久遠はしばらく沈黙したのち、静かに問いかける。
「 ....なるほど、つまり、割と詰んでる状況だってことだな? 」
その言葉に、場が少しだけ和らいだ。
「 ま、そう言えなくもないね 」
碧が苦笑しながら肩をすくめる。
「 とにかく、あとは手分けして調べるしかない。私たちはここらの情報を洗い直す。それと、君の記憶や状態も後で確認する必要がある 」
「 了解。ついていくよ、できる範囲で 」
空気が落ち着きを取り戻した頃、静かに李白が言った。
「 ....なら、日本で異変が起こってる場所を回ってみるか? 」
その言葉に、部屋にいた全員の視線が李白へと向けられる。
誰もが思っていたこと。それを、彼が最初に口に出しただけだった。
「 異変って......そんな場所、あるの? 」
紬が問いかけると、李白は頷いた。
「 ある。いくつかな。
季節外れの農作物が収穫されたり、近海で妙な影が目撃されたり、山の頂が突然光ったって話もある。
....どれも信憑性には欠けるが、今はそれくらいしか手がかりがない 」
「 なるほどね.....神蝶の動きが読めない以上、こっちから動くしかないってわけか 」
軽くため息をつきながらも納得するように言った。
「 じゃあ、それぞれ異変の場所を担当して調べに行こう。どうせロマンあるチーム分けもしたんだしな 」
「 ん?というか、オレ達って何をすればいいのかまだ聞いてないんだけど 」
碧が小さくぼやくと、隣にいた久遠が苦笑いを浮かべた。
「 俺もまだよくわかってないけど....なんとなく分かってきたよ。要するに、神蝶ってやつが日本と天響界を繋げようとしてて、その影響が各地に出始めてる。だから、その痕跡を探すってことでしょ?」
「 ....あぁ。説明を省いてて悪かったな。澪とも連絡は取れないし、動かずに待ってても状況は悪くなるだけだ。だったら動いて情報を集める。シンプルだけど、今はそれが一番だ 」
俺の言葉に、久遠も小さく頷く。
そうして、二つに分かれた彼らの、新たな探索が始まろうとしていた──
────────
電車を降りた瞬間、空気が変わった。
湿気の少ない澄んだ風。遠くで聞こえる川のせせらぎ。
長野の小さな駅前は、観光客もいなければ、騒がしい街の音もない。
ただ、どこか、静かすぎる。
「 .....誰もいねぇな 」
碧がぽつりと呟く。
「 これが、異変ってやつ? 」
久遠も不安げに辺りを見渡す。民家の戸は固く閉ざされ、人気もない。
俺は腕時計を見て言う。
「 現在、午後一時。昼間にしては静かすぎる。....注意して行こう 」
俺たちが向かうのは、"数ヶ月前から季節外れの作物が実っている村"
車もなく、バスも通らない。一本道を歩いて進む。
山に囲まれた風景の中で、紬がふと、足を止めた。
「 ....あれ、イチゴ? 」
彼女の指差す先には、小さなビニールハウス。
中には、どう見ても冬が旬のイチゴが青々と葉を茂らせ、真っ赤な実を付けていた。
今は8月であるため、本来の成長とはかけはなれている。
「 これは...... 」
久遠が畑の土を軽く指ですくう。柔らかく、乾ききってもいない。
「 ...肥料も撒いてないみたいだな。でも....成長してる 」
「 完全に異常だな。澪の言ってた“交わり”の影響か、それとも── 」
そんな言葉を遮るように、森の奥から声がした。
「 そこの人、何をしているんですか? 」
一斉に顔を上げると、そこには、一人の少女が立っていた。
髪は深緑に近い焦げ茶。服は白と緑の巫女装束のような格好で、背中には小さな竹かご。
少女はやや戸惑ったように首を傾げながらも、真っすぐこちらを見つめてくる。
「 ....あなたたち、村の人じゃないですよね? 」
その問いに俺はやや前に出て答える。
「 俺たちは、外から来た者だ。君が、この村の人間か? 」
「 はい。私は──橘 安都。.....神様、だそうです 」
「 か、神!?急すぎて心臓がもたないって! 」
彼女はどこか苦笑を浮かべながら言った。
「 村の人が勝手に言ってるだけですけど。私は....ただの調整屋です 」
「 .....調整屋? 」
少し眉をひそめて尋ねた。
「 うん。まぁ、私が勝手にそう名乗ってるだけだけど.... 」
安都は、少し照れたように笑いながら頬を掻いた。
「 昔、この村に来た時にね、不作だった稲がなぜか豊作になったの。そしたら村の人たちが“神様が来た!”って騒ぎ出して.... 」
「 それで、今も村を守ってるって訳か 」
そう頷くと、安都はふっと視線を落としながら言った。
「 たぶん、私の能力のせいなんだと思う。"調節"。詳しくは長くなるので簡潔にまとめると、色んな数値を調節できるんです 」
安都は肩をすくめる。
「 私はただの変な子だよ。気付いたらここにいて、気付いたら皆に囲まれてて。理由もよく分からないまま、調整屋なんて名乗って 」
「 その“理由の分からないもの”って、案外すごい力だったりするもんさ 」
俺はそう言って、遠くの山の稜線を眺めた。
しばらく風の音だけが吹き抜ける中、先ほどまで黙っていた久遠がふと口を開く。
「 なぁ、安都の調節ってユーティリティスキルだよな? 」
「 何それ、ユーティリ...何だっけ? 」
紬が苦笑しながら答える。
「 ユーティリティスキル。一応説明すると、才能に近いのかな。生まれつき授かっている能力のこと 」
「 なるほど。分からん 」
碧が即答する。それがあまりにも素直すぎて、場が少し和んだ。
そんな雰囲気の中、紬は説明を続ける。
「 能力には2種類あってね、1つはさっきの。2つ目はエモスフィア。これは強い感情などで生まれる能力で希少な分、その力はユーティリティスキルを軽く上回ると言われてる....って聞いたことがある 」
「 要するに、エモスフィアは入手が難しいが強い。分かったか碧 」
俺の簡易化された説明に碧がうんうんと頷いた.....ように見えたが、目線はどこか遠かった。
「 ...なぁ、それ美味しいの? 」
「 話聞いてなかったなお前 」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
静けさの中に差し込む不穏さと、登場人物たちの結束の兆しが印象的な回でした。次なる展開が楽しみです。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬