第7話「 この茨の道を 」
朝日が、カーテンの隙間から細く差し込む。
微かに揺れる光が、静かな部屋の天井を照らしていた。
「 .....んん、背中が痛い... 」
寝袋から這い出たのは碧。ソファを奪い合った末に床で寝た男の悲しい末路である。
「 バカだな〜。最初から私の隣、空いてたのに 」
アサギはまるで当然のように、クッションの山の中から姿を現した。髪はぼさぼさだが、本人はまったく気にしていないようだ。
「 いや、それはそれで気まずいんだよ.... 」
隣のキッチンでは、李白がコーヒーをいれている音がする。
「 ふむ。意外と良い香りを出すな、李白 」
「 朝は静かに過ごしたいんでな.... 」
その一方で、紬はそっと窓辺に佇んでいた。
昨夜の話の続きを、まだ心の中で反芻しているのかもしれない。
「 おい神崎、布団かぶったまま喋んな。子供かよ 」
「 うるさいな!朝くらい静かにしてよ! 」
そう言いつつ、神崎の声には少し笑みが混じっていた。
それぞれの思いが交差しながらも、確かな“今ここにいる”という空気が流れていた。
そんな和やかな朝だった。
──ドン。
扉が静かに、しかし確かにノックされた。
俺を含む全員が顔を見合わせる。朝の訪問者など、心当たりがない。....いや、一人だけいた。
「 俺が出る 」
一歩前に出て、そっとドアを開ける。
そこにいたのは、緑と青の中間色の羽織を風に揺らしながら、静かに立つ少女──鎖火 澪だった。
「 ...時間はあるか。少し話がある 」
その言葉と同時に、部屋の空気がゆっくりと、重たくなる。
────────
澪は部屋の奥へと一歩進み、全員を見渡した。
誰もがその表情にただならぬものを感じ取っていた。
「 まずは状況報告から始める。いいか? 」
誰も返事はしなかったが、誰も反対もしなかった。
それだけで十分だと判断したのか、澪は静かに口を開く。
「 前夜、私が向かった地点にいた仲間は、全員戦闘不能だった。意識の有無も不安定。毒、精神干渉、肉体破壊、全てが混在していた。
明確な殺意は、.....感じなかった。むしろ── 」
彼女の眉が僅かに動いた。
「 “!遊ばれた ”感覚に近い。まるで、試されたかのように 」
言葉の端々に、彼女の読み解く力がにじみ出ていた。
実戦経験に裏打ちされた冷静な視点。その場にいた誰もが、澪がただの戦闘員ではないことを再認識する。
「 敵は二人。いや、“ 二つ ”か── 」
澪は机に置かれていた紙とペンを取り、簡単なスケッチを始めた。そこに現れたのは、狐のようなシルエットと少女の姿。
「 この二つ。連携して動いていた。狐の方は異常な反応速度と、こちらの斬撃を完全に無効化する性質を持っていた。
物理干渉が通らない可能性もある。恐らくはスキルによる“ 効果変換 ”能力 」
「 ......ってことは、斬るという行為そのものが“ 無効 ”にされてるのか? 」
碧が少し項垂れながら話した。それに澪はわずかに頷く。
「 そう考えていい。もう一人、少女の方は再生能力だと思う。いや、再生を“ 上書きしている ”感覚だった。腕を斬った瞬間には、既に再生し終えていた。
時間差も再生エフェクトもない。切断そのものがなかったかのように 」
「 うわぁ、ヤバいじゃん 」
アサギが呟いた声に、誰も否定を返せなかった。
「 それで?やりあって勝てそうなの? 」
神崎の問いに、澪は──初めて、少しだけ口元を引きつらせた。
「 私が一人で相手をして、得られた情報はそれだけ。本気で殺しに来ていたら、私はまだ死闘を繰り広げていたであろう。そのくらいの実力があった。だが── 」
ここで、澪の眼が鋭く光る。
「 私は“ 知らなかっただけ ”だ。情報さえ揃えば、君たちでも対応はできる。
あの二体には明確な法則があった。次は、それを突く 」
──その言葉に、場の空気がわずかに持ち直した。
「 話は少し変わるが ......“ あの二体 ”って言ったけど、あれはもしかして....神蝶の部隊か....? 」
苑里が慎重に尋ねると、澪は静かに頷いた。
「 ....過去にあった戦争で活躍していた神蝶の第捌部隊。神蝶の実働部隊の一つだと思われる 」
澪は続ける。
「 神蝶には現在、第什部隊まであるとされている。
第什部隊、存在しか把握できていないが、コイツは正直あまり生まれてから時間が経っていない。今のうちがチャンスだ。
第玖部隊、戦争時に我々を翻弄した分身の使い手。私と対峙した時も防御性が高く、苦戦を強いられた結果、戦闘を中止した。それほど、戦いには慣れているようだ。
第捌部隊....は、もういいか。
第漆部隊は......私も分からない。それ以降は恐らくだが戦争には現れていない。少なくとも記録には残っていない。調べたければ天響界の大図書館で調べてくれ
──長々と話して悪かったな。だが、この情報はきっと君たちを救うことになる 」
紬が一歩ほど前に出る。
「 取りあえず、澪さんは休んでください。ここなら安全です。最悪の場合は私たちで何とかできますから 」
そう言ったあと、彼女は少し笑みを溢した。だが──
「 気持ちは嬉しいが、私は" リデンプター "のリーダーとして仲間たちを助けに行かなければならない 」
「 ....そうですか。分かりました 」
少ししんみりとした空気の中で唐突に碧が何か閃く。
「 そうだ!オレ達もリデンプターに入って神蝶をボッコボコにしようぜ! 」
「 いやどう考えても戦力外通告だろ 」
呆れながら忠告する李白の目には心配とは違う感情が含まれているように感じられた今日この頃であった。
────────
澪があのまま出掛けてしばらく、現在この家には平穏が訪れていたが、その終わりはあまりに突然だった。
ドサッ
「 ん?今、何か降ってきたか? 」
「 え~そんなこと無いって~! 」
「 じゃあ何だ? 」
「 何か降ってきたんじゃない? 」
「 降ってきてるじゃねえか! 」
何やら美月の家には何やら二階があるらしい。さっきから苑里と美月が話しながら妙に真剣な顔で上を見上げている。
「 仕方無い...オレが見に行ってやるよ 」
と格好つけて言ってみたが、実はメチャクチャ背中が痛い....。だが、男に二言はないのだ!
階段を1段、2段と踏みしめながら、チラリと蓮が少し不安げにオレを見上げていた。いや誰が子供じゃい!
っと、ようやく2階に着いたが、ここまで来ていきなり怖k。緊張してきた.....あれ、大して変わってない?
まぁいいか、じゃあ開けるぞ...
「 誰かいるのかーっ! 」
部屋中をぐるっと見渡すが....誰もいない。やっぱり気のせいだったか。脅かしやがっ──
ドンッ!
突然、目の前に謎のゲートが現れ、そこから一人の少年が降ってくる。あまりの出来事に緊張で声も出せないオレの元へ紬が駆けつける。
「 だ、大丈夫ですか? 」
「 あ、あぁ。勿論....すまないが、人を呼んできてくれ 」
彼女が再び下へ向かい、程なくして苑里と美月が駆け上ってくる。
「 ん?どうかしたか? 」
「 ちょっと、コイツ見ろよ 」
「 ゲートに人って....もしかして神蝶か!? 」
────────
私は相棒を抱えながら下水道を歩く。下水道と言っても、今では整備されたトンネルのようなものだけど。
「 おっ、もう着いたんだ。早いねー、流石だったよ 」
「 ありがとう、だけど危なかった 」
あのリデンプターの創設者、鎖火 澪。油断していたら第捌部隊を一人で崩壊させる程の力を持った彼女の足止めは多少骨が折れる。
「 だけど、お前らには結果的には傷なし。それで良かったじゃないか 」
「 まぁ確かに.... 」
「 それに第捌は"戦闘用"じゃない。目的は第什だろ? 」
.....コイツはコイツでまともに受け答えしてるけど、私は全く集中できない。だってコイツ、ポテチ食べながら話してんだよ!?何やってんのマジで!
「 ん?あっ!先輩方お久し振りです! 」
彼女が私達3つの部隊の作戦の要。第什部隊隊長....。彼女には次の戦闘である程度の戦闘経験を積んで貰うしかない。
「 そろそろだが....大丈夫か? 」
「 はい!任せてください! 」
やや不安げに思うそんな中で、向こうの暗闇から人影が見える。
「 よう、そろそろだな 」
「 あっ、指揮官!はい、頑張って来ます! 」
指揮官は笑みを浮かべながら先程の暗闇へ小走りになる。
じゃあ、私は私の仕事を完遂しようか.....。ね、白蓮。
「 " うーん、白蓮とかどう?可愛いくない? " 」
ッ!
...." 白蓮 "って名付けたこと。あの子まだ覚えてるかな。
....思い出しちゃったよ。全く、あの子の能力は度々きれるせいで。まぁいいか、これからは" 白蓮 "よね。...紬。
昔は可愛かったけど今は.....って、私" たち "のせいか。ごめんね。
「 .....何やら思い出に浸っているようだけど、どうした? 」
「 いや、何でもない。じゃあ私達は行ってくる 」
「 おー、頑張れよ 」
私は一歩踏み出す。白蓮を守るために....組織のみんなを守るために....第捌部隊の威厳を守るために。──違う。
あの子を、紬を。連れ戻すために。私は歩む、この茨の道を
ここまでお読みいただきありがとうございます。
謎が深まりつつも、仲間たちの絆や過去が少しずつ明かされていく展開に、胸が熱くなりました。
新たな敵と、紬の“ 白蓮 ”という過去──次回が待ち遠しいです。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬