第6話 「 静謐なる追憶 」
俺たちがそこへ駆けつけた頃、なにやら勝負は決していた。
先ほどの化け物と同じような生物を1人の少女が終始圧倒する。その少女は懐に刀を刺したまま、単なる手刀だけで互角以上の戦いをしていた。
そして──、あの化け物がようやく倒れたとき、ヤツは鼓膜が破れるような叫び声をあげる。
その場にいる全員が耳を手で塞ぐかと思いきや、少女は両手を合わせ礼をしていた。
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騒がしかった空気が、ようやく落ち着きを見せ始めたころ。
李白がそっと歩み寄り、少女に向かって頭を下げた。
「 .....ありがとう 」
だが、その言葉に対し、少女は一瞥もくれず、ただ沈黙を貫く。
「 無視かい.... 」
例の男が苦笑交じりに肩をすくめ、そして──少女の肩に手を置いた。
「 流石、俺の仲間だな....。ま、嘘だけど 」
その瞬間、彼女の目が静かに動いた。何の前触れもなく、彼女はアイツの腕を掴み、するりと体をひねる。
──背負い投げ。
ゴスッ。小気味よい音と共に、ヤツの身体が地面に叩きつけられる。
その直後、彼女が初めて口を開いた。
「 高江洲 碧....天響界モテない盾役No.1ね 」
「 うぐっ......! 」
碧は顔を真っ赤にしながらも、何とか態勢を立て直し、彼女を見上げる。すると、何かに気付いたのか声を張り上げる。
「 その声.....まさか、アンタ....! 」
彼女はため息を一つつき、静かに名乗った。
「 ....三大組織の一つ、リデンプターのリーダー、鎖火 澪! 」
言葉が終わると同時に、碧は再び澪の肩に手を置く。
「 ま、俺たちは仲間だからそれくらい最初から知っていたがな 」
──そして、再び背負い投げ。
「 ぎゃあああああ! 」
その日、碧が地面と友達になった回数は、誰も覚えていない。
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澪の正体が明かされた直後。重苦しい沈黙が、潮風の音と共に空間に染み込んでいた。
軽めの自己紹介を終え、全員の名前と顔がある程度一致した頃──
「 で.... 」
神崎が静かに切り出す。
「 どういう状況? 」
「 流れ的には澪ちゃん達の経緯?とかの話じゃないの? 」
アサギがどこか面倒そうに問いかけると苑里が続ける。
「 じゃあ澪さん達はどうやって日本へ? 」
数秒の沈黙の後、澪の口が開く。
「 まぁ、はっきりはしないな。転移系のユーティリティスキル。 」
「 まぁ要するに、誰かに仕組まれたってことだよな? 」
李白が確認するように問う。
「 そうだ。誰かのスキルによって、一瞬で境界を越えた。それで、意識を取り戻したら、ここにいた 」
神崎が腕を組みながら目を細める。
「 日本に“ 天響界と繋がっている何か ”があるってことだよね。たとえばゲートとか 」
その言葉に、紬が小さくうなずいた。
「 .....昔、聞いたことがあります。“ 空に穴が開いたような光景を見た ”って話。夢かもしれないけど...妙にリアルで.... 」
「 オレも聞いたことあるぞ 」
碧が声を上げた。
「 天響界にいたときに、噂程度だけど。“ 神蝶 ”って名前と一緒に 」
その名前に、澪の視線が鋭く動く。
「 .....神蝶を知っているのか? 」
「 いや、名前だけ。詳しいことは何も」
碧は肩をすくめた。
「 紬も多分そうだろ? 」
「 はい.... 」
紬も小さく答える。
「 “ 最悪の存在 ”って、誰かが言ってました 」
「 ...... 」
澪は視線を伏せ、そして静かに口を開いた。
「 神蝶は、天響界の裏側で動いていた組織。存在すら知らない者の方が多い。
私が知っているのは....かつて一度だけ、直接接触したから 」
「 つまり、君が一番情報を持ってるってことだな 」
「 その神蝶が、私を日本に転移させた可能性がある 」
沈黙が場を支配する。
「 ....ってことはつまり 」
「 厄介な連中が、裏で蠢いてるってわけか…勘弁してくれよ、ほんと 」
神崎がふっと笑う。
「 でも、戦える仲間が一人増えたって考えれば、悪くない展開かもね 」
「 ...俺はもう2回も投げられてるがな 」
「 静かに 」
澪の一言に、再び空気が緩み、小さな笑いが生まれる。だが、数秒もすると、澪の懐から微弱な音が聞こえる。
彼女はそっとスマホに近い何かを取り出し、
「 ごめん、私呼ばれちゃったから、もう行くね 」
そう言い残し、彼女はこの場を後にした。
俺は小さくなる澪の影を見て、「 頑張ってくれ 」と応援することだけしかできないのであった。
「 ── 」
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荒れたビルの一角。崩れかけた階段を足早に駆け上がり、私は扉を蹴り開ける。
そこにいたのは──倒れ伏した仲間と、それを見下ろす2つの影だった。
1つは、白い軍服のような装いに身を包んだ少女。無表情な笑みを浮かべ、膝に手を添えて佇んでいる。
もう1つは、毛並みの整った狐。その目は人間のように深く、静かに私を見つめていた。
「 .....何をしたの、私の仲間に! 」
私の声が、床に割れたガラスを震わせる。
少女は、どこか気だるげに首を傾けた。
「 まぁまぁ、落ち着いて下さい。リデンプターさん 」
──次の瞬間、風が鳴った。
私の刀が弧を描き、少女の左腕を容赦なく断ち切る。血が、床に飛び散る。だが....
その腕は、“音もなく、違和感もなく”再び少女の肩に繋がった。
「 ....っ!? 」
だが、動揺する暇はなかった。足元で何かが動いた。──狐。
刹那、その小さな身体から伸びた“尻尾”が鋭くなり、私の足首を深く刺し貫く。
「 く.....っ! 」
崩れそうになる体勢をこらえ、その狐を一刀両断しようと腕を振る。
──だが、刀は、確かにその身体に触れたのに、“何も斬れなかった”。
まるで、そこに“ 質量だけがある空気” のように。
「 ....どういう...こと....? 」
私が言葉を絞り出すと、狐はくるりと踵を返し、少女の傍へ戻る。
少女はふわりと肩をすくめた。
「 ごめんなさいね。“ 今日は試しただけ ”だから 」
その一言と共に、周囲の空間がぐにゃりと歪む。
少女と狐の姿が、夕焼けに溶けるように消えていった。
残されたのは、傷ついた仲間と、悔しさを覚えた心のみだった。
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──澪が去り、静寂が戻った休息の時間。
誰ともなく火のそばに集まり、気だるさと緊張の余韻が残る中、ぽつりと言葉を落とす。
「 ....紬と碧、神蝶の事知ってるんだよな?出来れば教えてくれるか? 」
一瞬、全員の視線が紬に向く。
「 ....あれ、オレは!? 」
その細い肩がぴくりと揺れ、だが、彼女は逃げずに小さく頷いた。
「 ....はい。正確には……“ 出会った ”事がある、です 」
場の空気が張り詰める。
「 ......私。昔、家族を事故で失いました。まだ小学生の頃で、あの時は、全部が終わったと思ってました 」
彼女の声は静かだったが、はっきりと震えていた。
「 でも、そのとき“ ヤツら ”が来たんです。私に手を差し伸べてきた。“ 君には才能がある ”って、“ 必要とされる場所がある ”って 」
「 それって、まさか....! 」
「 ....神蝶でした。勧誘、です 」
全員が息を呑み、李白が眉を寄せた。
「 でも....怖かった。心のどこかで“ 違う ”って思った。“ あそこに行ったら、もう自分じゃなくなる ”って、そう感じた 」
「 だから、逃げたんだな 」
紬はうなずく。
「 必死で走って.....気がついたら、山の中で倒れてました。でも、そこにいたんです。私を助けてくれた人が 」
「 それが....リデンプターの澪さん? 」
「 いいえ。三大組織の一つ、“ 神逐 ”の人でした。名乗りもせずに、ただ“ ここはもう安全だ ”って言ってくれて.....。
その人のおかげで、私、生き延びたんです 」
「 .....それで、今は? 」
「 はい。あのときの怖さが、ずっと心に残ってて……。でも、それ以上に、“ 逃げたままでいたくなかった ”んです。だから、力を鍛えました。元々持ってた能力を磨いて.....私がいます 」
静かに語られる紬の言葉。だが、その瞳の奥には、揺るがぬ意志が宿っていた。
「 アンタ、強いな!オレの数百倍は強い!断言できる 」
「 うん。紬って、そういう子だよね 」
「 “ 追いかける ”ってのは....何よりも強い理由だ。ちゃんと伝わったよ 」
「 だけど、その人はいつの間にかいなくなってたんです。声すら聞いたことはありません。実力は確かでしたが..... 」
「 確かに少しそれは気になるが....紬はどうしたいんだ? 」
紬は大きく深呼吸をし、真っ直ぐな視線を向けた。
「 私はあの人を探しながら神蝶を討伐します。絶対に....! 」
「 .....お前ならきっとできるさ。頑張れよ 」
「 ちょっとぉぉ!苑里も行くんだよ~! 」
数秒前までの堅苦しい空気は既に失われた。今は少し楽しげな雰囲気と何かに悩む神崎の姿がある。
「 ....?お前が悩むなんて珍しいな 」
「 うっさい李白!それ絶対皮肉でしょ!バレてるからね! 」
俺は和やかな空気の中、静かに腕の時計を見る。時刻は18時36分。気付けば辺りも暗くなっていた。
「 じゃあ、今日はアサギの家にでも泊まるか 」
「 おっ!お泊まりね!任せなさ~い。片付いてないと思うけど気にしたら負けだよ~ 」
碧や紬もあまり乗り気ではなかったが、どうしようもないと割りきったのか、渋々付いてくることに。
アサギもよく了承できたな、俺なら少し悩むかもしれないが。そこにおいてはアイツの方が長けてるのか.....。
まぁいいか。とにかく、アイツらには感謝だな.....
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回も騒がしくて、でもちょっと切なくて、強さを感じる回でしたね。紬の過去と意志、澪の戦いぶり──少しずつ「 神蝶 」という存在の輪郭が見えてきた気がします。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬