第5話 「 笑う盾には福来たる 」
バスの車内はそれなりに空いていて、みんな思い思いの場所に座っていた。
アサギは出発から数分で静かに目を閉じ、頭を小さく揺らしながら夢の世界へ。
「 かわいい~、落書きしといていい? 」
「 やめとけ、怒られんぞ...たぶん 」
「 でも今のうちに描かないと起きたら怒られるし...って、あれ?矛盾してない? 」
「 全体的にお前の思考が犯罪や 」
そんな感じで、緩い空気のまま最初の電車を降り、乗り換えへと向かう。
「 次は3番線...で合ってるよね? 」
「 合ってる合ってる。多分 」
「 その“ 多分 ”が怖いんだよ 」
結果。
二時間後、彼らは静岡県の熱海駅にいた。
「 ...どこだよここ 」
「 なんか海が見えるね! 」
「 見えていい海じゃねぇんだよ! 」
「 観光地っぽいけど、あれ?神奈川ってもっと手前じゃなかった? 」
「 ていうか県変わってんだよ!!」
「 うーん...アサギが“ 地図はまっすぐ ”って言ってたのに... 」
「 どっち向きに読んでたかも聞いとけや!! 」
その頃、アサギはというと駅のベンチで平然と寝ていた。どこまでもブレない。
────────
神奈川の沿岸部は、観光客もまばらで穏やかな空気に包まれていた。
さっきまでの騒動もあってか、皆それぞれのんびりした空気を楽しんでいた。
「 やっぱり、海見るとテンション上がるな 」
「 トラブル起きなかったら最高やったな... 」
「 まあ、寝てただけだけどね? 」
「 寝過ごして“ 静岡 ”は大事件やろ! 」
ふと、アサギが遠くを指差した。
「 あそこ...ちっちゃい子いるね 」
「 ほんとだ。親は? 」
「 ベンチの後ろの人、あれかな...でもなんか様子おかしくない? 」
その瞬間、視界の端に異変。
沖合から、不自然に盛り上がるような波がじわじわと接近していた。
「 ...うそ、あれ...! 」
「 ヤバい、子供気づいてない!! 」
「 早く── 」
だが、その場を誰よりも冷静に見ていたのは李白だった。
彼は一言も発さず、すっと足元から小石を拾うと、無造作に手を振る。
ひゅっと軽い音を残して、石が空を切る。
次の瞬間──
石は波の手前、砂浜の境目に落ちた。
その衝撃で、水が“まるで壁にぶつかったかのように”波が止まり、砕けた。
砂浜にいた子供は、全く異変に気づくこともなく貝殻を拾って笑っていた。
その横を、李白は何事もなかったかのように歩いて通りすぎる。
「 ...李白さん、今の...すごい... 」
「 あれ、偶然のレベルじゃないな... 」
「 流石李白じゃん! 」
神崎は笑いながら李白に軽く抱きつき、肩に顔をすり寄せた。
その瞬間だけ、確かにみんなの緊張がふっと和らいだ。
だが、依然として李白に対する" 違和感 "は残っていた。
────────
「 着いたね、小田原。みんな、ちゃんとついてきてる? 」
「 もちろん。紬ちゃんも少し慣れてきたみたいだね 」
「 まぁ、はい...まだ少し緊張していますけど 」
「 最初は誰でもそうだよ。焦らずいこう 」
駅前の賑わいに目を奪われながら、四人は繁華街へと歩く。
「 この街はさっきのとこより活気があるね 」
「 東京とはまた違う雰囲気だな 」
「 でも人が多いから、迷子にならないようにね 」
ふと、紬が路地の壁に描かれた絵を見つけて足を止めた。
「 ...かわいい....私もお絵描きしてもいいですか? 」
「 勿論だよ。紬ちゃんの才能、みんな楽しみにしてるからね~ 」
「 おーそれ、あとで見せてよ! 」
賑やかな街の中で、ほんの少しの和やかな時間が流れていく。
「 さあ、このまま中華街まで歩こうか 」
「 歩くの?ちょっと疲れてきたかも.... 」
「 じゃあカフェで少し休憩しようか 」
「 あっ賛成です 」
笑い声と共に、彼らの小さな旅は静かに続いていった。
カフェの扉をくぐると、甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。
窓際の席に座ると、全員が自然とリラックスした表情になる。
「 紬ちゃんって.....抹茶とか好きそうだよね 」
アサギがメニューを開きながらつぶやいた。
「 いやいやいや、違うって!絶対プリンアラモード!甘いやつだって! 」
神崎がメニューをばんっと叩いた。
「 .....あ、私。両方好きです... 」
紬が困ったように小さく声を出す。
「 ほら~!じゃあ抹茶プリンアラモードで! 」
神崎が勝手に決定しようとして、李白がぼそっと呟いた。
「 そもそもそれ、メニューにないだろ 」
「 じゃあ作ってもらえばいいじゃん!ねぇ、李白もなんか言ってよ~! 」
「 ...俺は、アイスコーヒー 」
「 いやそういうことじゃなくて!空気読んで! 」
神崎がツッコみ、アサギが吹き出した。
「 にしても、李白は本当に動じないよね 」
アサギが感心したように笑うと、李白はメニューを閉じた。
「 ....食べ終わったら、次どこ行くんだ? 」
「 あっ、なんかデートの流れっぽくない!? 」
神崎の騒ぎ声が響く中、紬は小さく笑って、そっとプリンアラモードを注文した。
────────
カフェを出ると、日差しはすっかり穏やかになっていた。
人通りの多い通りを抜け、中華街の門が遠くに見えてくる。
「 わぁ…あれが中華街の門…!すごく綺麗..... 」
「 映えるスポットだな。おいアサギ、写真撮るか? 」
俺がカメラを構えようとしたそのとき──
遠くから何か叫び声が聞こえた。
ざわめきが一気に広がり、数人がこちらに向かって走ってくる。
「 ....騒がしいな。何かあったみたいだぞ 」
李白が目を細めた。
「 待って、あれ.....爆発音? 」
神崎の声に、全員の動きが止まる。そして、中華街の奥で黒煙が上がった。
中華街の奥、路地裏の奥で人混みが避けていた場所。
瓦礫の影から、ぎこちなく這い出してくる“ それ ”は、明らかに異様だった。
歪んだ背骨。ひしゃげた腕。
皮膚はところどころで破れ、まるで壊れた人形のよう。
その目に光はなく、ただ本能のままに呻き声を上げていた。
「 ....なに、あれ 」
紬の声が震える。
周囲の人々も悲鳴と共に逃げ惑う。
その異形は誰彼構わず這いずり寄り、触れた地面を黒く腐食させていく。
「 ....ったく、またこのパターンかよ 」
声と共に、跳ねるように前へ飛び出す人影。
「 中華街って所に遊びに来たのに、モテないまま死ぬのはゴメンなんでな....! 」
銀色の護符を盾のように掲げ、男が前に出る。
「 さぁて、派手に守ってやんよ。お前ら全員、背中預けとけ! 」
────────
「 ....とは言っても数が多すぎるな、これ 」
オレは異形の群れを前に肩をすくめると、懐から一枚の黒い石板を取り出した。それはリデンプター製の結界石。使い捨ての高級品だ。
「 ったく.....こいつ、マジで高かったんだぞ... 」
ぼやきながらも、オレはそれを地面に叩きつけた。
ピシィンッ!
石板にひびが走った瞬間、足元から淡い光が奔る。空気が震え、眩い結界が周囲を包み込んだ。
「 よし....とりあえず、これで囲んだ。中に入ってくるやつだけ、オレが止める! 」
結界の外で暴れる異形たちを睨みつけながら、オレは構えを取り直す。
────────
結界が張られたことで一瞬の静寂が訪れた。
「 ....悪いけど、どういう状況? 」
神崎が手を腰に当てながら、困惑した表情で男に声をかけた。
「 簡単に言うと、あの辺り全部ヤバいやつらで、この結界は一時しのぎってとこだな 」
例の男は片手で結界の外を指差しつつ、もう片方で肩を回す。
「 てか、そっちこそ何してんだよ。観光か?」
「 いや、それは...まぁ....そう、かも 」
神崎は少し視線を逸らしながらも笑みを浮かべた。
「 よし、だったら観光客は下がってろ。あとはオレがやる 」
「 .....こっからは、オレの舞台だ 」
頼もしく言い切ったアイツだったが、その直後に続ける。
「 ....ま、そんなこと言っても俺自身、戦う手段ないんだがな! 」
え?と俺たちが固まる間もなく、アイツは結界の外に向かって勢いよく飛び出した。
「 とりあえず勢いでなんとかすっかーッ! 」
叫びながら敵のど真ん中に飛び込む。
ドゴォォォォン!!
次の瞬間、敵の一団がまるで爆発でも起こったかのように吹き飛んだ。
「 ....え? 」
周囲が静まり返る中、アイツがもとの場所にふらっと戻ってくる。
「 ま、まぁ。これがオレの実力ってもんよ 」
ドヤ顔だったが、恐らくアイツ自身が一番動揺していた。
結界の中、爆風の名残が風に溶けていく。
「 結局、何が起きたんだ.... 」
李白がぽつりと呟く。
「 さぁ?でも....すごかったね 」
「 ふっ。まあ、見ての通り。オレにかかればこんなもんよ 」
「 うわー....これは間違いなく偶然だよね 」
神崎は笑いながら彼に歩み寄ると、肩をぽんっと叩いた。
「 でも、助けてくれたのは事実だし。ありがと、ヒーローさん 」
彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに照れくさそうに鼻を擦った。
「 ....ま、まぁな。困ってるやつ見捨てる趣味はないんでね 」
そして彼は指を街の奥へと向ける。
「 で、そこの路地裏にまだ一匹だけ残ってんだよ。こっからが本番だぜ? 」
一同は顔を見合わせると、静かに頷いた。
中華街の影が再びざわめき始める──
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回の話では、旅の途中でのほんのひとときの安らぎと、突然の危機が交錯する緊迫感が見事に描かれていました。仲間たちの掛け合いも楽しく、また異形の襲来によって物語の緊張感が高まっていく展開がワクワクしますね。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬