第4話「 陽だまりの嘘 」
俺は口を開いた。
「 ....この世界に来たタイミング、正確に覚えてるか?」
「 .....えと...眩しくて、暑くて、すぐに、寒くなって.... 」
神崎が反応する。
「 それ....私たちと同じタイミングだ。...まさか.....紬ちゃんの転移と、あの異常現象が!? 」
神崎が目を丸くする。李白は顎に手を当て、真剣な表情で口を開いた。
「 もしかすると、" あの現象 "が異世界と繋がる一種の“境界のゆらぎ ”みたいなものを発生させて、そこから紬が巻き込まれた.....あるいは、引き寄せられた.... 」
「 ってことはさ、紬ちゃんがこの世界に来たのは“ 偶然 ”じゃない....? 」
アイツが不安そうに問いかける。
紬は困惑したように顔を伏せながら、ぽつりと。
「 ....わたし、何も....してない.....。ただ、いつも通り、だったのに... 」
「 分かってる。誰も紬のせいだなんて言ってない 」
俺はそう言いながらも、胸の奥に広がる不安を拭えなかった。
「 あ、あの...せっかくだし、自己紹介でも、しておきます? 」
紬の震える声に、室内の空気がほんの少しだけ和らぐ。
「そうだな」と頷き、他の三人に視線を送る。
「 名前言っとこう。色々あったけど、まずはそこからだよ 」
「 え~っと、じゃあ私からね!」
勢いよく手を挙げたのは、俺にいつも纏わりつくアイツ。ひと呼吸おいて、堂々と宣言する。
「 私は謎の美少女──! 」
「 ちゃんと名乗れよ 」
すかさずツッコミを入れると、
「 ちぇっ、バレたか 」
ヤツは肩をすくめて、咳払い一つ。
「 風間 美月。....って言うけど、関係ないけどアサギって呼んでね。 」
どこか照れ隠しのような笑みを浮かべながら、彼女──美月はそう言った。
「 アサギ.... 」
彼女の口からその名を聞いた瞬間、俺の中に遠い記憶がよみがえる。
──「 アサギって響き、かっこよくない? いつか、そっちでも呼んでほしいな 」
まだ幼い頃。曖昧な夕暮れと、風の中にいた小さな少女。
あの時の声が、今も耳の奥で微かに響いている気がした。
「 ...そっか、アサギ、か 」
小さく笑みを浮かべると、静かに頷いた。
「 じゃあ、次は俺だな 」
李白が黒髪でどこか物静かに口を開く。声は低く淡々としているが、不思議と聞き取りやすい。
「 東雲 李白 。よろしく 」
それだけを簡潔に言い終えると、また静かに口を閉ざす。その簡素さに、逆に説得力のようなものがあった。
「 じゃあ、次は私だね! 」
黒髪で明るい笑顔の少女がぴょんと手を挙げる。元気いっぱいに自己紹介を始めるその声は、場の空気を一気に軽くした。
「 神崎 蓮!蓮って呼んでねっ!よろしくー! 」
「 ....うるさ。けどまぁ、元気なのは悪くないか 」とアサギが少し笑う。
「 え、ちょっと!? もうちょっと可愛いって言ってくれてもいいと思うんだけど〜? 」
「 自己紹介で自己評価高く出すタイプなのか 」
とツッコミを入れる。
「 だって印象って大事じゃん!? 私、第一印象は明るくて頼れる美少女ってことでよろしくっ! 」
「 “ 頼れる ”ってとこに疑問符がつくな 」
李白がぽそりと冷静なコメント。
「 それはひどくない!? 」
と神崎が頬を膨らませる。
「 ....っと、最後は俺か 」
俺は思い腰を持ち上げ、軽く咳払いをしてから
「 俺は世瀬 苑里。よろしくな 」
────────
紬は、どこか気になるように口を開いた。
「 ....その.....皆さんって...どれくらいの付き合い...なんですか....? 」
声は小さく、まるで風に紛れてしまいそうだったが、室内の静けさの中でははっきりと届いた。
俺は少しだけ目を細め、柔らかな声で答えた。
「 子供の頃からだよ。.....まぁ、長い付き合いさ 」
ぽつりと言いながら視線を向けた先では、神崎が「 ふふん 」と自信満々に胸を張り、アサギが既に何かを企んでいるような顔をしていた。
「 “腐れ縁”ってやつだよね 」
神崎のコメントに、苦笑交じりに肩をすくめた。
「 そう言ってもいいかもしれないな。何だかんだで、ずっと一緒にいるしな 」
「 え~っ!ちょっと待った!腐れ縁って何それ聞き捨てならないんだけど! 」
アサギが椅子を蹴る勢いで立ち上がる。
「 私はさ!もっとこう、感動的で胸キュンな“運命の再会”とかそういうの目指してたんだけど!? 」
「 いや、再会じゃなくてほぼずっと一緒だろ? 」
「 そっちの方が尊くない!? 」
アサギのあまりのテンションに、紬が思わず肩をびくりと跳ねさせる。
「 ふふっ 」
その横で、李白が珍しく軽く笑った。
「 ま、私は“ 謎の美少女 ”だからね。正体不明のまま付き合い続けてるってのも、それはそれでロマンがあると思うな 」
「 謎も美少女も正体も、今さっき全部バラしてたじゃん 」
すかさず突っ込むと、アサギはわざとらしく咳払いをしてから、ふふんと鼻を鳴らした。
「 なに名乗ったって“アサギ”って呼ばれたいのは変わらないから。ほら、“アサギ”って響き、可愛いでしょ? 」
その言葉に、再び俺は思い出す。
──アサギ。
かつて、あの日。少女が初めて口にしたその名前を、俺はまだ鮮明に覚えている。
思い出すのは、まだ子供だった頃。あの時もそう言って、彼女は──
「 苑里さん....? 」
紬の声に、はっと意識を戻す。
「 ああ、悪い。ちょっと思い出してただけだ 」
言葉を濁しながら微笑む俺の背中で、過去の記憶が静かに揺れていた。
────────
苑里さんが私達にお茶を出すと言い席を立ち、私達の間には沈黙が走る。
「 ....あ、テレビつけていい? 」
アサギさんがリモコンを手に取り、パッとテレビをつけた。画面には緊急ニュースの文字と、どこかの町の被害映像。
『 ....先ほど未明、関東地方を中心に震度5弱の地震が発生しました── 』
「 うわ、すご...。ねえ、これ結構やばいやつじゃない? 」
「 本当だ。こっちは全然揺れてなかったけどな 」
李白さんがリビングの椅子に腰かけながら、画面に視線を向けた。
その隣で、アサギさんが軽く肩をすくめる。
「 怖いねー、こういうの。地震っていつ来るかわかんないしさ、なんか不意打ちって感じで.... 」
「 ほんと、油断ならないよな。大丈夫かな、向こうの人たち 」
「 うん.....。でもさ、こういうの見ると、色々考えちゃうよね 」
アサギさんがふと笑みを薄くして、神崎さんの方へ目を向ける。
神崎さんは、画面を見てはいたけど、特に表情を変えることもなかった....。
「 ....そうだね。いつ何が起きるかなんて、誰にも分からない 」
その言葉だけが、妙に淡々と聞こえた。
だがそれ以上、誰も深く追及してなかった。ただテレビの中で繰り返される映像だけが、不穏な余韻を残していた。
「 .....ん?ああ。ちょっと皆、一回外出てくる 」
「 え~?苑里、1人は寂しいでしょ? 私が付き添ってあげるよ~ 」
アサギさんがニコニコしながら、床にあぐらをかいてこっちを見上げる。
「 電話だから。ついてこなくていい 」
苑里さんの声は冷静で、でもどこか優しい。
空気を読まない神崎さんがすかさず茶々を入れる。
「 苑里って、照れ屋さんだよねー。李白も結構そういうとこあると思うけど? 」
「 ....黙れ 」
「 うわ、李白が怒った~!紬ちゃーん、助けて! 」
「 えっ?い..いや、私にはちょっと....どうにも...... 」
騒がしくて、落ち着かない。けれど、それが妙に安心する。
この空気は、彼処じゃ味わえない“ 普通 ”だ。
でも──何かが足りない。
背後から、ふと視線を感じた。
気のせい?それとも──誰かが、見ている....?
「 ....何だこれ。どういう状況? 」
苑里さんが戻ってきた。口調は静かだが、わずかに警戒がにじむ。
「 ん?あー、苑里。簡潔に言うと、蓮がふざけてた 」
李白さんが肩をすくめて応じる。神崎さんは笑いながら手をひらひらさせた。
「 ま、仲良しってことでいいじゃん 」
「 ....チッ 」
李白さんの舌打ちは、どこか照れたようにも聞こえた。けれど、その瞬間──また背筋に冷たいものが走る。
視線? 違う。もっと重たく、湿った“何か”が、確かにこの場に存在している。
「 そういえば、さっきの電話って、何だったの? 」
アサギさんが首を傾げながら問いかける。
「 .....後で話す。今は、まだその時じゃない 」
苑里さんの声は静かで、どこか遠くを見ていた。
その場に、不穏な空気がわずかに残る。
まるで、嵐がすぐそこまで来ているかのように──。
苑里さんはふと、窓の外に視線をやった。
晴れ渡る空。雲ひとつなく、風も穏やか。……なのに、胸の奥がざわつく。
「 アサギ、李白、神崎、紬。....悪い、やっぱ外、ついて来てくれ 」
その声に、皆の表情が引き締まった。扉を開けると、陽射しが優しく肌を撫でる。それでも、ただの平穏には思えなかった。
地面に落ちた五つの影。
その中で、苑里さんの影だけが妙に長く、重たく、他の四つをゆっくりと覆っていく。
まるで、何かを守るように──あるいは、押し潰すように。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
キャラクターたちの自己紹介を通して、それぞれの個性や絆が見えてきました。不安と温かさが交差する中で、物語はさらに深まっていきますね。
では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬