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終焉の欺瞞  作者: 広瀬
2/18

第2話「 手のひらの体温 」

「 もう食べ物ないじゃん 」


 朝食後、部屋を漁っていたアイツが、何かを発見したように振り返った。

 白いワンピースが揺れるたびに、部屋の空気がわずかに変わる。


「 そりゃ、朝飯で最後だったしな 」


 俺は素直に答えたが、アイツはちょっとだけ不満そうに唇を尖らせる。


「 えー、じゃあまた買いに行くの ? 面倒だなあ....」


 ソファに体を預けて、彼女はぐでっと脱力する。

夏休みだからって、部屋に来てだらける自由人。まあ、怒る気も起きないけどさ。


「 お前がそんなこと言っても、家にないなら出るしかねぇだろ 」


 俺がそう言うと、アイツはあっさりと手をひらひら振って返す。


 「 はいはい、じゃあ私はここで待ってるね。涼しいし 」


 ....どの口が言うんだか。文句はあるけど、出て行く準備を始めた。


────────


 買い物袋を片手に帰る道は、昼の割には静かだった。

 蝉の鳴き声も少し遠くで聞こえるだけで、風の音ばかりが耳に残る。

 歩道の先に、見覚えのある人影が浮かんだ。


「 あれ......神崎? 」


 歩み寄ると、やっぱりそうだった。


「 わっ、苑里じゃん ! ひさしぶりー 」


 彼女──神崎 蓮は、明るい笑顔を向けてきた。高校の同級生で、割と仲がいいやつ。


 けど、アイツほどではない。


「 買い物帰り? 夏休みって感じだねー 」

「 まあな。昼飯がなくなっててな..... 」

「 あ〜、わかる。私もよく冷蔵庫カラになる 」


 他愛ない会話を交わしながら、ゆっくりと並んで歩く。


────────


「 最近、あの子と仲良いんでしょ? よく一緒にいるって聞くよ 」


 唐突な話題に、俺は少し眉をひそめた。


「 ....まあ、勝手に来てるだけだけどな 」

「 そっか。でも……なんか、うらやましいなって 」

「 は? 」

「 あ、違う違う! 私じゃないよ?それに私もう付き合ってるし。....ただ、あの子さ、嬉しそうだったから 」


 神崎は笑った。ちょっと、あたたかい笑顔だった。


「 あんな顔、初めて見た気がしたんだよね 」


 俺は返す言葉に迷った。

 そんなこと、気にしたこともなかった。


「 苑里って、鈍いよね 」

「 は? またかよ.... 」


「 ううん、いい意味でだよ。そういうとこ、案外いいなって思うし 」


 神崎はふっと空を見上げて、軽く笑った。


「 応援してるよ、ちゃんと 」


 その言葉は軽やかで、嘘が混じっているようには思えなかった。


 俺はただ、「 変なやつ 」とだけ返して歩き出した。

 振り返ると、神崎は手を振っていた。

 まるで、夏の陽炎みたいに──あっけらかんと、まっすぐだった。


 玄関を開けると、いつも通りの空気が出迎えた。

 リビングの隅、床に寝転がっていた“あの少女”が、袋を見て目を細める。


「 遅かったね 」

「 ....寄り道しただけだ 」

「 ふーん。じゃあ、美味しいのあるよね? 」


 返事をする前に、彼女の手が袋に突っ込まれる。

 躊躇なんて存在しない。遠慮も礼儀も、ここにはもう必要ないらしい。


「 おい、勝手に触るな 」

「 触ってないし、見ただけだし 」

「 ほぼ同義だろ。それ 」

「 細かいなぁ....あ。私コレ好き!も~らい 」


 そう言って、彼女は袋の中から一つ取り出し、ソファへふわりと移動する。

 当たり前のように居座る姿に、俺ももう何も思わなくなっていた。


「 そういや、神崎に会ったぞ 」

「 え。マジ?いいなぁ 」

「 いいなって....お前の方が会ってるだろ 」


「 そんなことないよ!週2だからそんな多くないって 」

「 いや十分多いだろ 」

「 えぇ...それは苑里が会わなすぎるだけだと思う 」


────────


 テレビの電源が唐突に入る。リモコンを握っていたのは、言わずもがな、あいつだった。


「 明日、快晴だってさ 」


 画面に映る天気予報士が、やけに明るい声で伝えている。気温は高め、湿度は低め。まさに夏の散歩日和。


「 ってことで、明日、どっか行こうよ 」

「 .....は? 」

「 は、じゃないの。もう決まり 」


 いつの間にか手帳を取り出して、予定に丸をつけるそぶりまでしている。こいつの行動力、どこで鍛えたんだ。


「 いや、俺そんなこと一言も── 」

「 言ってないけど、了承ってことでいいよね 」


 笑顔でそう言い放つと、やれやれとでも言いたげに伸びをして、玄関へと向かっていく。


「 じゃ、明日ね。あ、約束だからね 」


 そう言い残し、いつもの調子で玄関の戸を開けた。

 

 ....ドアの閉まる音が、妙に静かに聞こえた。


────────


 苑里は手帳を開き、昨日アサギマダラが決めた約束を確認した。8月8日、午後2時、最寄りの駅。


「 仕方ないか... 」


 小さくため息をつきながら手帳を閉じ、立ち上がる。食材の買い物も済んだし、あとはアサギマダラとの約束を守るだけだ。気持ちを切り替えて、玄関を出る。


 駅までの道のり、気乗りはしなかったが、すでにここまで来た以上、行かないわけにはいかない。嫌でも、だ。


 駅に到着し、改札を抜けてホームに向かう。時計を見れば、ちょうど2時を過ぎたところだった。遅れたかな、と思いながらも、案外アサギマダラは遅れるタイプだから、そんなに焦る必要はないだろうと考える。


「 アイツ、遅れがちだしな 」


 それにしても、アイツは本当に元気だな、なんてことを考えていると、視界の端に見覚えのある人影が現れた。


──笑顔で手を振りながら歩いてきた、あの人。


 アイツだ。予想通り、少し遅れて現れたようだが、笑顔で手を振りながら近づいてくる。


「 ごめん!遅れた! 」


 元気よく声をかけられ、俺は少し眉をひそめた。


「 別に、待つつもりじゃなかったけどな 」


 そう言いながらも、心の中では少しだけホッとする自分がいた。それに、コイツが遅れるのは予想通りだし、それに文句を言っても仕方ない。


「 え~、そんなこと言わないで! だって今日、二人でお出かけなんだから! 」


 コイツは元気に言いながら、俺の隣に並んだ。


「 お前、無理矢理約束させたくせに、もうそんなこと言うのか? 」


 俺は気だるそうそうにそう言い、肩を軽く叩いた。


 アサギマダラは笑って、


「 じゃあ、今日は本当にありがとう!さ、行こう! 」


 と嬉しそうに歩き出した。


 俺もつられて歩き出す。俺たち二人の足音が響き、その音は段々と遠のいた。


────────


 例の自由人は元気よく歩きながら、突如として俺の手を引いた。


「 は...? 」


 突然のことで驚き、少し足を止めたが、コイツの力強い引っ張りに抵抗する間もなく、手を繋がれてしまう。

 コイツは、何事もなかったかのように、悠々と歩き続けた。


「 おい、何を.... 」

「 ほら、今日は二人で出かけるんだから、手くらい繋いで歩かなきゃ!って思って! 」


 彼女はにっこりと笑いながら、手を繋いだまま歩いていく。その笑顔に、俺ははどう反応していいのか分からず、少し困ったように顔をしかめた。


「 お前、こんなこと強引にやるなよ... 」

「 だって、私、そういうの好きなんだもん 」


 自由人は少し照れたように言うと、また元気よく歩き出した。俺は思わず深いため息をつきながらも、嫌々とは思いながらも、無意識にその手に力を入れて握り返していた。


 静かな道を歩く二人。周りの景色が静かに流れていく中、しばらくの間、何も言わずに歩き続けた。


 やがて、彼女が突然立ち止まり、振り返って言った。


「 でも、たまにはこうやって歩くのもいいかもね。なんか、どこか遠くに行くみたいな気分でさ 」


 俺は少し驚いたが、また何も言わずに歩き出す。静かな道には、二人だけの世界が広がっているような、そんな気がした。


 手を繋いだまま歩き続ける。その距離が、どこか不安定で、でも、心地よかった。


「 ....言葉だけみたら誤解されかねないよ?大丈夫かな二人とも。一応ストー...後を追うけど。それ以上に本当に付き合ってないの? 」


────────


 手を繋いだまま、静かな道を歩く。

 最初はぎこちなさが勝っていたが、次第に慣れてしまっている自分がいた。


 どこか悔しい気もしたけど、それ以上に──悪くない、と思ってしまっている。


 蝉の鳴き声が遠くで揺れて、風が少しだけ頬を撫でた。

 舗道に差す木漏れ日が、彼女の髪を優しく照らしている。

 時折、振り返っては笑うその顔を、俺は何度も目で追ってしまっていた。


 結局、俺は大した抵抗もせずに彼女のペースに巻き込まれていた。

 寄り道をして見つけた喫茶店では、何故か俺が奢る流れになっていたし、

 近くの公園に立ち寄って、ベンチで休憩してるときなんか──


「 こういうの、悪くないでしょ 」


 彼女はそんなことを言って、俺の隣にぴたりと座った。


 悪くない。....それは本音だった。

 ただ、これが何なのか、言葉にはできなかった。


 夕方の陽が傾きかけた頃、俺は腰を上げた。


「 そろそろ帰るか 」


 そう言って歩き出そうとしたとき、背後で小さな引っかかりを感じる。


「 ...おい? 」


 裾を掴まれた感触に振り返ると、彼女が何か言いたげな顔でこちらを見ていた。

 言葉にせずとも、何か伝えたそうなその目を見て、俺は小さくため息をつく。


「 どうした? 」


 すると、彼女は急に表情を明るくし、指をしゃっと伸ばした。

 その先には、少し歩けば着く繁華街の通り。

 普段は人気もなく、通る人もまばらなあの場所に、今日はなぜか人だかりができていた。


「 珍しいな 」


 俺がそう言うと、彼女はコクリと頷いた後、小さく言葉を添える。


「 ね、せっかくだし、ちょっとだけ見ていこうよ 」


 もう帰るつもりだったけど、その笑顔に押される形で、俺は結局そのまま足を向けることにした。


 手を繋ぎ直されながら──その温度をまた、感じながら。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 今回は苑里と自由人の微妙な距離感と、神崎との会話が織りなす日常のひとコマが印象的でした。手を繋ぐその瞬間の温度が、二人の関係を少しずつ動かしていく予感を感じさせますね。


 では、また次の話でお会いしましょう。──広瀬

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