【夕刻・未来都市「I」市街地】
静かな路地を、一人の男が歩いていた。
背筋が伸び、視線はまっすぐ前を見据えている。
名を――桐生 剛。
かつては軍で名を馳せた男。戦場でその名を知らぬ者はいなかった。
だが今は、かつての肩書きを捨て、陽介たちのそばにいる。
彼が向かっているのは、旧知の友・神谷陽介の自宅だ。
陽介、美沙、そして剛――三人は高校時代からの付き合い。
表向きは陽介の「ボディガード」…ということになっているが、本人はその呼び方を嫌っていた。
桐生「…あいつ、今頃キッチンで格闘してるかもな」
そう呟いて、わずかに口角が上がる。
かつての戦場では見せなかった、柔らかな表情。
今では陽介の手料理を食べるのも、数少ない“平和”の象徴だった。
陽介の家の扉が近づいてくる。
桐生「よし、今日も突撃だな」
そう言って、インターホンを鳴らす。
美沙「はいっ!剛ちゃん、唐揚げ山盛りね!今日は陽介が揚げたんだって~」
桐生「まじかよ、珍しいな。お前が料理なんてするとはな」
陽介「やればできるってだけ。失敗しなかっただけマシだろ」
美沙「めちゃ美味しいよ!剛ちゃん、ほら褒めてあげて~」
桐生「はいはい、美味い美味い。でも唐揚げ揚げてるお前、想像つかねぇ」
陽介「見せなきゃよかったな」
美沙「なんか高校時代に戻ったみたいじゃない?こうやって3人でごはん食べるの」
桐生「あの頃は、まだMEの“メ”の字もなかったな」
陽介「ああ、ただのバカ騒ぎの毎日だった」
美沙「でも今の陽介、ちゃんと“世界の神谷陽介”してるよ」
桐生「たまには人間味も出せよ?完璧すぎて笑えねぇからな」
陽介「お前ら、ほんと変わんねぇな」
美沙「変わってないのが、いいんでしょ?」
夕食を終えた3人は、リビングに腰を落ち着けていた。
テーブルの上には空いたグラスと、ちょっとおしゃれなボトル。
未来的なボトルのくせに、中身はどこか懐かしい風味のする酒だった。
美沙「剛ちゃん、ちょっと飲みすぎじゃない?」
桐生「ん?こんくらいで潰れるタマかよ、俺は」
美沙「前それ言って、玄関で寝てたよね?」
陽介「あれな、ドア開けたら“ただいま”って言っててさ、オレもどっちが家主かわかんなくなった」
桐生「記憶にねぇ……でも、たぶん言ってた」
美沙「もう〜、あのとき私、めちゃくちゃ焦ったんだからね。冷蔵庫の前で寝てる人初めて見た!」
陽介「俺はそのとき、未来エネルギーより謎だと思ったけどね」
三人の笑い声がリビングに広がる。
こうして何気ない時間を共に過ごすことが、どれだけ貴重なものか、誰もまだ知らない。
桐生「なぁ陽介、お前……幸せか?」
陽介はグラスを傾けたあと、少しだけ黙って、微笑んだ。
陽介「今は、ね」
美沙「……“今”って、何それ。不穏なんだけど」
陽介「なんでもない。ほら、次注いでやるよ。剛、グラス貸せ」
美沙「こらこら、剛ちゃんはもうストップ!」
桐生「えー、美沙まで敵に回るのかよ……」
美沙「だって明日も仕事でしょ。二日酔いで陽介に怒られるとこ、私も見たくないし」
陽介「いや、それはちょっと見たいかも」
また、笑い声。
夜はまだ、少しだけ続く。