「揺れる心」
黒崎とすれ違ったあの日から、陽介の表情には明らかな翳りが見え始めていた。
考えないようにしても、頭のどこかに常に黒崎の言葉がこびりついて離れない。
リビングのソファに腰掛け、陽介は両手で顔を覆ったまま、じっと動かない。
テーブルには飲みかけのコーヒーが冷めきっている。
普段の陽介なら、こんなに長く何かに囚われることはなかった。
そんな彼を、美沙は黙って見つめていた。
無理に声をかけることはしない。ただ、そっと隣に座り、温かい空気だけを共有している。
やがて、陽介がぽつりと呟いた。
陽介「……俺のやってきたことって、本当に正しかったのかな」
その声はかすかに震えていた。
初めて見る、陽介の弱さだった。
美沙は優しく微笑み、彼の手に自分の手を重ねた。
言葉ではなく、ただその温もりで、彼の迷いに寄り添おうとする。
美沙「陽介は、誰よりも世界のことを考えてるよ。私は、それをずっとそばで見てきたから」
その言葉に、陽介はようやく顔を上げる。
美沙の瞳には、疑いも、恐れもなかった。ただ、陽介を信じる光だけがあった。
陽介は苦笑しながら、美沙の手を握り返す。
陽介「……ありがとう。お前がいるから、俺はまだ立っていられる」
美沙はふっと微笑んだ。
そして、少しおどけた声で続ける。
美沙「でも、悩んでる顔もかっこいいから、たまにはいいかもね?」
陽介は思わず吹き出した。
重かった空気が、少しだけ和らいだ。
それでも、彼の胸の奥底に芽生えた葛藤は、静かに、しかし確実に、彼の未来を揺さぶり始めていた。




