手紙
代表作『元男子の美少女がレベル1縛りで世界を救う ~スキル伝承の奥義でレベル?なにそれおいしいの?状態!~』執筆の合間に息抜きとして書き始めました。不定期での更新になるかとは思いますが、代表作とともにお楽しみいただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
俺の名前は一一。私立時神学園でしがない高校教師をしている。担当科目は国語だ。
教師の仕事は決して楽なものではない。部活指導や生徒指導、翌日の授業準備に保護者対応など、その業務は多岐にわたる。実際に過労で辞めていった教師も何人かいる。だがしかし、俺が今この仕事を辞めることは断じてありえない。それは何故か?生徒を教え導くやりがいのため――普通の教師ならそう答えるだろう。だが俺の場合はそうではない。俺がこの仕事を続ける理由、それはひとえにただ一人の生徒のためだ。
「先生、今日もお疲れ様です。ご指導いただきありがとうございました。」
鈴を転がしたような美しく澄んだ声が耳朶に飛び込んでくる。これだ、この瞬間のために俺は生きていると言っても過言ではない。俺が目をやると一人の女子生徒が柔らかな微笑みを浮かべていた。艶やかな長い黒髪に美しく整った顔立ち、やや細身の健康的な身体……学園一の美少女こと有栖川有栖がそこにいた。そう、彼女こそ俺が教師を続ける理由であり、生きる意味なのだ。ゆえに彼女が卒業するまで俺がこの仕事を辞めることなどありえない。もちろん俺から有栖川に向けられる愛情は性愛ではない。もっと気高く崇高な――教師と生徒という立場を超えた純粋な愛なのだ。
「有栖川、授業で分からないところはなかったか?」
俺は努めて担任の一教師として振る舞う。今はまだこの想いを有栖川に伝える時ではない。
「はい。今日の授業もとても分かりやすかったです。」
にっこりと微笑む有栖川。彼女はいつも放課後になるとこうして挨拶をしに来てくれる。日々の業務に荒んだ俺の心は彼女の一言だけで救われる。俺は有栖川に微笑み返し、口を開きかけるが――。
「あーっ!またイッチーとアリスちゃんがいちゃついてるぅ!」
突如として横から入ってきたこの生徒は二宮和葉。天然の茶髪をポニーテールに結い上げた小柄な女子生徒だ。彼女は俺と有栖川が談笑しているといつも割り込んでくるのだが、正直うるさいし消えてほしい。だが今の時代、教師が生徒にそんなことを言おうものなら処分は免れない。俺は苛立ちを顔に出さないようにしながら二宮に話しかける。
「こら、イッチーじゃなくて一先生と呼ぶようにいつも言ってるだろ。」
「ぶー」と頬を膨らませる二宮の隣で有栖川が顔を赤らめる。
「和葉ちゃん!いちゃついてるだなんて、そんなっ……。」
頬を染めて照れる有栖川の姿はあまりにも可愛らしい。落ち着け、有栖川はただ男慣れしていないだけだ。有栖川が男子と話している姿なんて見たことがないし、実際に男子の間では高嶺の花で通っているらしいしな。
「二人とも、暗くなる前に家に帰るんだぞ。」
俺はいかにも教師らしく有栖川と二宮に帰宅を促した。欲を言えば有栖川ともう少し話していたかったが、夜道で有栖川を危険に晒すわけにはいかない。
「はい、先生。さようなら。」
「また明日ね、イッチー!」
二人は俺の言葉を素直に受け入れ、楽しそうに話しながら教室を出ていく。俺も職員室に戻って明日の準備でもするか。当たり前だが今日も残業だ。
「二十二時か……そろそろ帰るかな。」
残った業務を終え、俺はようやく帰り支度を始める。既に他の教師は退勤しており、校内には俺一人しかいない。戸締りを確認して職員室を後にしたその時だった。
「先生っ!」
真っ青な顔をした有栖川が廊下を駆けてくる姿が目に飛び込んできた。こんな時間に一人で学校に来るなんてただ事ではない。有栖川の様子にただならぬものを感じた俺は努めて冷静に事情を聞く。
「どうした。何があったんだ?」
有栖川は震え、今にも泣き出しそうな顔で俺に事の次第を話す。
「両親と弟がどこにもいないんです。一緒に夕食をとった後、私、眠ってしまって……。目が覚めたら枕元にこんな手紙が……。」
俺は震える手で差し出されたそれを受け取り目を通す。
『有栖川有栖
お前の大切な者たちを失いたくなければ一人で時神学園の校舎まで来い。なお、この事を警察に話した場合には家族の命はないと思え。』
時神学園は県内有数の進学校なので7時間授業が普通にあったりします。この日はちょうど7時間授業の日で部活はありませんでした。
学校のセキュリティはどうなってんの?と突っ込まれそうですが、時代背景的には昭和後期か平成初期くらいだと思っていただければ。