問題
「あー、つまり、こういうことね……」
私は双方の言い分を聞き終わると物凄い頭痛に襲われた。
面倒くさいと思いながらも、内容を整理するため口に出しながらまとめていく。
「患者たちが薬を求めて暴れた。それで、それを抑えるためにルネが魔法で拘束をしたけど、それがやりすぎていてアイリーンと口論になった、と」
'それも侯爵の目の前で……'
「はい」
アイリーンが申し訳なさそうに返事をする。
「……ああ」
したことを口に出されたことで、少しだけ自分の判断が間違っていたと思い出し、また怒られると身構える。
ルネも最初こそ穏便に済まそうとしたが、フリージア領の一部の人間たちが、自分だけ助かろうと何度も薬を盗んだだけでなく、挙げ句の果てにこっちは寝る間も惜しんで必死に助けようとしているのに罵倒された。
ついに堪忍袋の緒が切れて彼らを攻撃しようとするが、主人の顔が浮かび、慌てて拘束魔法に変えた。
ルネからしてみたら物凄く譲歩した結果だったが、私の顔がどんどん険しくなっていくのをみて自分の行動が間違いだったのかと思い始める。
もしそれで、ゲロマズ飯を当分食え、とでも言われたら死ぬほど悲しくて大暴れしてやると密かにいま決めた。
「……侯爵様はなんて?」
階級が上の領地民を魔法で拘束したなど、罰を与えられても文句は言えない。
今は侯爵の機嫌を取りを最優先でしなければ今後の生活が危うくなる。
誰にでも優しく誠実な侯爵なら、正しい判断が普段なら下せるだろうが、今は残念ながら普段通りの生活とは真反対にある。
次々と現れる魔物に死んでいく領民。
呪いに侵されたせいで土地は荒れ、人が来なくなり食料不足。
状況が今よりいつ酷くなってもおかしくない。
焦りと不安から頭が正常に働かず、罰を受ける可能性もある。
なんとかそれだけは回避しなければならない。
問題が発生したときに、そこにはいなかったので、侯爵がどうだったか知る由もない。
だから、そのときの状況が知りたくて尋ねると、治療班は全員なんとも言えない顔してからオリバーがこう言った。
「それが、侯爵様はその暴動に巻き込まれて倒れてしまったのです」
'え?まさか……それって、ルネのせい……'
私はオリバーの言葉を聞いて顔から血の気が引いていくのを感じた。
私のその顔を見たオリバーが慌ててこう付け足す。
「ルネが魔法を発動させる前です。結果的にルネのお陰で暴動がおさまり侯爵様を救出できたんですが……」
'良かった。とりあえず、ルネのせいじゃないのね……ん?が?ですが?'
私はホッとするも、オリバーの最後の「が」が気になり首を傾げる。
「侯爵が倒れたことで夫人が動揺し倒れました。そこからフリージア家に仕える騎士と使用人たちが侯爵夫妻の看病と心配からか、治療の手が止まってしまって……」
オリバーはそれ以上は言えなかった。
'おい、おい、おい。冗談でしょう。今でも人手が足りなくてやばいのに、治療の手が止まった……?'
私は信じられなくて何度も瞬きを繰り返す。
少しして治療施設の今の状況を理解して、怒りが込み上げてきた。
'全員ぶっ飛ばしてー'
私は天井の木を見ながら腹が立ちすぎてそう思ってしまった。
そんな物騒なことを考えたせいか、私の雰囲気が変わったことに気づいた全員は背筋がピンと伸び、何を言われるのかと身構えた。
「とりあえず、私は侯爵様のところに行ってくるわ」
私はため息を吐いてから言う。
「あんた達は先に休んでていいわ」
「え?ですが……」
オリバーはまだ治療しないといけない患者がたくさんいるのに、いいのかと尋ねようとして途中でやめる。
そんなこと言われなくてもローズが1番わかっているはずだと思い。
「言いたいことはわかるけど、ちゃんと休まないと次に倒れるのは自分よ。健康でいるからこそ他人を救えるの。無理したらかえって迷惑。わかったら今日は全員休みなさい」
私は口ではそう言ったが、本心では「なんでここの領民でもない私たちだけが働かないといけないのよ」と腹が立っていただけ。
少しくらいはみんなの体調も心配して言ったが、それは1割にも満たないくらい小さなものだった。
「わかりました」
私の言葉に納得したのか全員、それ以上は何も言わず休むことにした。
私が部屋から出ると夕食を食べ、風呂に入ってから眠りについた。
「ああ、めんどくせ」
建物から出て冷たい風が肌を突き刺した。
寒いと思いながら空を見上げると月が雲に覆われていて、今の自分の心境を表しているみたいだと思い顔を顰めてしまう。
「はぁ。行くか」
暫く空を見上げていたが、月が雲から顔を出す気配がせず、重い足をなんとか動かしながら侯爵がいるであろう少し離れた大きい建物へと向かっていく。
侯爵がいる建物は治療施設とは違い、侯爵たちが寝る場所としてアイリーンが作った建物なので患者は誰1人いない。
そっと扉を開けて建物の中に入るが、静かで人の気配を全く感じない。
侯爵はきっと1番豪華な3階の奥の部屋にいるだろうと思いそこに向かって歩く。
着くまでの間、誰にも会わなかった。
何故、と思いながら進んでいたが部屋に着く数十メートル先でその理由に気づいた。
全員、侯爵の部屋の前にいたからだった。
会わないはずだ。
'嘘でしょう'
その光景を見た私は、本気で全員の頭をハリセンでぶっ叩きたくなった。
いくら自分たちが仕える主人が倒れたからといって、今にも死にそうな患者や治療を待っている人たちを放置するなどあり得ない。
アイリーンとルネの仲裁もせず、侯爵の機嫌をとりにきたのがバカらしくなるほど腹が立ってきた。
一体どれほど重症なのかと思いながら、使用人と騎士たちの足元から部屋に入り侯爵の容態を確認する。
'……寝てる?'
見た限り寝ているだけだ。
顔色が悪いので疲労で倒れたのだろう。
大したことがなくて良かったとホッとすると同時に、寝てる人間の看病に大人数でいる必要があるのかと腹が立つ。
こっちは一日中歩き回って疲れた体を休ませたいのに……
私は一旦落ち着こうと深呼吸をする。
それを繰り返していると落ち着きを取り戻した。
侯爵と話ができないなら夫人と話をしようと思うも、彼女も倒れたと聞いたのを思い出した。
執事に話を聞くか、と部屋を出ようとしたとき「スカーレット公女様」と声をかけられた。
誰だ?と横を向くとそこにいたのは、今から会いに行こうと思っていた執事だった。