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「おはよう。ようやくお目覚めね」


地面に倒れているアスターを見下ろしながら、私は笑顔で話しかける。


「お嬢様。一体なにを……全身が痛すぎて辛いです」


アスターは話すたびに全身が悲鳴を上げるほど痛かったが、なんとか耐えながら声を出す。


「そりゃあ、そうでしょう。痛くしたんだから」


元の世界で習得した、どんな相手も立ち上がれなくなる技ををアスターに全てやった。


本来なら1つだけでも立ち上がれないような技だが、アスターには1人だけ休んだ罰として全部試した。


お陰でアスターは指一本動かせない状態にある。


普段のアスターならこの技をくらうことなどなかっただろうが、無防備な状態だったため簡単に技をくらわせることができた。


「それより、何か言うことは?」


「……」


アスターは自分がどれくらいの時間、自分の世界に入っていたか知らないので、なんの謝罪を求められているかわからなかった。


そのため謝罪ができなかった。


もし、自分の悪いところがわからず謝罪すれば、今以上に怒らせ、自分が危うくなるので下手なことは言えない。


「私の格好を見て何か思わない?」


汚れた格好を見せれば、私1人で呪い探しをしていたとわかるだろうと思い言ったが、アスターには逆効果だった。



その格好を見て、アスターは先程のことを思い出し「最悪だ。穴があったら入りたい」と恥ずかしくなる。


結局、恥ずかしさや自己嫌悪で頭がいっぱいになり、服が汚れた理由など考える余裕などなかった。


'あれ?なんか、他のこと考えてない?'


私はアスターの表情から問いかけとは別のことを考えていると気づいた。


なんでそんなことをしているのかわからないが、ただ一つだけわかっていることがある。


私のことを無視したということが!


「アスター」


私は優しい声と口調でにっこりと笑いながら見下ろす。


その声で笑に返ったアスターはようやく自分が今どれだけ危険な状況なのかを理解できた。


「ゲロマズ飯1ヶ月とメイド1ヶ月。どっちがいい?」


「……」


'ゲロマズ飯はわかるが、メイドとは?いや、メイドが何かはわかるが、私は男だし……まさか……'


アスターはそこまで考えて私が何をさせたいのか気づき、一気に顔から血の気が引いた。


'私に女装しろと!?'


アスターはゆっくりと私と視線を合わせる。


私はアスターと目が合うとニコッと口角を上げて笑いかける。


その笑みを見たアスターは、最悪な状況にさせられるときの悪魔の顔で、自分の予想が当たっていることに気づき終わったと思う。


「お嬢様。他のにしませんか?」


アスターは情けをこうが容赦なく切り捨てられる。


「私がそれを受け入れると思う?」


私は笑顔で質問返しをする。


「……思いません」


アスターはこれまでのことを思い出し、絶対にあり得ないと思い泣きたくなる。


「よくわかってるじゃない。なら、なんで聞いたの?」


私は、ハハッと笑いながら言う。


「……」


アスターは何も言えず、笑っている私を見て死んだ魚の目のように正気を失った目で見るしかできなかった。


「それでどっちにする?」


ようやく笑いがおさまり、私はアスターにどっちの罰がいいか尋ねる。


'どっちも嫌に決まってます!'


アスターは心の中でそう叫ぶが、声には出せなかった。


どっちにするか答えは決まっているが、それもやりたくなくて黙るが、ずっと黙り続けることなどできないため、嫌々ながらもこう言った。


「……メイドの方でお願いします」


「わかったわ」


'やっぱりメイドか'


私はアスターがどちらを選ぶか、わかっていたので女装を選んでも大して驚かなかった。


寧ろ当然の選択だと思った。


一度舌が肥えると元に戻るのは難しい。


当分の間は料理をダシにすれば大抵のことは言うこと聞くことがわかり、私はこれからどんどんアスターをこき使おうと決める。


「メイドは領地に帰ってからでいいわ。男用のメイド服はここにはないだろうし」


例えあったとしても他領でスカーレット家の品格が問われるようなことはできないのでさせるつもりはない。


この世界では元の世界では許された好きなものを着るということは本当の意味では許されていない。


女性が女性の好きなドレスを着るのは許されるが、女性が男性の服を着るのは許されない。


騎士は別だが、貴族令嬢がそういう服を着れば白い目で見られる。


男性も同じだ。


男性が男性らしい服を着るのはいいが、フリフリや可愛いらしいものを少しでもつけていると、男らしくないと批判されてしまう。


今朝のことを思い出し、私はため息を吐く。


私が今着ている服を見たときのフリージア家の人達が見たときの顔を思い出し、生きにくい世界だな、とどこか他人事のように感じた。


元々好きに生きてきて、他人に興味がなかったからか、この世界の住人ではないからなのかはわからないが、私は誰になんと言われようと自分の好きな服を着て生きていくと決めている。


だから、他人の視線が気にならないのだろう。


この世界にきてから私はずっと自分が来たい服を着ている。


ただ、何回かは着たくはないコルセットのドレスは着た。


物凄く嫌で仕方なかったが!


「……はい」


アスターは私の言葉を聞くなり、頬が引き攣っていった。


'つまり、もし服があれば、ここでメイドの格好にしたと?'


普通の人ならそんなことまずあり得ないが、悲しいことに目の前にいる主人は、笑顔で人を地獄に落とす悪魔なので十分にあり得る。


アスターは何度も心の中で天に向かって感謝の言葉を述べた。


'ありがとうございます。本当にありがとうございます。メイド服がなくて本当に助かりました。ありがとうございます'


とても必死で感謝の気持ちが籠った誠実さは天に届き、神々は人の助けになれたのならよかったと思ったが、聞こえてくる声と言葉から「一体人間界では何が起きているのだ」と困惑した。


男がメイド服がなくてよかった、と祈るのだ。


捉えようによれば最悪な犯罪が起きていると勘違いされるような言い方だが、アスターの声と口調、伝わる感情から、それはあり得ないとわかるのですぐに最悪の状況ではないとわかるが、ならこの感謝の言葉は一体何を表しているのかと新たな疑問が生まれる。


結局、神々は誰1人、答えに辿り着けず最終的に諦め、推理するのを放棄した。


ーー最悪な事態でもないし、これほど長く心のこもった感謝を示してくれる子なのだら、きっといい子だろう、と。





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