水の妖精王
「偉大なる神よ。私はあなたを信じます。私は罪深い人間ですが、あなた様の慈悲深い優しさに触れ心を入れ替えます。人に誠実に接し、清く正しく生きると誓います。おお、神よ。愚かな人間である私をお救いください」
私は手を前で組み神に語りかける。
怨念は正の感情を、魔の者たちは神のような光の存在を嫌う。
小説では村が怨念の霧に覆われたとき、一人だけ神に語りかけた者が助かるというシーンがあった。
小説は霧だが、水でも問題ないはずだと思い試す。
予想通り水の拘束が緩み、流れも変わり簡単に下までいけた。
早く見つけないと息がもたない。
中心から潜ったが、きっと怨念のせいでズレたはず。
私は潜って自分がどんな風に水に流されたのかを思い出す。
潜って少ししたら左側の方から水の辺りが強かったのを思い出す。
次は少しずつ体が回転していった。
確か右に2回、左に3回、また右に5回半だった。
その次は後ろから水が当たり、そのあとはまた左に流された。
'最後は……右。つまり、こっちにいけば中心ね'
私は自分を信じ歩く。
12歩、歩いたら足に何かがぶつかった。
私はしゃがみ、それを触る。
形はひし形で、それぞれの角から鎖がついている。
間違いない。
水の妖精王はこの中にいる。
私は笑う。もちろん目と口は閉じたまま。
'さてと、それじゃあやりますか'
私はナイフを取り出し、右手の人差し指を少しだけ切る。
血が出る。
その瞬間、怨念は私が妖精王の封印を解こうとしていると気づき慌てて攻撃を仕掛ける。
さっきの何倍もうるさい声で頭の中に直接叫び、水の勢いも強くなる。
私はそれに負けじと人差し指をひし形の形をしたものに置き、呪いを解く魔法陣を描いていく。
この魔法陣は小説で見た。
私は一度見たものは忘れないので、完璧に描ける。
描き終わると右手を魔法陣の上に置き、心の中でこう唱える。
「リアギラート(魔を撃ち滅ぼせ)」
ローズは魔力がないので基本魔法は使えないが、陣を描き、その魔法を唱えれば発動できる。
結果、魔力がない私でも封印を解くことができる。
鎖がパンッ!と音を立て外れ、ひし形がパリンッ!という音を立て粉々になる。
元々目を瞑っていたが、封印が解かれ水の妖精王が復活すると眩いほどの光が発せられ、眉間に皺ができるほど思いっきり瞑る。
'光?湖から?お嬢様が何かしたのか?'
リザードマンと戦っていたが、湖から眩いほどの光が発せられ何が起きたんだと一瞬でも視線をおくるも、すぐにリザードマンの攻撃をかわし倒す。
次も倒そうと攻撃を繰り出そうとしたそのとき、湖からボンッ!と大きな音が聞こえたと思ったら水が10mの高さまで上がった。
本当に何が起こってるだと思っていると「ぎゃあああーっ!」という声が聞こえてきた。
ローズが湖から出てきたが何故か水より高いところにいる。
アスターは慌ててローズを助けるために走る。
少し前の湖の中。
'ちょっと、一体いつまで光るのよ。眩しいじゃんか。それにそろそろ息も限界なんだから早く出てきてよ。お願いだから'
そう思ってると、急に水の動きが早くなり物凄い勢いで回り出す。
さすがにこれには耐えきれず、私は水の力に抗えず物凄いスピードで何十周も湖の中を回った。
'死ぬ〜!ストップ!ストップ!マジで止まって!死ぬからー!'
私の心からの願いなど嘲笑うかのように、さらに勢いは増しそのまま上へと向かっていく。
気づくと私は湖から出ていた。
ようやく地獄の回転から解放され、息も吸えるようになって喜ぶが、すぐに自分がどこにいるか知り「ぎゃあああーっ!」と悲鳴をあげる。
「終わった。これマジで終わった。確実に死ぬわ。これ」
私は胸の前で手を合わせる。
地面にぶつかるときはどうか痛くありませんようにと祈りながら落下していく。
もうすぐ地面にぶつかるので目を瞑って衝撃に備えるが、そこまでの痛みはなかった。
衝撃はあったが……何かに抱き抱えられた感じのだった。
私は恐る恐る目を開けると、最初に目にしたのはアスターの顔だった。
「お嬢様!大丈夫ですか?」
「アスタ〜!ありがとう!命拾いしたわ!」
さすが主人公!と感謝する。
「それより何があったんですか?」
「それはすぐにわかるわ。ネタバレはなしよ!」
'ネタバレ?……?'
アスターはネタバレがどういう意味かわからず混乱するも、すぐにリザードマンが目に入り戦闘体制に入ろうとするが「あ、もう何もしなくていいわ。向こうが全部やってくれるはずだから」と私は湖の方に視線を向ける。
アスターも湖の方に視線を向ける。
'ッ!あれは妖精か!?
湖の中心の上にいる人物を見てそう思う。
アスターは何故ここに妖精がいるのだと更に混乱する。
私はアスターが説明を求めているのに気づいていたが、今はそれどこではないので無視をする。
'さぁ、見せてもらうじゃない。妖精王の力がどんなものか'
リザードマン達は妖精王が現れ、本能的に感じていた。
殺されると。
逃げたくても体が金縛りにあったみたいに動けなくなる。
ただ妖精王の動きをみることしかできない。
妖精王は何も発さず、ただ右手をスッと上げる。
すると湖の水が全て妖精王の右手の上に集まる。
ゆっくりと右手を下ろすとその水はリザードマン達に向かっていく。
あまりの質量にリザードマン達は何もできずに死ぬ。
一瞬で残っていたリザードマンを全て倒した。
私はその光景に目を輝かせる。
さすが妖精王!その力は本物ね!と。
逆にアスターの顔は真っ青だった。
まぁ、それも無理もない。
自分と同じ数のリザードマンを一瞬で倒されるのを目にしたんだ。
実力の差を感じるのは仕方のないこと。
小説の後半のアスターの強さなら妖精王と同等の強さになるが、今はまだそのレベルではない。
今のアスターは妖精王と比べるとひよっこのようなものだ。
妖精王はリザードマンを全て倒すと、私達の前までくる。
私は地面におろしてもらう。
「あなたが私を助けてくれた人ですね。感謝します。ありがとう」
妖精王は私に微笑む。
'めっちゃ綺麗!……いや、違う違う!えっ!?水の妖精王って女性なの?いや、確かに男性とは一言も書いてなかったけど……まぁ、いっか。めーっちゃ美人だし。目の保養になる'
私は妖精王に話しかけられているとき呑気にそんなことを考えていた。
「いえ。とんでもありません。気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」
私がそう言うとアスターは「どの口が言ってんだ」と突っ込みたくなる。
「とても綺麗な心をおもちですね。あなたのような人に助けてもらえて幸せです。お礼に何かさせてください」
「いえ。とんでもありません。私は何かして欲しくて助けたわけではありません。本当に気にしないでください。私達はこれで失礼します」
私はそう言うとこの場から立ち去ろうと妖精王に背中を向ける。
アスターは私の言葉を聞いて本当に改心して変わろうとしてるのかと思う。
が、すぐにそう思った事をひどく後悔する。
「待ってください!それでは私の気がすみません!私は千年もここに封印されていました」
'はい。もちろん知ってます'
「だから助けてくださったあなたには心から感謝しています。さっきはああ言いまたしたけど……」
'あともう一息'
「私はあなたのためにこの力を使いたいのです。どうかお願いです。私と契約してください」
'よっしゃあー!大金ちゃんゲット!これで夢の生活に一歩近づいたわ!イェーイ!'
嬉しさのあまり顔がニヤける。
妖精王には背を向けているので私が今どんな顔をしてるのか知らない。
逆にアスターには丸見えだった。
'……やっぱり変わってない。いや、もっとひどくなってる'
アスターはさっきまでの言葉は全て契約するために言った芝居だと気づく。
少しでもローズを信じた自分が許せない。
心優しい妖精を騙すローズの姿を見て本物の悪魔だと本気で思った。
「そこまで言われると断れませんね。私でよければこれからよろしくお願いします」
「ありがとうございます。約束します。あなたを傷つける全てから守ると。こちらこそこれからよろしくお願いします」
そう言うと妖精王は私の頬に手を添え額をくっつける。
額から光が出る。
小説でヒロインとした契約の儀だ。
美人の顔が目の前にあるとなんだか緊張する。
私はじっくりと妖精王の顔を見る。
ただ残念なことに妖精王は目を閉じているので瞳を見ることはできない。
少しすると光が消え、妖精王が離れる。
「これで契約は完了しました」