サイギアード
「じゃあ、暫く頼むわね。彼らの監視もよろしくね。それと例のものもなるべく多く準備しといて」
「はい。かしこまりました」
オリバーが返事をする。
「グレイ。後のことは任せたわ」
グレイとは男爵家の執事の名だ。
風邪をひいていて今日から復活したらしい。
私がこの世界にくる一週間前から体調を崩して休んでいたので会うのは今日が初めてだ。
「はい。お任せください」
オリバーとグレイ。そして料理人達に見送られながら、私とアスターはサイギアードに向かって馬を走らせる。
サイギアードまでは一週間かかる計算だ。
アスター、一人なら三日でつくだろうが。
昨日初めたばっかの私にはそれくらいかかる。
一日中馬を走らせ、空が暗くなったら寝るを繰り返す。
汗で服がベタつき気持ち悪いが水さえ確保できれば問題なくなる。
「お嬢様。二つ聞いてもいいですか?」
三日目の夜ご飯を終えて後は寝るだけになったときアスターが話しかけてくる。
「ええ。なに?」
「どうしてサイギアードに行くんですか?そっちよりクレア湖の方が近いですよね?なぜクレアではダメなんですか?」
「あー、それね……」
この質問はもっと早くされると思っていたので、何て言うか考えていた。
本当のことを言うわけにはいかないから。
「サイギアードにある湖の方が大きいから。水はたくさんある方がいいでしょう」
「そうですか。では、どうやって水を領地まで持っていくつもりですか?」
アスターは最初冗談と思い適当に合わせていた。
だが、本当にサイギアードに向かって出発し本気で水を領地に持っていくつもりなんだと知り、その方が何か知りたくなる。
「それは……」
「それは?」
「秘密よ」
「……」
アスターは私を疑うような目で見る。
本当にそんな方法あるのかと。
「まぁ、心配しないで。ちゃんとあるから」
私は少しだけ疑いを少しでも無くそうと思いそう言うが、余計に疑った目をむけられる。
「……」
「……」
「……」
「……うん。寝る。おやすみ」
これ以上会話は無理だと判断し、寝ることにした。
背を向け横になるが、アスターの視線を感じる。
暫くしたら諦めてのか、飽きたのかわからないが視線を感じなくなった。
ゴソゴソと音がするのでアスターも寝る準備をしだしたのだろ。
私は気づかれないよう息を吐く。
そして、小説の内容を思い出す。
サイギアード。
この場所はラブロマンス小説でヒロインの力を際出せるシーンの一つだ。
ヒロインが聖女になって初めて神聖力を使って湖を浄化する。
この湖には水の妖精王が封印されていて浄化されたことで魔の力がなくなり千年ぶりに外に出れた。
助けてくれた恩を返すため水の妖精王はヒロインと契約しその力をヒロインのためだけに使った。
水の妖精王の力は強大でこの国を覆うほどの水を余裕で出せる。
その力さえを手に入れることができれば水に困ることは一生なくなる。
それだけじゃない。
他の力もすごいらしいが、小説では具体的なことは書かれてなくてどうすごいかはわからないが、それは契約したあとに本人から聞けばいい。
浄化の力はないが、封印を解く方法はある。
ヒロインとは別の人物が他の水の妖精が同じように封印されたのを神聖力を使わずに解いたことがある。
だから同じようにやれば封印は解ける。
あとは私の忍耐力次第だが。
元の体なら問題なかったが、この体では……心配だ。
まぁ、やるしかないんだけど。
本来なら妖精王はヒロインの力になるはずだが、聖女というチート能力に他の妖精王やそれに匹敵する者達と契約するんだ。
一人くらい貰ったところで問題はないだろう。
こっちはチート能力もない。借金がある、ただの男爵令嬢なのだから。
私は少しも悪いとは思ってないが、一応「ゴメンネー」と心の中で謝っとく。
諦めるという選択は絶対にないので。
なぜそんなに水を欲しがるかって?
そんなの決まってる。
水は生活に欠かせない存在。生きていくには必要不可欠。
だがそれだけじゃない。
一番の理由は水はお金に変わるから!
「着いたわね」
あれから二日、馬を走らせサイギアードに到着する。
本当ならあと二日かかる予定だったが、思いのほか馬になれ予定より早く着いた。
「……本当にここがサイギアードの湖なんですか?随分と本に書かれている内容とは違いますが……」
アスターは間違えて他のところに来たのではないかと疑う。
それも仕方ない。
周りの木や草は普通なのに、湖だけがおかしい。
汚れているというレベルではなく、水が真っ黒に染まっている。
墨でも入れたのかと疑いたくなるレベルだ。
「だね。それより準備して。そろそろくるよ」
「くるって、何がですか?」
「すぐわかるわ。早く剣を抜いて。私はこれから湖の中に入るから。あんたは頑張って敵を倒してね」
「は?ちょ、入るってこの中にですか!?正気ですか?やめてください。一体なにを……」
考えてるんですか?と言おうとしてやめる。
性格には何かが飛んできたので急いで剣を抜いて受け止めたから言えなくなった。
「リザードマン!?なぜ?いやそれよりも数が多すぎる。お嬢様。私の傍を……って、もう入ってるし!」
守るから傍にいろ、と言おうと私がさっきいた場所に視線をおくるがおらず、まさかと思い湖を確認すれば中心の近くまでいっていた。
'あー!もう!せめて説明くらいしろ!'
アスターは声にならない叫び声を上げる。
勝手にここまで連れてこられ、挙げ句の果てにリザードマンと戦わされる。
どう考えてもこうなることを知っていた感じだ。
それなら自分一人じゃなく大勢連れてくれば……
アスターはそこまで考えてやめる。
男爵家の騎士達でリザードマンと戦えるのは自分しかいないということを思い出す。
連れてきたところで足手纏い。
一人で戦った方が楽。
それがわかっていたから二人できたのかと、アスターはリザードマンと戦いながら私の考えを正確に当てる。
'それなら私がやることは一つだな。リザードマンがお嬢様に向かわないようにするこだ'
アスターは戦いに集中する。
「……ここが中心か?……いや、もうちょっと先か」
私は中心まで泳ぐ。
急がないとアスターが死ぬ。
リザードマンの数が想定していた数より多い。
アスターの方をチラッとみる。
'あ……なんか大丈夫ぽいね。うん。じゃあ、いっか別にゆっくりでも'
まだ旅に出かけてないからそこまで強くないはずなのに、主人公なだけあって強いな。
それに比べて私は……うん。差がひどくね。
なんか泣きたくなる。
気を取り戻して、封印を解くため中心までいく。
妖精王は湖の中心に沈められている。
水は真っ黒になっているので中は何も見えない。
だから中心のところまでいき、そこから真下に潜って下までいき、そこからは手探りしないといけない。
「ここね。よし……」
私は思いっきり息を吸い潜る。
'これは結構厄介ね'
私は潜ってすぐにこの水の恐ろしさが何かを知る。
この黒い水は人の怨念でできている。
下にいけばいくほど強力になり、精神がやられていく仕組みだ。
それだけじゃない。
水が人間の手のように纏わりつきこれ以上下にいけないよう邪魔してくる。
頭の中に直接聞こえてくる人々の怨念。
正直ものすごい鬱陶しい。
このままでは妖精王を見つける前に死ぬ。
さすがに焦り、何か手はないかと頭をフル回転させる。
'あっ。なんかくる。もう少しで何か思い出しそう……あ、あーっ!'
閃いた。
この状況を打破する解決策を。
この世界で怨念が魔の者たちが嫌うものが何かを思い出した。