治療班 4
「では、皆さん食べ終わったようですし、これから領民の分のうどんを一緒に作ってもらいます」
オリバーがそう言うと、全員素直に元気よく返事をした。
食べる前と後での態度の差がありすぎて、オリバーは苦笑いしそうになる。
'食べ物の力はすごいな'
改めて食べ物の偉大さに気づくも、自分たちもローズの前ではこんな感じになのか、と客観的に見ると何とも言えない気持ちになる。
オリバーは気を紛らわそうと軽く咳払いしてから、実際に作りながら作り方を説明していく。
「まず、塩と水をボウルに入れて溶けるまで混ぜてください」
塩は小袋に入ったものを渡し、水はアイリーンが大人5人が余裕で入れる大きな入れ物の中に大量に出してくれたのでそこから取るように言う。
フリージア領の水は呪われている可能性があるので使わないようにする。
「次に小麦粉を入れて、また混ぜていきます。生地が滑らかになり、耳たぶの柔らかさになるまでこねてください」
大きな袋の中に小麦粉は入っているので、そこから取るように言う。
ここまでできたら、20分間寝かせるので砂時計を取り出す。
この砂時計はローズ自ら作った特別なもので、全て落ちると丁度10分の時間になる。
落ちてから、ひっくり返してもう一度落ちるまでの間、今のをひたすら作れるだけ作る。
20分経つまでの間、最低でも2回はできた。
コツを掴んだのか、慣れたのか、多いものは4回できた。
オリバーは8回できた。
実際に同じペースでやるからか、ここまでは全員問題はなかった。
難しくなるのはここからだ、とオリバーは自分がローズに教えてもらったように丁寧に侯爵たちに次の工程を説明しながら実際にやる。
板を机の上に置く。
板に片栗粉をまんべんにふってから、その上に先ほど作った生地をのせる。
これは塩と区別するために袋が茶色ではなく青色に入れてある。
オリバーは青色の袋に入っているのが片栗粉で、必ず生地を乗せる前に板の上にふるように言う。
ふり忘れたら、生地を伸ばすのが大変なため、ベタベタになりながら作業しなくてはならなくなる。
初めてローズが料理をしたときに、大変そうに生地を伸ばしていたのを思い出し、自分が作るときに片栗粉があって良かったと思ったのを思い出した。
「今から最初に作った生地を3mmの厚さ程度になるまで伸ばしていきます。この棒で伸ばしていきます。人数分ないので交互に使ってください」
オリバーは麺棒を容器から取り出し渡していく。
全員が伸ばし終わると、次に生地を三つ折りするように言う。
この後は生地を5mm程度の間隔で包丁で切っていくが、その前に片栗粉をかける。
容器から包丁を取り出し渡すが、これも人数分ないので、全員が切り終わるまで待つ。
切り終わると片栗粉を払い、もみほぐしていく。
「次は茹でる作業に入ります」
全員が切り終わるまでの間に大きめの鍋に水を入れ沸かしておいた。
「切った生地をこのお湯の中に入れ、10分程度経ってから取り出し、ザルにいれて水で洗います」
オリバーは麺を沸かしておいた8つの鍋に麺を均等に入れていく。
全部入れ終わると砂時計をひっくり返して時間を計る。
砂時計が全部ひっくり返ると最初に入れた麺から取り出し、水で洗っていく。
ここまでできたら完成したも当然。
オリバーは先ほど大量にうどんのスープを作ったので、後は麺とスープをお椀に入れれば完成だ。
「これで完成です。私は一旦戻りますが、何かわからないことはありますか?」
自分が戻っても、戻らなくても、アイリーンたちなら大丈夫だろうと思うが、それでも自分の目で確認するまでは心配だった。
だから自分が離れている間に困ったことがないよう、そう尋ねたが、誰も質問しないので大丈夫だろうと思い「ここはよろしくお願いします」と言って戻っていく。
侯爵たちはオリバーにお礼を言った後、食事を配っていく。
大量の小麦粉と塩と片栗粉があるおかげで、心配することなく領民全員に食べさせることができた。
それが本当に嬉しくて、侯爵は何度も心の中でお礼を言いながら、うどんを作り続けた。
「今、戻りました」
オリバーは侯爵たちのいる建物から離れた建物に入るとそう声をかけた。
オリバーの声が聞こえたアイリーンがすぐ飛んできて、今のここの状況を詳しく教えてくれた。
オリバーがここから離れてすぐ、風呂から上がりベットの上に横たわった患者をルュールュエがシオンから預かったセイレーンの鱗で作った薬を飲ました。
ルュールュエは冬の王が作ったと聞き、本当にこの薬は大丈夫なのかと心配だったが、飲んですぐに患者の体が黒紫から肌色に変わり、異臭を放っていた匂いも消えた。
眉間の皺を寄せ、苦しそうに息をしていたのが、嘘のように今は安らかに眠っている。
'まじか……'
ルュールュエは本当にシオンからもらった薬で患者を救ったことが信じられず驚きを隠せなかった。
そして、すぐに心の中で疑ったことを詫びる。
冬の悪魔の王だからと言って、よくも知りもしないのに疑った自分を恥じた。
その後、アイリーンとノエルに薬の効果はあったので彼らは助けられると報告をした。
それを聞いた2人は良かったと安堵し、患者の体を丁寧に洗い綺麗にしていく。
ルュールュエも2人に負けないよう残りの材料でできるだけ薬を作った。
オリバーが戻ってくるまでの間に、この建物の中にいる患者の体を洗い薬を飲ませ、今は呪いが解けるまでは油断できないので観察していたところだった。
「良かった。とりあえず、危機は脱したということですね」
アイリーンから患者の容態を聞きホッとする。
呪いが解けなければ、結局振り出しに戻るので意味はないが、その点は心配ないだろうとオリバーは思った。
なんせ、呪いを解く係はローズとルネのふたりなのだから。
だから、彼らが助かるかは自分たち次第だと言い聞かせ、絶対に助けてみせると決める。
「ええ。ただ、1人気になる人がいてね」
アイリーンは顔を顰める。
「気になる人とは?」
1人だけ呪いが解けなかったとかかと思い、嫌な汗が出る。
「彼なんだけどね」
アイリーンはオリバーを気になる人物のところまで連れていく。
'若い男だな。いや、それよりも、どうして彼だけこんなに苦しそうなんだ?他の人たちは安らかに眠っているのに?'
オリバーは1人だけ違う反応なのが引っ掛かり嫌な予感がして眉間に皺がよる。
「体に呪いの紋章が刻まれてるの」
「!?」
一瞬アイリーンが何を言っているのか理解できなかった。
理解した次の瞬間、驚きのあまり大きな声で「はぁ!?」と叫んでしまう。
我に返ったオリバーは慌てて口を抑え、今ので起こしてしまったかと周囲を見渡す。
幸い誰も起きず、気持ち良さげに寝ていて良かったと息を吐く。
「すみません。取り乱してしまって」
オリバーはまず失礼な態度をとったことを謝罪する。
アイリーンは当然の反応だから気にしなくていいと言った。
オリバーは、その言葉に感謝しながら「一体なぜ彼の体に呪いの紋章が刻まれているのでしょうか」と問いかけにも独り言にも聞こえるような声で呟いた。