治療班 3
「……うどんとは何ですか?」
侯爵は初めて聞く言葉に首を傾げる。
それを聞いたオリバーはスカーレット家では「うどん」は半年前から定期的に食べる料理として定着しているので知っていて当然だが、侯爵の反応を見て、他の領地では知られていないのだと知る。
うどんの説明をしようにも麺を使った料理など、この国にはうどん以外にはなく、どう説明したらいいか悩む。
'紐のような形だが、紐より太い……いや、それだとうどんの良さが伝わらない。白くて長い食べ物?いや、違う。白い食べ物は他にもあるがうどんのような形のはない。うーん。どう説明したら……'
オリバーはどう説明してもうどんの魅力は伝わらず、むしろ食欲が失せると思って説明は諦める。
まずはうどんの良さを伝えるためにも、実際に作って食べて知ってもらったほうが早いと考え「今から作りますので、出来上がるまでのその時間はお休みください」と伝える。
侯爵の顔色は最悪で既に限界を超えている。
そう思い休むよう進言したが、侯爵は首を縦には降らなかった。
大切な領民が苦しんでいるときに休むことはできない、と言って。
だが、オリバーはこのままでは侯爵が倒れる未来が見えていたので、少しでも休んでもらわないとと思い、今は侯爵にできることは何もないと伝え、領民の料理を作るときには休まず働いて欲しいので、そのためにも今は休んで体力を使わないでくれと説得する。
そう言われた侯爵は、渋々と言った感じで少しの間だけ休むことにした。
余程疲れていたのか侯爵は横になった瞬間、すぐ眠りについた。
オリバーは侯爵が眠ったのを見届けてから料理をする。
「お嬢様のようにはいかないだろうが、なるべく美味しくできるよう頑張ろう」
オリバーは腕まくりをするとうどんの麺を作り始める。
何回か作ったことがあるため、オリバーは慣れた手つきで作っていくが、使用人たち全員分を作るとなると結構な時間がかかってしまった。
最初は少しだけ作るつもりだったが、自分たちと侯爵夫妻だけの分しか作らないとなると印象が悪くなるし、指示を出しても聞いてもらえないかもしれない。
何よりスカーレット家の名に泥を塗るかもしれないと思い、時間がかかったとしても全員分を作った方が結果的に良いと判断した。
そうしてオリバーがうどんと格闘して結構経った頃、うどんのスープのいい匂いにつられて使用人たちが少しずつ集まってきた。
'なんだ?この匂いは?とてもいい匂いだ。食欲をそそられる。一体どこからだ?'
侯爵はここ最近の疲れのせいで、ぐっすり眠っていたが、食欲をそそる匂いで目が覚めた。
ベットから起きようとしたそのとき、お腹から大きな音が鳴った。
侯爵は恥ずかしくなり顔を真っ赤に染める。
誰にも聞かれなかったか、周囲を見渡し、人がいないとわかると心の底から良かったと安堵する。
「この匂いはいったいどこからするんだ?」
侯爵は自分のお腹が鳴ったのは、匂いのせいだと思い、その匂いがする方へと向かっていく。
匂いは建物の外からで、出た瞬間どこから匂うのかすぐにわかった。
一箇所に人が集まっているのが見え、そこから匂っているのだと。
侯爵はゴクンッと喉を鳴らし、期待して面持ちで匂いの元へと近づく。
一体誰が、と思い覗くと中心にいたのはオリバーだった。
そこで侯爵はようやく思い出した。
起きたばかりで頭が働いていなかったせいで忘れていた。
オリバーが小麦粉を使った料理の「うどん」というのを作ると言っていたことに!
思い出した侯爵は自分が休んでいる間も働いていたオリバーに大して申し訳なくなり、彼の顔が見れず俯いてしまう。
どんな料理か気になるのに、申し訳なさの方が勝ち話しかけていいか悩んでいたそのとき、「あ、侯爵様。ちょうど今最初のうどんが出来上がりました。食べてみてください」と笑顔で言われ、いろいろ考えていた自分がバカらしくなった。
「ありがとう。いただこう」
侯爵はオリバーからお椀とフォークを受けとる。
侯爵はマジマジとお椀の中の料理を見るて、「うどん」というのは白い紐みたいなのがスープの中に入っている食べ物のことをいうのかと思い、不思議な食べ物をよく知っているなと感心した。
侯爵がうどんをなかなか食べないので、周囲の者たちは、早く食べて美味しいのか美味しくないのか教えてくれと思った。
匂いだけで点数をつけるなら100点満点だが、味がどうなのかわからない以上、少し食べるのを躊躇ってしまう。
言い方は悪いが、侯爵に味見をしてもらってから食べるかどうかを決めようと周囲の者たちは思っていた。
皆、侯爵がフォークでうどんを掬うと全神経を目に集中させ、早く食べろと思う。
ただオリバーだけは、侯爵がフォークでうどんを掬うと別のことを思った。
'うどんは箸で食べるのが一番美味しいけど、箸を使ったことない者が、いきなり使うのは難しいだろうからフォークにしたけど……なんか違和感あるな'
オリバーたちも最初はうどんをフォークで食べていたが、ローズが箸を作り、それで食べ始めてからは真似をして、同じように食べた。
最初は難しかったが、慣れれば箸で食べる方が食べやすく、今では器用に何でも箸で食べられるようになった。
食べ方で食事の美味しさが変わるなど馬鹿げていると思われるかもしれないが、オリバーは本気でうどんは箸で食べた方が100倍美味しいと思っていた。
オリバーが余計なことを考えている内に、侯爵はうどんを口にしていた。
「……!!」
侯爵はうどんを一口噛むと驚いて目をこれでもかというほど見開いた。
そんな侯爵の態度に「その顔は美味しいのか!?それとも美味しくないのか!?どっちだ!?」とどっちとも取れる反応に困った。
侯爵が何を言うかで美味しいのか、美味しくないかわかるので、今度は早く感想を言えと、口元に視線を向ける。
「美味しい!すごく美味しい!こんな美味しい料理は生まれて初めて食べた!!」
侯爵は口に入れたうどんを食べると目を輝かせ、子供のようにはしゃぎながら叫んでから、残りのうどんを夢中で食べ始める。
美味しそうに食べる侯爵を見た者たちは、喉をゴクンッと鳴らし、自分も食べたいとオリバーに食べさせてくれと懇願する。
オリバーは興奮した彼らを落ち着くように言ってから、うどんをお椀に入れ渡す。
彼らは一口うどんを食べると侯爵と同じように子供みたいにはしゃいでから完食した。
そんな彼らを見たオリバーは「私より、お嬢様が作った方が美味しいですよ」とローズの料理を食べたことない、侯爵たちを少し可哀想だと思った。
まぁ、でも、自分で作ったうどんも他の領地の料理に比べれば、圧勝するくらい美味しいだろうと思うと、申し訳なさもすぐに吹っ飛んだ。
比べる相手次第ではオリバーは料理人の中の料理人だと勘違いされてもおかしくはない腕前ではある。
それは全て自分たちに美味しい料理を作ってくれるローズのおかげだと、オリバーは彼らの幸せそうな顔を見て、改めて毎日美味しい料理を食べれることに感謝した。