契約
「それじゃあ、食事も終わったことだし、ちゃっちゃと契約済ましてフリージア領に向かいましょうか」
私がそう言うとそれぞれ返事をする。
「そうですね」
アスターはそう淡々と言うと移動するための準備に取り掛かる。
「畏まりました」
オリバーも返事をすると同じように移動するための準備をする。
「はい。ご主人様」
アイリーンは私の近くを飛びながら返事をする。
「了解だ。主人」
ルネは机の上で寝転びお腹をさすりながら気分良く返事をする。
「わかったぞ。主人」
シオンもルネ同様、美味しい料理を腹一杯食べて満足げに返事をする。
「ルュールュエ」
私は皆の返事を聞いてから彼の名を呼ぶ。
「はい」
ルュールュエは名を呼ばれ、嬉しそうに微笑む。
「無理なお願いを聞いてくれてありがとう。お願いね」
ノエルとの契約を承諾してくれたことに心から感謝の気持ちを伝える。
私がそう言うと聞いていたノエルは目の前で妖精と人間が契約することを間近で見れることに興奮した。
それと同時に羨ましく思った。
'自分は誰とも契約していないが、彼女は3人?3匹?まぁ、いい。数は変わらないし。そこからさらに増えるなんて……不公平だ。俺にも美人でおっぱいのでかい女の人と契約させてくれよ'
最後はもう自身の欲望丸出しの願いだが、ノエルは本気だった。
「はい」
「じゃあ、始めましょうか。公子様。準備はいいですね?」
「……!?」
いきなりローズに名を呼ばれたノエルは理解できずに固まったが、理解できた瞬間、驚きのあまり目が飛び出るのではと思うほど目を見開いた。
蚊帳の外だと思っていたのに、まさか自分が当事者だったとは、ノエルには予想もできなかった。
「あの、なぜ俺が……?」
本当は誰が見ても強そうな妖精と契約できることが嬉しかったが、混乱していたせいか口から出た言葉は震えていたせいもあり酷かった。
「ここに、フリージア領に済む人間があんたしかいないからよ」
私は淡々とノエルの質問に答える。
'え?それって、別に俺じゃなくても良かったってことか?'
理由を聞いたノエルは複雑な気持ちになる。
「嫌なの?」
私はノエルの表情が一瞬曇ったのに気づき尋ねる。
'この世界の設定では妖精と契約した人間は国に重宝される。嫌がるはずなんてないんだけどな……'
「嫌ではないが……」
歯切れが悪く、側から見ても乗り気ではないのがわかる。
「そう。なら、始めましょうか」
ノエルの性格なら喜んで契約すると思ったのに、思った反応と違い何か見落としているのかと気になるが、今は一刻も早く契約を済ましてフリージア領に行かなくてはならないので、この件は後回しにすることにした。
「はい」
ルュールュエは返事をするとノエルの前に立つ。
離れていたときは気づかなかったが、ルュールュエの身長はノエルより少し高かかった。
'この世界のイケメンは高身長って決まりがあるのか?'
私はノエルとルュールュエを見てふとそう思った。
アスターとオリバーも180センチ以上ある。
ルネとシオンも今は小さいが本来の姿なら、2人より高く、190センチ近くある。
それに比べて私は、本来なら167センチなのに、今は160センチあるかないかくらいの身長しかない。
別に身長なんて特に気にしたことはないが、最近見上げることが多くなったからか、首が痛くて仕方ない。
皆が契約を見守っているなか、契約させた本人は、今からでも身長が伸びないかなと他のことを考えていたせいで終わったことにも声をかけられるまで気づかなかった。
「ご主人様。大丈夫ですか?」
契約が終わったことにも気づかず、考えごとをしていた私を見て、最近忙しくて今日は休むために海にきたのに、セイレーンに襲われたり、他の領地のことで頭を使ったせいで疲れているのだと思ったアイリーンは心配になる。
「ええ。大丈夫よ。フリージア領に着いた後のことを考えてたの。契約は無事終わった?」
私は堂々と嘘をつき、これ以上詮索されないよう話を変える。
「そうでしたか。良かったです。はい。契約は無事に終わりました」
アイリーンは私が大丈夫だとわかるとぱぁと顔を輝かせて笑う。
「そう。なら、フリージア領に向かいましょうか」
私がそう言うとアスターが咳払いをしてからこう言った。
「お嬢様。その格好で行くつもりですか?着替えた方がよろしいかと」
アスターにそう言われ、私は自分の今の格好が水着であることを思い出した。
「あ、確かに、これはまずい」
着替えるから待ってて、と言って物陰に隠れ魔法で結界を張ってから着替える。
シオンも水着なので同じ結界の中で着替える。
本来なら、お互いの年齢や立場で一緒の空間で着替えるなどあり得ないが、今は急いでいるのと2人共本来の姿とは違うので大して気にしなかった。
「お待たせ。行こうか」
着替えが終わると結界を解く。
1人でドレスを着るのは難しく、先に終わったシオンに手伝ってもらった。
シオンは文句を言いながらも手際よく、ドレスを着させてくれた。
本当はドレスなど着たくなかったが、侯爵に会うのに楽だからといって使用人の服を着るわけにもいかない。
男爵が服を買うと言ってくれたが、この世界では女性のズボンはないため結局使用人のズボンと大して変わらないので断った。
高価な服を買ったところで作業すれば汚れるので、そもそも欲しいとすら思わなかった。
だが、こういう非常事態の時はドレスよりズボンの方がいいので買えば良かったと思うも、すぐに貴族が着るような服の女性ズボンはなかったことを思い出し、今度そういう店を出すかと計画する。
「はい」
私がそう言うとノエル以外が返事をする。
「行くって、どうやって行くつもりだ?」
貴族の移動といえば馬車。
今、この場に馬車はないためどうやって移動するのかノエルにはわからなかった。
私はノエルの問いかけにニッと笑ってからシオンの名を呼ぶ。
シオンは名前を呼ばれただけで何を求められているかわかり、魔法で全員が乗れる大きな氷の鳥を作る。
「なっ……!」
ノエルはシオンが作った氷の鳥を見て驚きを隠せなかった。
それも仕方ない。
自分より小さな子供が宮廷魔法使い以上の魔法を目の前で披露したのだ。
驚かない方がおかしい。
「一体、彼は何者なんだ?」
「何者ってシオンは雪男よ」
'本当は冬の王だけど'
国王にシオンは雪男と言った以上、嘘を突き通す。
そもそも、シオンが悪魔だとバレると色々と面倒なので本当のことを言うつもりは少しもなかった。
「雪男って……まさか、お前か!雪男と契約したローズ・スカーレットっていうのは!!」
この国で雪男と契約した人物は1人しかいない。
ノエルはようやく目の前の悪魔のような女性の正体がわかり、警戒心を解くも、まさか今社交界で最も有名な人物だとは夢にも思わず驚きを隠せなかった。
'そう言えば、さっきオリバーがスカーレット家の執事と名乗ってたな。くそっ!あのとき気づくべきだった'
オリバーの発言を思い出し、気づかなかった自分に呆れると同時に仕方ないことだと自分で自分を慰める。
調味料や新たなスイーツ、雪男と契約し氷を売っているあのローズ・スカーレットが、こんな悪魔のような人間だとは想像もしなかった!
予想では美人で知的で誰にでも優しく聖母のような人物だと想像していただけに、ノエルの精神的なショックは大きかった。