水の妖精 3
「なぁ、主人。これ以上犠牲者を出さないために、こいつに契約させるのはわかる」
シオンは「こいつ」のときにルュールュエを指差す。
シオンは気づいていた。
ルュールュエが上級の水の妖精だということに。
「でも、なぜあの人間を躾ける必要があるんだ?」
「言ったでしょう。これ以上犠牲者を出さないためだって」
私の言っていることが全員わからないのか首を傾げる。
私は仕方ないな、と思いながら詳しく説明をすることにした。
「よく考えて。自分が死ぬかもしれない呪いを引き受ける理由を。私が知る限り考えられる理由は二つしかないわ。一つは助けてもらった恩返し。本当に辛いときに助けてもらった人で、義理堅い人はもし恩人が命の危険に陥ったとき恩を変えそうするわ」
それを聞いたシオンはそんな義理堅い人間なんているか、と思うもすぐに今回は水の妖精だから人間とは関係ないなと思った。
それに目の前にいる妖精王は命の恩人である悪魔のような人間を守っているため、馬鹿な種族だなと思って聞いていた。
「もう一つは?」
シオンが尋ねる。
「もう一つは好きな人を守るためよ」
私は自分でそう言っておきながら、自分の命を危険にしてまで助けようとする行為を理解できないな、と内心呆れていた。
シオンも同じ気持ちなのか「理解できんな」と顔を顰めながら言う。
もし、ルネもここにいたら同じことを言っただろう。
悪魔の世界では己の身は己で守るのが常識。
他人に自分の命を捧げるなどあり得ない。
それも上位悪魔なら尚更だ。
「ええ。そうね。確かに理解し難いことね。でも、それだけ大切で守りたいということよ。自分の命を失うとしてもね」
'私には絶対にそんなことできないわね'
私にとっては他人の命より自分の命が一番大事だ。
命の危険がないときなら助けるが、危険なときは自分の命を優先する。
悪いとは思わない。
これが普通だ。
世の中の大半は他人より自分の命を優先するものだから。
「やはり、理解できないな」
シオンはさらに顔を顰めながら言う。
「つまり、水の妖精はあいつが恩人か好きな人だったため助けたと言うことか」
やはり理解できないな、と首を横に振りながらシオンは呆れな顔をする。
「そうだね。それかその両方かもしれないけど。こればっかりは本人しかわからないから知りようはないわ。あれが女性から好かれるのは疑う余地はないから理由は間違いないと思うし」
ノエルはアスターやオリバーとは違ったタイプのイケメン。
甘い顔に似つかわしくない鍛えられた体。
声も男らしくて、客観的に見てもモテるのは間違いない。
元の世界だったら人気芸能人になっているだろう。
少々性格に難ありだが、女性には優しい。
浮気されているとわかっていても、馬鹿な女たちは自分が一番だと思い込んで許すだろう。
というか、ノエルがそうさせるだろう。
'ああいう男は無意識にそうするから、タチ悪いんだよな'
元の世界で騙した恋愛詐欺師、結婚詐欺師とは違った、いやそれ以上のタチの悪さに、私はノエルを見ながらため息を吐く。
「人間は馬鹿だな」
シオンがそう言うと他の3人も同じように思っていたのか目を閉じて頷いた。
「あら、まるで自分は違うみたいな言い方ね。恋は盲目って言葉しらないの?」
私は人間以外でもあり得ることだと思い反論する。
「知っているが、俺には関係ない」
相当自信があるのか、シオンは断言する。
「そう言う奴こそ恋に落ちたら大変なのよね」
私はわざとらしくため息を吐いてからこう続ける。
「そもそも、あんた誰かを好きになったことないでしょう。そんなあんたにわかるはずないじゃない。誰かを好きになったら理性より感情を優先してしまうのよ。理屈じゃないの」
もちろん全員がそうではないとわかってはいるが、元の世界で恋に落ちた人間がどれだけ愚かなことをしたのか知っているため悪魔や妖精にも感情がある以上当てはまると思った。
「ふん。俺はそんな感情に振り回されない」
'あ、こいつ否定しなかった。誰かを好きになったことないんだな'
私はシオンの言葉を聞いて可哀想と思うが、すぐに自分も誰かを好きになったことなく、他人から見たら可哀想に見えるのかとショックを受けた。
シオンを馬鹿にしようとして気付かないうちに自分にも攻撃していた。
「そういう台詞は誰かを好きになってから言いな」
これ以上この話を続ければ、さらに心にダメージを負いそうで無理矢理話を終わらす。
シオンはそう言われたら何も言い返せず「ちぇっ」と心の中で呟く。
「お嬢様。呪いを引き受ける理由はわかりましたが、それだけでは躾をする理由にならないのではありませんか?」
恩を返したいと思うのも、人を好きになるのもその人の勝手だ。
ノエルを躾ける理由にはならない。
オリバーはそう思って尋ねた。
'こいつら、ここまで言ってもわからんのか。乙女心というか、恋愛関連はダメダメだな'
「オリバーの言いたいことはわかるわ。でも、よく言うでしょう。一度あることは二度、三度あるって。正直に言うわ。私はあれが今回の件を反省して女関係を改めるとは思えないの。まぁ、少しの間は大人しくなるかもしれないけど、また元に戻るわ。別にあれが女の恨みを買ってどうなろうと知ったことじゃないけど……なんかムカつくじゃん」
金も地位も権力もあり、顔もよく女性達にも好かれるときている。
そういう設定だから仕方ないが、やりたい放題生きて努力も大してせずに欲しいものを手に入れられ、他人から与えられるノエルに少し腹が立った。
「それに、これ以上あの男のせいで時間を無駄にすることや悲しむ人を減らせることもできるわ」
ノエルは女性を泣かせることはしなかったが、他の女とも関わりを持っていたため、悲しむものは少なからずいた。
元々、お互い楽しむだけの関係だと納得した上ではじめたが、ほとんどの女性たちはノエルの優しさに心を奪われていった。
我慢して関係を続ける者や、耐えきれず終わらす者もいた。
そんな彼女たちを見ていた別の男たちは、自分の好きな人が悲しんでいる表情を見て苦しんだ。
どうにかしたくても相手は侯爵家のもの。
決闘を申し込んでもノエルはそこそこ強いし、侯爵家には強い剣士が沢山いる。
そもそも、お互い納得した上でのことなので、その件で決闘などすれば好きな人が非難される場合があるので、結局何もできずにいた。
もちろん、このことは当事者であるのにノエルは知らない。
当然、当事者でもない者たちは知る由もない。
ただ一人、これまでたくさんの人を騙し、救ってきた花王美桜だけは長年の経験と推測から、そんなことが起きているのではないかと思っていた。
小説にはノエルのことはそこまで詳しく書かれていないので、私は自分の予想が外れていてくれと願った。
'まぁ、でも一番躾けしたい理由は未来永劫、私の金づるにするためだけどね'
一生、私に逆らえず従順な姿のノエルを思い浮かべると、この世界にきてからの目標である悠々自適な生活まで、もう少しな気がして嬉しくて顔がにやけてしまう。