オリバー
「お嬢様。何をしてるんですか?」
ようやく用事を終え、遅れて合流したオリバーが手を額に置きながら尋ねる。
「なにって、セイレーンの鱗をとってる」
私は笑顔で答える。
「……」
そうだけど、そういう答えが聞きたいんじゃない!とオリバーは私の返事に頭を抱える。
一旦、落ち着こうと深呼吸をしてからもう一度質問しようとしたら、たまたま視界に入った魚人が気になり、気づけばそっちを尋ねていた。
「お嬢様。その魚人はどうしたのですか?」
どうせ、また契約したのだろうと思っていると、返ってきた言葉に驚きすぎて失礼な態度をとってしまう。
「ああ、これ?これはフリージア侯爵のご子息、ノエル・フリージア」
「……は?」
理解できず、それ以外何も言えなかった。
「ハハッ。あんたでもそんな間抜けな顔するんだね」
初めて見るオリバーの顔につい笑ってしまう。
「え、ちょ、どういうことですか?」
オリバーは説明を求める。
「どういうことも何も言葉通りよ。この魚人の姿をした、この方こそあのノエル・フリージアなのよ。説明面倒だから、簡単にいうね。いろんなことが重なってこうなったの」
説明というにはあまりにも酷い説明をする。
言った本人ですら「この説明は酷いな」と思うも、鱗を取りながら説明するのは面倒でしたくなかった。
オリバーには悪いことをしてると思いながら、自力で答えに辿り着いてくれと丸投げした。
オリバーはこれ以上聞いても経験上教えてもらえないと瞬時に悟る。
それなら、とノエルに近づきスカーレット家の執事として挨拶をする。
「初めまして。ノエル様。私はスカーレット家の執事、オリバーと申します」
本来使えている貴族ではない方に一介の執事から話しかけるなどあってはならないが、状況が状況なだけに今回ばかりは自分から挨拶しないといけないと判断した。
魚人の姿で自分は貴族だと言うのは、きっとかなり恥ずかしいだろう。
相手に認められてからそう振る舞うのなら話は別だが。
だから、オリバーは自己紹介をしながら、さりげなく「ノエル様」と言い、あなたをノエルとして見ていると伝えたのだ。
上手いやり方だな、と鱗を取りながら私は聞いていた。
「先程、彼女から紹介してもらったが改めてさせてくれ。俺はノエル・フリージア。オリバー。君に感謝する。我が家に仕えて欲しいくらいだ」
ノエルはオリバーの心遣いに感謝する。
姿が化け物なのに、ノエルと信じてくれたことも、貴族として扱ってくれたことも、恐れることなく接してくれた全ての態度が今のノエルには有り難かった。
ただ、一つ理解出来なかったことがある。
なぜこんな優秀な執事が、悪魔のような主人の下に仕えているのかということだけは、本当に理解出来なかった。
「私にはもったいない言葉ですが、そう言っていただき有難いです」
ノエルの言葉を聞いて、これまで執事として生きてきたのが役に立ったのだと嬉しくなる。
これまで立派な執事になろうと努力してきたのが報われた気がして、これからもっといい執事になれるよう精進していこうと思った。
だが、ノエルの誘いに乗るわけにはいかない。
オリバーは男爵に救ってもらった恩がある。
例え、侯爵家からの引き抜きで給金がいいとしても断るつもりだったが、オリバーが言うより先にローズが断った。
「おい。ハゲ。なに人の家の執事を引き抜こうとしてるわけ?しばくわよ」
「鱗投げ飛ばしてきてるくせに……それにハゲてないわ」
しばくというより先に鱗で攻撃された。
ハゲと言われるが、本来の姿では髪はフサフサでハゲてはいない。
それに今は魚人だし、ハゲとかどこういう問題ではない、とローズに大して腹を立てるがボコボコに負かされた手前、喧嘩を売ることもできず小さな声で文句を言うくらいしかできなかった。
「なんか言ったか?」
聞こえていたがわざと尋ねる。
「何も言ってません」
ノエルは視線を合わせたくなくて顔を背ける。
「そう。なら、いいわ」
ノエルの返事に気をよくし、鱗剥がしを再開させるが、肝心なことを言わせていないことに気づきノエルにこう言った。
「公子様。うちの執事を今度引き抜こうとしたら、その姿、国中にばら撒きますからね」
二度と優秀な執事を引き抜こうとしないよう忠告する。
「ああ!もちろんだ!絶対にしない!」
この姿をバラされてまで欲しくはないので、何度も必死に首を縦に振って、引き抜かないと約束する。
「それはよかったです。それなら、私は公子様のこの姿はすぐ忘れるでしょう」
笑顔で、もし破ったらすぐにバラしてやるからな、と圧をかける。
「ハハッ。それは、有難いです。感謝します」
ノエルは頬が引き攣っていくのを感じながら乾いた笑みを浮かべる。
「お嬢様」
オリバーが重くなった空気を変えようとして声をかけるが、大事なことに気づき声が固くなる。
「ん?なに?」
オリバーの声がいつになく真剣で手を止め後ろを振り向く。
「アスターたちはどこにいるんですか?」
いくら経ってもアスターたちが現れない。
いったい主人を放ったらかしにして何をしてるのかと頭が痛くなる。
'一人は残って警護をしないと危険なの……に'
セイレーンの死体の山を見て危険ではないかと思い直すも、それとこれは話が別だ。
全く、と息を吐き、後で説教しなければと予定を組み立てる。
「セイレーン退治しにフリージア侯爵家の領海に行った」
何てことのないように私は言ったが、領地問題が絡むかもしれないデリケート案件を聞かされたオリバーは衝撃のあまり一瞬意識を飛ばしていた。
すぐに我に返り「冗談ですよね」と縋るように尋ねるも「冗談なわけないじゃん」と笑いながら言われ、今度こそ意識を飛ばし砂の上に倒れ込む。
「あちゃー。意識とんでる。さすがに衝撃強すぎたか」
この世界で貴族に仕える執事なら、これが下手したらフリージア家から訴えられるかもしれないということがわかる。
他人の領海で戦闘するなど領地民が殺されても文句は言えない。
もちろん、勝手にやったらの話だが。
こちらにはノエルがいる。
助けてくれと言われたから助けに行ったと言えばいい。
もし駄目でも最悪、全てノエルのせいにすれば問題はない。
ちゃんと保険もかけてるので安心して人助けができる。
'オリバーは心配と不安で倒れたが、私がそんな危険を冒してまで助けるわけないでしょう。ちゃーんと逃げる算段は立ててるわよ'
私は倒れたオリバーを日陰に運んでから、鱗作業に戻る。