人助け 4
「主人は一人で大丈夫か?」
ルネはノエルも残るのに役には立たないだろうと思いカウントせずに尋ねる。
「心配ないわ。さっきも一人だったでしょう」
遠回しに、どの口が言っていると言う。
ルネはサッと視線を横にずらし「張り切って頑張るぜ」と本来なら絶対言わないような言葉を言って誤魔化そうとする。
「ええ。頑張ってね」
笑顔で伝えるがルネには「失敗したらわかってるよな」と言っているように聞こえ、格下相手だから失敗などあり得ないのに命の危険を感じた。
ルネが放心していると後ろからルネを弾き飛ばしたアイリーンが「ご主人様。本当にお一人で大丈夫ですか?」と心配そうに尋ねた。
それに私は、ルネに向けた笑顔とは違った笑みを向け、安心させるようにこう言った。
「ええ。大丈夫よ。毎日鍛錬したし、アイリーンのおかげで魔法も上達した。それに、ここはスカーレット領地。よっぽどの馬鹿じゃない限り襲ってこないわよ。だから、安心してセイレーン討伐をしてきて」
私はそこまで言ってからアイリーンの小さな手を取り続けて言った。
「彼は妖精の加護があったからまだ死んでないけど、普通の人には加護なんてないでしょう。一人でも多くの命を救うためにも、戦ってきて。私はここでみんなの帰りを昼食を作って待ってるから。ね?」
「はい。すぐ終わらせて帰ってきます」
アイリーンはその言葉を聞いて、なんてお優しい方と感激した。
それを見ていたルネはケッと気に食わないと顔にだす。
4人の温度差は激しさかったが、素直にアイリーンの水魔法で作った龍にのり、フリージア領地まで猛スピードで向かった。
私は笑顔で4人を見送る。
元々、自分が食べたくて海まできたが、ノエルと出会ったことで、いい儲けできたと喜ぶ。
※※※
「なぁ、本当にこの気持ち悪いのを使って料理するのか?」
ノエルは初めて魚以外の海の生物をみて顔を顰める。
「そうだけど、文句あんの?」
「ない……が、食べられるのか?それ」
ぐにゃぐにゃと動く生物があまりにも気持ち悪くて悲鳴をあげそうになる。
「食べられないものを普通食べようとはしないと思うけど……」
'お前は私のことをなんだと思ってんだ?'
ノエルの失礼な質問に私にどんな印象を抱いているのか気になった。
だが、すぐに元の世界とは違いこの世界では海の生物を食べる習慣がないため仕方ないと思いなおす。
特に今から調理しようとしている生物は確かに見た目は気持ち悪いので。
私は息を吐いてから、今からなんの生物で何を作ろうとしているのか、暇なので説明しながら料理することにした。
「この気持ち悪いのはタコです。同じような見た目て上が三角なのがイカです。それで、この全身トゲトゲの黒いのはウニです。こっちは……」
ノエルはいきなり何を言ってるんだ、と思うも話を折ったら殴られそうな気がして黙って聞いていたが、途中からすごい博識だなと思いながら聞いていた。
「では、今からこれらをきって刺身にしていきます」
アイリーンの水魔法で食材は小さな水の塊の中にいて、死んではいないので新鮮だ。
4人が帰ってくる前に、先にノエルに海の食材の虜にして、胃袋を掴み、逆らえないようにしておこうと決める。
最初にどれを食べれば刺身の虜になるか考えていると「刺身とはなんだ?」とノエルは初めて聞く単語の意味がわからず尋ねた。
「なまの魚を薄くきって、醤油につけてたべる料理のことよ」
「なまでか!?」
ノエルは今の発言が信じられず大声を出す。
「そうだけど……」
'え?なに?まさか、この世界では魚をなまで食べる習慣がないとか?え?嘘だよね?'
そのまさかだった。
この世界では魚をなまで食べるという習慣がなかった。
魚は焼くか蒸すかのどちらかで食べるのが当たり前だった。
2人の間に重い沈黙が流れる。
絶対なまで魚を食べたいものと、なまで食べるなど信じられない、焼いてたべるのが当たり前だと思っているものの晒し出す空気は異様なものだった。
しばらくの間、どちらも何も言わない、動かないでいると、急にどこからか歌声が聞こえてきた。
まさか、と思った次の瞬間、ノエルが虚な目で歌声の聴こえる方へとゆっくりと歩き始めた。
「勘弁しろよ。クソヤロ」
気づけば私はそう呟いていた。
せっかく面倒なことを押し付けられたと思ったのに、なぜかセイレーンが自分の領地に現れ、ノエルを誘惑している状況になんとも言えない感情が湧き上がってくる。
「おい。目を覚ませ。止まれって」
ノエルの腕を掴み足を止めさせようとするがびくともせず、逆に引きずられるようにして海に近づいていく。
「これは仕方ないよな」
最初は優しく目を覚まさせようとしたが、無理だったので少し痛くても食べられるよりはいいはずだと、そう自分に言い聞かせ、ノエルに飛び蹴りした。
蹴られた衝撃で砂に倒れたノエルは我に返り「え?なんで?俺、倒れてんだ?てか、頭の後ろ物凄く痛いんだけど、なんで?」と自分に何が起きたのか把握できずに混乱していたが、さらに追い討ちをかけられるようにお腹に何かが落ちてきて強烈な痛みに死にそうになる。
「目、覚めたか?」
私はノエルのお腹に乗ったまましゃがみ、そう尋ねる。
「え?あ、はい。覚めました?」
ノエルは何を聞かれているんだと思いながら、とりあえず返事をする。
「……それより、いつまで乗ってるつもりだ?」
いい加減どいてほしくて言うが、笑顔を向けられたまま彼女は退く気配がない。
「そうね。私も早くここから降りたいんだけどさ、何か私に言うことないかなって思って」
「……?」
退け、以外に何かあるのかとノエルは首を傾げる。
「そっか、そっか、ないんだ。いや、いいんだよ。別に、ないって言うなら。ただね、さっきまで話してた魔物の歌声に惑わされて海に入っていきそうな誰かさんを止めたのにさ、私がいなかったら今度こそ確実に食べられていただろうけど、何も言うことないって言うなら、それは仕方ないよね。うん。別に、ないならないんでいいだよ。本当に」
最後の方は思いっきり足に力を込めてお腹に体重をのせる。
ノエルは痛みと苦しみで「うっ」と呻く。
お礼を言うまで、ずっとこのお腹にのられるのかと思うとさらに痛みと苦しみが増し、さっさと済ませて退いてもらおうと口を開く。
「ありがとうございます。助かりました。あなたは私の命の恩人です」
ちゃんとお礼も言ったし、さっさと退いてくれと目で訴えるが、なぜか退いてくれない。
一体どうしてと考えていると、時間が経つにつれお腹が痛くなってきて、それどころではなくなった。
早く退いてほしくて色々と口走るがノエル自身何を言っているか本人もよくわかっていなかった。
最後に「なんでも言うこと聞きます」と言ってしまう。
流石にこれは言ってすぐダメなやつだと後悔して撤回しようとしたが、既に時は遅かった。
にこやかに微笑んでいた女性は、子供が大泣きして逃げるような凶悪な笑みを浮かべ「その言葉忘れないでね。公子様」と言われてしまう。
'いったい俺はこの悪魔に何をさせられるのだろうか'
助けられたことを後悔しそうになるほど、全身に悪寒が走り、ノエルは「きっとこの先、この女以上に恐ろしい存在に会うことはないだろうな」と現実逃避をするように遠い目をして空を見上げた。