人助け 3
「簡単に説明するなら、セイレーンは人間を惑わす魔物だ。さっき、そこの馬鹿も言ってたろ。理想の女で運命の相手だと思ったと」
「ああ。確かに言ってたわね」
ノエルの話を思い出した。
聞いている時「こいつ馬鹿だな。本当に侯爵の息子か?」と何度も思った記憶が蘇る。
「セイレーンは基本、歌で相手を惑わし海に引き摺り込むが、ごく稀に聞かない人間もいるんだ。そこの馬鹿みたいに。だから、そういうときに相手の理想、愛する者の姿になって、怯んだすきに引き摺り込むんだ」
シオンの説明に「あ、そうだ。セイレーンってそんなんだった。アニメや映画でそんな感じになってた。ああ、やっぱ小説の世界だからか元の世界と変わらない感じなのね」と納得していると「ちょっと待て!俺は歌なんて聴いてないぞ」とノエルが言う。
もし、人間の顔だったら恐怖で青白くなっていただろうが、今は魚人のせいで顔色はそのままだが、尋常ではないほど目が揺れ、口が震えていた。
「歌、聴いてないって」
私は恐怖で震えているノエルが可哀想だから聞いたのではなく、単純に理由が気になってシオンに説明を求めた。
「いや、聴いたはずだ。ただ、こいつにはそれが女の声で'助けてくれ'と聞こえていたのだろう。それか、本当に誰かが助けを求めていたのかもしれん。
「ああ。そういうことね」
シオンが何を言いたいのかすぐに理解したが、ノエルは理解できなかったのか首を傾げていた。
やっぱり馬鹿だなと思いながら、彼は知るべきだろうと思い説明する。
「まぁ、つまりあんたがセイレーンに会う前に誰かが襲われてた可能性があるってことよ」
単純に考えれば、一番可能性があるのは他の人が襲われていた声をノエルが聞いたってこと。
元々、セイレーンが狙っていたのはノエルではなく別の人で、たまたま助けを呼ぶ声が聞こえ駆けつけたノエルもついでに襲ったと考えるのが妥当だ。
だが、もしこれが事実ならノエルにとってこれほど残酷な話はないだろう。
助けようと思い駆けつけたのに、そこにいたのは少し前まで別の人間を襲っていた、自分の運命の相手だと勘違いした化け物だったのだから。
「もちろん、可能性が高いってだけで本当にあったかはわからないわ。シオンが言ったように歌を女性の助けと勘違いした可能性もある。どっちが事実かなんて今はわからない。考えたところで時間の無駄よ。今やらないといけないのはあんたを人間に戻すってこと。そうでしょう?」
「……」
ノエルは何も言わない。
運命の相手だと舞い上がりプロポーズした相手が、まさか自分に会う前に人を殺していたなんて信じたくなかった。
もし、それが本当なら愚かでは済まされないくらい酷いことをしたことになる。
ノエルは今ここで答えなどわからないとわかっているのに、底なし沼にハマったようにそのことから抜け出せなくなっていた。
もう生きる資格など自分にはないと思ったそのとき、左頬に強烈な痛みが走った。
「おい。人の話はちゃんと聞け。しばくぞ。クソガキ」
ノエルを助けるために方法を考えているのに、勝手に失望しているのを見て腹が立つ。
'クソガキって、さっきも言ってましたが、一応お嬢様より身分高いですよ。それよりもその方お嬢様より年上ですよね?てか、しばくぞって言いながら思いっきり殴りましたよね?'
見た目からでもわかるが、男爵から「フリージア侯爵のご子息は今年で19歳になるらしい。ローズより2歳年上か。性別は違うが、これからフリージア侯爵と頻繁に会うだろうし、子供たち同士仲良くなれるといいな」と先月言っていたのを思い出す。
アスターはチラッと二人を見ると視線をすぐに逸らし遠い目をしながらこう思った。
'ある意味仲良くなったし、旦那様の想いは叶ったな'
世間一般での仲良しではないが、仲が深まったのは間違いない。
アスターは男爵の願いが叶ったことを素直に喜びながら2人のやりとりを見守る。
「え……今、俺を殴ったのか?」
ノエルは呆気に取られる。
自分が今どんな心境なのか少し考えればわかるはずなのに、同情や慰めの言葉をかけるわけでもなく一発殴った。
信じられなくてノエルは私を見上げる。
「なに?もう一発殴って欲しいの?仕方ないわね」
まだ正気に戻れてないのか、仕方ないとわざとらしくため息をつきながらもう一発拳をお見舞いする。
「もう大丈夫です。ちゃんと話聞きます」
結局、一発ではなく十発殴られた。
そのお陰か、ノエルは他のことを考える余裕もなく、自分を助ける話に集中することができた。
「そう。今からはちゃんと話に集中しろよ。次からは何も言わずに殴るからさ」
私は笑顔で爆弾発言をする。
「はい。ちゃんと集中します」
ノエルは背筋を伸ばし、まだ死にたくないから、彼女といるときは絶対他のことは考えないようにしよう、と誓う。
「まぁ、とりあえずこの馬鹿を呪ったセイレーンの血を飲まそう。ってことで、2人共よろしく」
面倒なことはアスターとルネに任せて昼食の準備に取り掛かり、妖精の召喚はアイリーンに任せ、ノエルのことはシオンに丸投げして話を終わらせようとしたとき「血だけでいいのか」とルネに聞かれた。
どういう意味かわからなくて「いいよ血だけで」と返事するが一応なんでそんなことを聞いたのか聞こうと「なんで?」と尋ねた。
「セイレーンの鱗は高値で売れる。今は知らないが、当時はセイレーン1匹で金貨30はしたはずだぞ。人間はセイレーンの鱗を武器や薬品として使って……」
いたからな、と最後まで言い終わる前に目の前に凶悪な顔をした化け物が現れ驚きすぎてなにも言えなくなった。
「ルネ。セイレーンって確か群れるのよね。全部取ってきなさい。いいわね」
「はい」
余計なことを言った、とルネは後悔する。
「アイリーン。悪いけど2人と一緒に行ってくれる?1匹なら良かったかもしれないけど、全員倒すとなるとアイリーンの力が必要になるはずよ」
「わかりました。お任せください」
頼られたことが嬉しくて元気よく返事をする。
「お嬢様。よろしいのですか?我々は助かりますが、妖精の呼び出しに彼女がいなくて……」
シオンだと悪魔だから応じないのでは、とノエルがいるのでそこまでは言わなかったが、アスターが何を言いたいのか私にはそれだけでちゃんと伝わった。
「いや、思ったんだけどさ、こいつの命あと半日でしょう。でもさ、4人でいけば半日もかからず退治できると思うのよね。どう?かかる?」
シオンはいつの間にか自分も一緒に行くことになってる、と驚きを隠せないが文句を言ったところで意味がないとわかっているので黙っている。
「かかりませんね」
'アスターは私が行く必要ありますか?妖精王に悪魔の王。それに冬の王まで行くのに'
と笑顔で語りかけてくるが「だよね」と返事しながら、笑顔で'行け'と言う。