人助け 2
「さてと、あと半日しか時間もないことだし、さっさとこの馬鹿を人間に戻しましょうか」
軽く咳払いをしてから全員の意識を人助けに集中させる。
馬鹿と言われたノエルは「え?それって、俺のことか?俺、一応、侯爵家の次期当主なんだけど」と生まれて初めて、目の前で悪口を言われ、驚きのあまり固まってしまう。
「それで、シオン何か方法はあるの?」
まだ死んでないこと、妖精のことに気づいたのはシオンなので、解決策も思い浮かんでるのではと思い尋ねる。
「ある。ただ、それには水の妖精の力が必要不可欠だ」
シオンはアイリーンの方を向く。
口調が敬語でなくなっているが、そのことにも気づかないくらい、さっきのローズの美しさに動揺していた。
本来ならここで私とアイリーンに睨まれ、慌てて口調を直すが、今は時間がないためそんな些細なことを気にしている余裕はなかった。
「アイリーン」
私が名を呼ぶとアイリーンはそれだけで全てを察し、頷いてからこう言った。
「問題ありません。彼の望むようにさせます」
アイリーンがそう言うと今まで黙っていたノエルは3人の会話についていけず首を傾げる。
特に最後のアイリーンの言葉に。
ノエルはどう考えてもアイリーンの今の見た目から下級妖精だと思っていた。
それなのにその妖精がまるで妖精たちは自分の言うことを聞くみたいな、王のような発言をしたので、自分の聞き間違いかと驚いてしまう。
「だそうだ。それでどうすればいいの?」
私はシオンに尋ねる。
「まずこの馬鹿に加護を与えた妖精を呼び出す。この馬鹿がまだ人間として死なずにいるのはその妖精のお陰だ。だから、呼び出して少しでも長く時間を稼ぐ。その間に、この馬鹿をこんな姿にした魔物を探す。ただ、これは時間との勝負だ。いくら妖精を呼び出し時間を稼いだところで見つけ出し、そいつの血を飲まなければ、二度と人間には戻れない。魚人として生きていくことになる」
シオンが断言するとノエルはもし見つからなかったからと、その未来を想像するだけで恐ろしく魚人として生きるなら死んでやると考えた。
「あら、意外と簡単ね。もっと難しいと思ってたわ」
私がそう言うと、さすがにその発言に全員が驚きを隠せなかった。
シオンに関しては「俺の言ったこと本当に理解してるのか?」と本気で主人の頭の心配をした。
アイリーンも同じようにそんな簡単なことではないと、主人のことは信じてるが今回ばかりは信じきれなかった。
そんな二人の心配をよそに、私は笑顔で未だに埋まっている二人に話しかける。
「ってことよ。話は聞いてたわよね。出番よ。あんたたち出てきな」
許可が降り、二人は砂から出る。
「できるわね」
私がそう尋ねるとルネはちょっとした仕返しのつもりで「さぁな?できるかもしれないし、できないかもしれないな」と悪い笑みを浮かべる。
契約してから一度も上に立てなかったので、今は自分に主導権があると思い気分が良くなるが、すぐにそれは勘違いだと気づく。
ガシッ!
ルネはいきなり掴まれ驚くも、すぐに抜け出そうと体を捩るが「おい」と目の前に凶悪な顔を近づけられ慌てて動くのをやめる。
「できるよな?私はそう言った。お前の返事は'はい'か'yes'かのどっちかだ。わかってるよな」
'それ選択肢ないんのでは(ないんじゃ)?'
私の言葉に全員が同じことを思った。
ルネは「クソッタレ!俺様に選択肢なんてねーじゃねーか!」と悔しがりながら「はい。できます」と叱られた子供のような顔をしながらそう答える。
その返事を聞くと私はルネをポイッとそこら辺に投げ、ノエルに笑顔を向けこう言った。
「今から貴方様の代わりにこの男とこの鳥が魔物を見つけ出し、血を手に入れます。心配しないでください」
だから、わかってるよな、と笑顔で語りかける。
ノエルは自分が何を求められているか全くわかっていなかったが、悪魔に助けを求めた以上断れば死よりも恐ろしいことが待っている気がして何度も首を縦に振り「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」と返事をする。
その言葉に私は満足し「これからもお互い助け合っていきましょう。長い付き合いになりますね」と伝えると、ノエルは顔が一瞬で真っ青になり「勘弁してくれ」と心の中で呟く。
「あ、そういえば、この馬鹿を襲った魔物はなんなの?」
急に魔物のことが気になり、笑顔から真顔にかわり、シオンに尋ねる。
「セイレーンだ」
シオンは迷うことなく即答する。
それを聞いた私は「セイレーンって歌を歌って人を海に引き摺り込む魔物だよな?あれ?でも私の国では人魚って言われて……あれ?セイレーンと人魚って一緒だっけ?違うんだっけ?そもそも血を飲めば不老不死になるって言われてるのどっちだったけ?」と混乱していた。
そもそも元の世界の魔物の情報がこの世界の魔物と同じとは限らない。
でも、大体は同じだろうと思いながら「セイレーンってどんな魔物だっけ?」と正しい知識を得るために尋ねると……
「……!?」
私の発言に正気か?と全員が目を見開く。
この世界に住んでいるものでセイレーンを知らないなどあり得ないからだ。
海の魔物の中で人間を最も殺した存在といえばセイレーンだ。
歌声が聴こえたらすぐ逃げろ。
聴けば聴くほど逃げられなくなる。
顔を見てはいけない。
セイレーンの顔は元々美しいうえに、さらに相手の好きな顔に変身することができる。
変身されたらお終いだと思え。
一瞬でも躊躇えば海に引き摺り込まれ二度と出ることはできなくなる。
子供が産まれると母親は耳にタコができるほど言い聞かせる。
もちろんスカーレット夫妻も例外ではない。
ローズに何度も海に行っては駄目だと言っていた。
当の本人は何度も言われうんざりしていたが、死にたくはなかったので海には行かないと決めていた。
セイレーンがどんな魔物かは興味がなく聞いてもすぐ忘れていたはずだが、少なくともアスターがいる前では知っているふりをするため、間抜けな質問などしなかっただろうが。
「何よ。そんな驚いて。そんなおかしい質問だった?」
私は何故そこまでみんなが驚くのか理解できない。
生まれた世界が違うから、価値観が違うのは仕方ないが、いくらなんでも今のは大袈裟ではないかと感じる。
'こいつは一体何者なんだ?気持ち悪い海の生物は知ってるのに、セイレーンは知らない。全く理解できない人間だ'
シオンはまだ契約してから数日しか過ごしていないが、それでも彼女がおかしいと気づいていた。
悪魔の王と契約していることを知った時からわかっていたが、改めて他の人間とは何もかも全てが違うと感じた。
何がと聞かれたら上手く説明できないが、共にいたらわかる。
長年、誰の下にもつかなかったシオンは最初こそ嫌々過ごしていたが、今ではルネと同じように楽しく過ごしている。
おかしいとわかっているのに、あえて追求せず本人が話してくれるのを待っている。
もし、昔の冬の王のことを知っているものがいればもう時期死ぬのかと勘違いしていただろう。
それほどまでに彼はたった数日で変わっていた。
今だって、知らない主人のためにわかりやすく説明しようとしているのだから。