海 4
「あんたたち!今までどこいってたの!?」
ルネとシオンの声が聞こえ、後ろを振り向きながら言うと「うわっ!化け物!」と2人に叫ばれた。
アスターはそれを聞くとプッと吹き出した。
2時間にも満たない間に何度も化け物と言われ、2人にまた化け物と言われたせいで、とうとう堪忍袋の緒がきれた。
私は3人にニコリと笑いかけると、ボコボコに殴った。
3人は私の表情を見た瞬間「あ、これは抵抗したら駄目なやつだ」と瞬時に悟った。
殴られたあとは上半身だけ砂の中に入り、お尻から下は砂から出ていたため、間抜けな姿を晒していた。
「私がいいと言うまで出てくるなよ」
声や口調は柔らかく怒ってないように聞こえるが、よく聞けば冷たく突き放すような言い方だ。
3人は頭が砂の中に入っているため返事をすることはできなかったが、声は聞こえていたので素直に砂の中で待機する。
「ご主人様。私の魔法で砂をはらいましょうか?」
アイリーンはガイランにたいする怒りで、最初に主人を綺麗にしようとしなかった自分に後悔する。
「え?いいの?じゃあ、お願い」
'水魔法ってそんなのもできんの?'
砂をはらうには風魔法を使うしかないと思っていたためその発言に驚いたが、アイリーンができるというならできるのだろう。
ラッキー、と思いながらどうやってはらうのか期待した目でアイリーンを見ると、まさかの小説で書かれていた大技魔法を発動した。
水魔法 34の舞 水舞花蝶
アイリーンの使う魔法は他の水の妖精や魔法使いとはレベルが違う。
特に20以降の舞はアイリーンにしか使えない。
今発動した34の舞、水舞花蝶は水の花びらと蝶が標的にされたもの周りで舞い、相手を殺す魔法だ。
アイリーンは標的を砂に設定し消していく。
'え!?嘘でしょう!?たかが、砂をはらうだけでその魔法を……!?'
魔王の親衛部隊を倒した魔法が発動されたのをみて「絶対違う!こんなことに使っていい魔法じゃない!」と思うも、あまりに美しい魔法に見惚れてしまう。
他の4人もあまりに美しい魔法につい見惚れてしまう。
砂が全てはらわれると魔法は消えた。
「ありがとう。アイリーン」
砂がはらわれたおかけで気持ち悪さが消えた。
「ご主人様のお役に立てて嬉しいです」
アイリーンはお礼を言われ喜ぶ。
「本当に人間だったんだ……」
ガイランは砂がはらわれた私を見てそう呟くと、いつの間にか砂から顔を出していた3人に話しかけられた。
「わかる。人間か疑わしいよな」
ガイランの言葉に激しく首を縦に振るルネ。
「悪魔より悪魔な女だからな。勘違いするのは仕方ない」
隣で同じく首を縦に振るシオン。
「2人共、彼はさっきまでのお嬢様の姿についていっているのであって性格のことを言ってるのではないと思いますよ。まぁ、でも、言ってることは間違いないですけど」
アスターはフッと鼻で笑いながら言う。
「あの、彼女と知り合いなんですよね?」
'普通、知り合いを化け物と罵ったら怒るのでは?'
ガイランは自分の家族や友達が「化け物」と言われるのは絶対に嫌だ。
だから、3人の薄情な態度にガイランは不快な顔をする。
「はい。そうですね。私たちの主人です」
アスターが答える。
「彼女は主人なのに、そんな態度なんですか?」
いくら嫌いな主人であったとしても、本人が目の前にいるなら隠すべきだ。
ガイランは3人の態度が信じられず、気づけばそう尋ねていた。
「まあ、そうですね。いつも、こんな感じですね」
アスターはなんでもないように答えるが、普通なら使用人や騎士が主人にそんな態度を取れば最悪死刑でもおかしくはない。
「主人に化け物と言ってなんとも思わないのですか?」
「思いますよ。化け物が主人なんて恥ずかしいです」
アスターがそう言うとルネとシオンも同じ意見なため頷く。
「いや、そうでなく……」
ガイランは質問の意図を勘違いされたと思い、言い直そうとしたが「事実なので仕方ないんです。お嬢様が化け物なのが悪いんです」と態度が悪いのはさも自分が悪いわけではないと言う。
「そうだ!そうだ!」
ルネとシオンも化け物なのが悪いと同意した瞬間、また3人は頭を殴られ上半身だけ砂の中に埋まる。
「おい!誰が出ていいって言った?いいと言うまで出てくるなよって言ったよな!」
私は怒りを隠すことなく顔に出す。
「ふざけんな!殺す気か!?」
ルネが砂から顔を出す。
悪魔の王が砂の中に顔を埋められただけで死ぬことはないが、これ以上無様な姿を晒すのはプライドが許さず、そう叫ぶ。
「そうだ!殺す気か!」
シオンも冬の王なので死ぬことはないが、ルネと同じ気持ちのため叫ぶ。
「あんたらは死なないでしょう?何言ってんの?」
私がそう言うとアスターが砂から顔を出しこう言った。
「私は人間なので死にます」
だから出してください、と続けようとしたら「スカーレット家の騎士ならできるでしょう?」と笑顔で言われ黙り込む。
「さっさと元の体制に戻りな」
「……」
私が冷たく言い放つと、3人は聞こえてないふりをする。
「もう、いいわ。そのままで」
諦めてそう言うと3人はあからさまに勝ち誇った顔をするが、次の言葉を聞いて絶句する羽目になった。
「3ヶ月、自炊しな」
「……!」
「わかってると思うけど、スカーレット家の料理人を勝手に使うことは許さないからね。もちろん、私が作った調味料は絶対使わさないから」
私は調味料のところを特に強調しながら言う。
「……!!」
3人は料理を作る手伝いはさせられるが、具材を切ったり、焼いたり、混ぜたりするだけで味付けはどうすればいいかわからない。
そもそも、調味料が使えなければ意味がない。
前からあったのは買えば使えるが、1人で作る自信がないため無理な話だ。
既に胃袋を掴まれた3人には「自炊をしろ」という命令は死ねと言っているようなもの。
3人は慌てて謝り、元の体制に戻る。
その光景を黙って見ていたガイランは「え?なに?この主従関係。怖すぎるんだけど……いや、それより俺、もしかしてやばい奴に喧嘩売ったのか?」とようやく自分がどれほど危険な人物に喧嘩を売ったか気づき青ざめる。
「ねぇ」
私が声をかけるとガイランは大袈裟に肩を揺らし「はいっ!」と声が裏返った返事をする。
「……」
'なに?こいつ?'
いきなり態度が急変したガイランを不審に思いながら話を続ける。
「あんたの本当の名前、ノエル・フリージアだよね?」
最初はガイランという偽名を聞いても思い出せなかったが、どこかで聞いたことある名だとは思っていた。
この世界で聞いたことあると思う人物名など数人しかいない。
私はこの世界が舞台となる二つの小説の登場人物を1人ずつ思い出し、片っ端から潰していくことで、ノエルが町で過ごすための偽名がガイランだったということを思い出せた。