海
「お嬢様。いまさら何をしようともう驚きませんが、一応お尋ねします。今度はそんな格好をして何を企んでいるのですか?」
アスターの目は私をもう人として見てない目をしていた。
失礼なやつだと思うも、この世界では私の格好こそ異常だとわかっているので甘んじてその目を受け入れることにした。
今、私たちは領地の端っこにあるカイルターンにきている。
簡単に言うと海で遊ぶためにきた。
私が今着ているものは男用の使用人の服を自分用にアレンジしたものではなく水着だ。
ビキニではなく黒いワンピースのため露出は少ない。
元の世界では海に入るときは普通だが、この世界では普通ではない。
そもそも貴族の女性は海には入らない。
入っても足だけ。
年頃の娘が婚約前に男性に肌を見せるなどあってはならないからだ。
もし、そんなことをすれば社交界で生きていけなくなる。
精神を病むほどの酷い言葉を浴びせられ、二度と人に会いたいと思わなくなるだろう。
それはこの世界に生まれたものにとっては当然のことではあり、守らなくてはならない決まりだ。
貴族の女性が男性に色目を使うなどあってはならないからだ。
だが、それはこの世界の人間の勝手な決まりごと。
私が守る必要などどこにもない。
言いたければ好きなだけ言えばいい。
私に喧嘩を売ったらどうなるか教えてやればいい。
もちろん、喧嘩を売ったことを後悔するくらい優しく丁寧に。
「企むって、あんたね」
夏だから海に入って遊ぼうと思っただけで何も企んではいない。
ただ、海の美味しい食材を手に入れようとは思ってはいるが。
よっぽど信用がないのか、アスターは今度は何をさせられるのかと嫌そうな顔を隠そうともしない。
失礼なやつだな、と思いながらこう続ける。
「私のことなんだと思ってるのよ。ちょっと海の中で遊ぶだけよ」
「海の中でですか?」
この世界では海には魔物が多く生息しており、海の中に入るのを禁止されている。
ある一定のラインを越えなければ魔物と遭遇することは限りなく低いため魚を取ることはできるが、それでも絶対ではないため毎年多くのものが命を落とす。
いくら、妖精王、悪魔の王、冬の王がいるといっても危険なのではと思ってしまう。
ただの魔物なら問題ないが、もし魔族だったら?
本人は企んでいないと言っているが、アスターは何故か嫌な予感がずっとしていて、どうしても私の言葉を信じられないでいた。
「そうよ。そんな怖い顔しなくても何も起こらないわよ。アイリーンに頼んで事前に、この海を調べてもらって危険はないってわかってるから。だから、普通に楽しみなさい」
「はぁ……」
そう言われても長年、海は危険なものだと認識していたので中に入るのを躊躇ってしまう。
そもそも海で何して遊ぶのかがわからない。
水の中に入ったからと言ってなんなんだと思ってしまう。
「仕方ないわね」
私はわざとらしくため息を吐き、少し後ろに移動してから全速力で走り、アスターの背中に飛び蹴りして海の中に入れる。
「どう?気持ちいいでしょう?」
「……!」
アスターは無邪気に笑う私を見て言葉を失う。
背中を蹴られ海に入れられたときは文句の一つでも言ってやろうと顔を上げたが、いつもの様子ではなく子供のようにはしゃぐ姿をみたら何も言えなくなってしまった。
'私も入ろう!'
走って海の中まで入り、そのまま倒れ込む。
背中が地面につき全身海に浸かる。
ブハッ!
海から顔出し息を吸い込む。
「はぁ!気持ちいい!」
久しぶりに元の世界らしいことができて張り詰めていた糸がきれる。
この世界でも楽しく過ごせているが、こうして海に浸かっていると元の世界が恋しくなった。
いまさら戻ったところで元の体が無事な保証はない。
今が嫌というわけでもないが、ふと思ってしまった。
もし元の世界に戻れるとしたら自分はどうするのか、と。
'いや、今はいい。そのときがきたら考えればい'
私はこれ以上考えたくなくて首を横に振り思い浮かべた言葉を消す。
「……」
アスターは一瞬、浮かない表情した私を見逃さず、声をかけようとするもすぐに口を閉ざす。
なぜか今言おうとした言葉を言えば、目の前の女性がどこか遠くにいってしまう気がして。
「さてと、それじゃあそろそろ昼食の食材集めといきましょうか」
結構な時間、海を満喫した。
誰が1番早く泳げるか、ダイビング(アイリーンの魔法で水中でも息が吸える)、水中鬼ごっこ、ビーチバレー、アイリーンの魔法で水の遊園地を作り、午前中遊び倒した。
そのせいで私だけ体力の限界でシートの上で倒れていたが、他のものが動けるため問題はない。
普通、あれだけ海で遊んだら体力なくなるんだけどな、と化け物を見るような目で私はアスターたちをみる。
「……?」
アイリーン以外の3名は「まさか海のものを?」と心底嫌そうな顔をする。
魚ならいいが、なんとなくそれ以外を集めるように言われそうな気がして嫌だ。
この世界では海に魔物や魔族がいるため、悪魔や妖精は人間のように好んで海のものを食そうとはしない。
人間でも貴族以外は食べない。
スカーレット家も貴族だが半年に1、2回食べれるかだ。
それを知ったのはきて1ヶ月が経ったあとだった。
日本に生まれ魚を食べられるのが当たり前だったものに、この世界は酷すぎる。
もう我慢の限界だった。
とにかく海の食を食べたかった。
魔物がいる海は危険なら、それ以上に危険なものたちに取りに行かせればいい。
そうすれば確実に海の食を食べられる。
「今からあなたたちにはこの食材を探してきてもらうわ」
私はそう言うと前日に描いた絵を4人に見せる。