バニラアイス 2
'香料はともかく香水は必要か?いい匂いのする水なんて誰も必要としないだろ'
香水の説明を聞き、ほとんどのものが香水の必要性がわからなず、そんな思いが顔にでてしまう。
「はい、そこ!今こう思ったろ!香料はともかく香水なんて必要ない。いい匂いのする水なんて必要ない。誰も金を出したりしないって」
'な、なんで俺様を見るんだ。他のやつだって思ってるのに'
私に指を刺されたルネはビクッと羽が少し開く。
隣からフッと笑い声が聞こえ、視線を移動させるとアイリーンの人を見下すような顔に怒りが湧き上がるが、ここで騒げば怒られるのは自分だとわかっているので、殴りたい衝動を必死に我慢する。
「これだからお馬鹿ちゃんどもには困るのよね」
私はわざとたらしくため息を吐く。
この世界に香水がないから、必要がないと思うのも無理はないが、金にならないことで私が喜ぶわけないといい加減わかってほしいものだ。
「いい?香水はね、金になるのよ」
'顔怖っ!'
これでもかというくらい目を見開いて、口元だけ笑う姿は怖すぎて、まだそんなローズの顔に慣れてないエルフとダークエルフたちは気を失いそうになる。
使用人や騎士たちはすっかり慣れ、今ではもうその顔芸を見れる日を楽しみにしている。
「お嬢様。質問してもよろしいでしょうか」
オリバーが手を挙げる。
「もちろんよ。それで何が聞きたいの?」
金になると言っているのに誰も信用しないので、オリバーの質問に完璧に答え疑念を晴そうと決める。
「お嬢様のことですから、きっと何か考えがあるのでしょう。ですが、いくらなんでも飲み水に匂いがするだけでお金を払ってまで買おうとするものはいないと思います。コーヒーやワインみたいなら話は別かと思いますが、匂いがするだけで香水を買ってまで飲もうとするものはどう考えてもいないかと思います」
オリバーの言葉に私以外全員が「その通りだ」と頷く。
「……?」
私はオリバーが何を言っているのか理解できなかったが、少しして説明不足のせいで香水を飲み物と勘違いしたのだと気づく。
香水を飲む。
フッ。
その発想に私はおかしくて笑ってしまう。
貴族たちが香水を飲んでいる姿を想像するのは面白いが、現実に起こったら怖いのでみんなに香水とは何かを正しく伝える。
「確かにオリバーの言う通り、匂いだけの飲み物なんて買う人なんていないわ。金持ちが興味本位や見栄で買うことはあるかもしれないけど、金儲けはできないわね。ただし、香水が飲み物だったらね」
「違うのですか?」
オリバーが尋ねる。
「ええ。香水は飲み物でなく、匂いを楽しむためのものなの」
元の世界で香水を使う人は結構いた。
もちろん使わない人も多くいた。
香水を買う買わないは本人次第だが、売れるのは間違いない。
特に貴族たちは我先に手に入れようと財布の紐が緩むのは間違いない。
金持ちこそ身だしなみに人一倍気をつける。
それはどの世界でも変わらない法則だろう。
「あなたたちがいま何を思っているのかわかるわ。匂いを楽しんだところでなんになるのかととそう思っているでしょう」
私の予想通り、大半のものがまだそう思っていた。
特にエルフとダークエルフたちは人間の考えることは理解できないと、香水というものに拒絶反応をおこしていた。
他のものたちも私が「匂いを楽しむためのもの」と言ったとき「匂いを楽しむ?それはいったいなんだ?」と眉間に皺を寄せて不審に思っていた。
この世界では匂いを楽しむなどという娯楽はないため、私の言っていることを誰1人として理解できなかった。
「でも、本当にそうかしら?あなたたちはすでに、匂いを楽しむ生活をしているはずだけど?」
私の発言にそれはどういうことかと全員が首を傾げる。
特にルネは「悪魔の王であるこの俺様が、たかが匂いを楽しむだと。アホめ。悪魔がそんな低俗な楽しみ方をするわけないだろう」と心の中でありとあらゆる言語で私を馬鹿にしていた。
「うそ?あんたたち大丈夫?本当に忘れてるの?」
私は彼らの顔を見て「こいつら本当に大丈夫か?病院に連れて行ったほうがいいか」と本気で心配になる。
「私が作った料理をいつもいい匂いだって言ってるじゃない?忘れたの?」
私はわざとらしく信じられないという顔をする。
「……」
私にそういわれて、ようやく自分たちが匂いを楽しむせいかつをしていたことに気づく。
ルネは結構心の中で私を馬鹿にしていたため、その発言に固まってしまう。
そう言えば食べる前に「いい匂いだ」と言って目を輝かせていたのを思い出す。
「料理の匂いと香水の匂いは全然違うわ。もちろん、目的も全然違う。料理の匂いは美味しく食べるため。香水の匂いは生活を楽しく過ごすためのものなの」
「生活を?」
誰かがそう呟く。
その声はとても小さく誰の耳にも届かなかったが、皆が同じことを思っていて、それが顔にでていたので何を思っているのかしっかりと私には伝わっていた。
「例えば、自分の体がいい匂いがしたらどうか想像してみて。花の香りや、海や潮風、甘い香り、フルーティーな香り、爽やかで清潔感のある香り、なんでもいいわ。自分の体からそんな匂いがしたら、気分良くならない?あの人はしないけど、自分からはいい匂いがするなんて、特別な気分にならない?」
「……」
言葉で説明しても、いまいち想像ができないのかほとんどのものは首を傾げる。
それでも、自分だけにいい匂いがするのは特別感があっていいと思えた。
「まぁ、いきなり想像しろと言われても困るわよね。今はわからなくてもいいわ。そう遠くない未来でわかるはずだからね」
こればっかりは仕方ないと思う。
ないものを想像しろと言われてもうまく想像できるわけがない。
いま大事なのは香水が金儲けできるものだという認識さえできていればいいのだ。
気を取り直して最後の一人を発表する。
「それじゃあ3人目、バニラアイスを食べられる最後の一人を発表するわ」
そう私が言った瞬間、シオンとオリバー以外の目の色が変わった。
2人が選ばれるのはわかりきっていたことだから仕方ない。
でも、もう一人は絶対自分だと思っていてるので、みんな自信満々な態度で自分の名前が呼ばれるのを待つ。
その中でもルネは自分以外あり得ないと確信していたため、早く我の名を呼べと思っていた。