バニラアイス
「お嬢様。バニラアイスとはなんですか?」
アスターが尋ねる。
アイスはわかるが、バニラがなにかわからない。
ただ一つわかるのはこの料理は冷たいということだ。
「そうね。一言で言うならこれは甘くて冷たい食べ物ね。かき氷みたいに冷たいのは同じだけど食感も味も全然違うわ。まぁ、食べればわかるわ」
'確かに'
食べればわかる、その説明にアスターは納得してしまう。
「新作スイーツのお披露目も終わったし、そろそろ食べれられる3人を発表するとしましょうか」
その言葉に全員期待した顔で私を見上げる。
皆、この1ヶ月新作スイーツを食べようと相当頑張った。
だから自信をもって自分が選ばれると思っている。
私はみんなが頑張っていたことは知っていたが、最初の宣言通り全員に褒美を与えようとは思わなかった。
なぜなら、これは作戦なのだから。
全員に褒美を与えるといえば最初は頑張るかもしれないが、だんだん食べられるなら少しくらい手を抜いてもいいだろと思い始め、真面目に仕事を取り組まない者が出てくる。
なかには真面目に毎日働くものもいる。
だが、世の中には自分さえよければいいと思っている。
だからこそ、人数制限をすることで頑張ったものに褒美を与え、その功績を皆の前で言うことで、その者たちのやる気を刺激させ次も食べたいと思わせ頑張らせる。
食べられなかったものたちは羨ましくて、次こそは自分がと思い、今回より更に頑張ろうとする。
食べ物ひとつだが、この世界で誰も食べたことない最高の料理。
どれだけ大金を積もうと私が作り方を教えなければ食べられない。
そうなると食べられる方法はただ一つ。
スカーレット家に誰よりも貢献し、3人の中に選ばれること。
理不尽だと思っても頑張るしかない。
「それじゃあ、まず1人目を発表するわ。このバニラアイスを食べられる権利を与えられるのは……」
私は勿体ぶるように間を開けてから名前を言う。
「シオン。あなたよ」
私はそう言ってシオンの方を向く。
自分が呼ばれると思ってなかったのか、嬉しさのあまり固まっているのか、それとも両方なのか判断できないが、シオンは固まって微動だにしない。
少しして我に返ったシオンは目を輝かせて「本当に?俺が選ばれたのか?」とぴょんぴょんとウサギのように跳ねて喜ぶ。
バニラアイスがどんな味なのかは知らないが、きっと美味しいのだろうと、その味を想像するだけで幸せだったのに食べられることになって嬉し過ぎて昇天しそうになる。
「理由は言わなくても、みんなわかってると思うけど、シオンの今月の貢献度は圧倒的よ。今や溶けない氷の噂は国中どこらか世界中に広がって、未だに貴族たちから注文が殺到してるもの。お陰でどれだけ儲かったか。それに、この領地ではかき氷を誰でも気軽に食べれるようになったでしょう。このバニラアイスも氷があってこそ作れたんだから」
今回、シオンが選ばれたのは当然の結果というわけだ。
逆にシオンが選ばれなかったら、不正を疑われるようなものだ。
誰も文句など言うはずもない。
今月の貢献度はシオンが一番だ。
「じゃあ、2人目を発表するわよ。次に食べる権利がある者はオリバー。理由は二つ。一つはここにいる全員が頼りにするほど的確な指示をだし領地発展に貢献したこと。自分の仕事を完璧にこなしながら、困っている人がいたら助けるのはなかなかできることじゃないわ」
この理由だけで食べる権利を与えられるほど、この1ヶ月オリバーは1番誰よりも働いていた。
そのことをみんな知っているので、オリバーが選ばれたことに不満などない。
当然の結果だと受け入れる。
「もう一つは、バニラの木を見つけたことよ」
'バニラ?それってこの料理と同じ名前じゃ……?'
私の発言に全員が同じことを思い首を傾げる。
「そうよ。今あなたたちが思った通り、オリバーが見つけたバニラの木がこのバニラアイスにも使われてるわ。バニラの木はこの料理を美味しくするものなの。遠いから気づかないと思うけど、食べるときに甘い匂いがするの。匂いのお陰で美味しさは増すわ。それに、何よりバニラは香料としても香水としても使えるの。金も……ゴホン。生活に役立つのよ」
'今、絶対金儲けになると言おうとしたな'
アスターは私が本当は何を言おうとしていたのかわかり、相変わらず金のことしか考えてないなとある意味安心した。
「あの、ローズ様」
女性のエルフが手を挙げる。
「ん?どうしたの?」
「その、質問いいでしょうか」
「もちろん。なんでも聞いて」
何か変なことでも言ったかと自身の発言を思い返すも、何も変なことは言っていない。
何が気になるんだと思いながらエルフの言葉を聞く。
「香料と香水とはなんですか?」
エルフがそう言うと、他のものも同じ思いだったのか、自分たちも知りたいですと何度も首を縦に振って教えてくれと懇願する。
'あー、なるほど。この世界では香料も香水もないのね……あー、そう、ないの……ないのね!いいこと聞いたわ。これって新たな事業を作って金儲けできるチャンスじゃない!いや、この世界まじで最高だわ。まじ天国!'
新たな金儲けの道がひらき、浮かれて顔が緩んでしまう。
'あ、また不細工な顔になった。今度は何をするつもりだ?'
アスターはローズの顔が凶悪に変わった瞬間、今度は何をさせられるんだろうと身構える。
アスターの右肩で休んでいたルネは「あいつ、本当に不細工だな」と口に出して批判し、左肩に乗っていたアイリーンは「さすがご主人様。どんな顔でも素敵です」とうっとりした顔をする。
2人とも同時に声に出したので、相手が何を言ったのかよく聞き取れなかったが、自分とは真逆のことを言っていることは理解できた。
そのせいで2人は罵り合いを始め、アスターは「人の肩の上で喧嘩しないでくれないかな」とうんざりする。
「お嬢様」
怖い顔して黙ったままの私を見て、オリバーが声をかける。
「ん?ああ、ごめん、ごめん。えっと、それで、あれだよね、あれ……」
なんだったけな、と思いながら説明しようとするも忘れてしまい必死に思い出そうとする。
「香料と香水です」
見かねてオリバーが助ける。
「ああ。そう、そう、それ。香料と香水の説明ね」
オリバーのお陰で思い出し、もやもやしていたのがスッキリする。
軽く咳払いしてから、気を取り直して説明する。
「簡単に言うと香料は料理や化粧などに香り付けするためのもので、香水はいい匂いのする水のことね」