ブランシュ山
「寒い!もうすぐ夏がくるのに!何でここはこんなにも寒いよ!!」
大量に服を着てガウンも着用しているのに寒くて仕方ない。
さっきから鼻水が何度も垂れてくる。
どうしてこんなことになったかというと、遡ること三日前。
「あ、一ついいアイディアが浮かびました。氷の魔法使いを雇うのはどうでしょうか?」
アイリーンは1000年以上封印されていたから氷の魔法使いを雇うのが、どれだけの大金を必要とするのか知らない。
「おっ!いいな、それ!その氷の魔法使いをいっぱい呼ぼう」
何も知らずに浮かれているルネは5000年も封印されていたのでさらに知る訳がない。
私は説明するのが面倒になり、アスターに「あんたが教えな」と目で訴えた。
アスターは嫌そうな顔したが、これ以上二人が盛り上がるのは後々面倒になると思い口を開いた。
「それは無理です」
「どうして?」
「なぜだ?」
二人は同じタイミングでアスターに聞く。
「スカーレット家には氷魔導師を雇うお金がないからです」
私は隣で頷く。
それに私はこう思っていた。
氷魔導師を雇うために大金を使うなど馬鹿げている。
どうにかお金をかけずに手に入れたいのだ。
できるだけ大量に。
「それは……」
「そうか……」
なぜか二人に哀れむような目を向けられたが、これが普通だ普通と思いながら無視する。
「つまり、アイリーン様の案は無理だということです」
「そう。無理。というわけで次の案を出して」
「……あの、一つ思いつきました」
アスターは言うか言わないか迷った挙句言うことにした。
氷を使った美味しいものがどうしても食べたくて。
「お、なになに?」
アスターが意見を出すなんて珍しいと思いながら期待せずに続きを聞く。
「人間以外の氷を出せるものを使い魔にすれば良くないですか?」
アイリーンとルネにしたみたいに、そうすればお金はかからない、とは声に出さなかったが顔には出してしまう。
そんな意図を込めて言ったのだが……ローズの顔を見たアスターは言うべきではなかったと後悔した。
「……人間以外ね。いいかも。アスター、よく思いついたわ。ご褒美に最初にあなたに食べる権利をあげるわ」
「ありがとうございます。お嬢様」
少し前に言ったことを後悔したが、やっぱり言って良かったと褒美をもらえるのが楽しみになる。
「それで、二人共。氷を使った種族って誰がいるのか教えてくれる?」
私は二人の目線まで顔を下げ微笑む。
絶対に逃がさないという意志を込めて二人の体に触れる。
「……氷を使って種族は今すぐはほとんどは人間に友好的ではありません。冬の悪魔、ダークエルフ、魔族、雪男達がいますが契約するのは難しいかもしれません」
氷の料理は食べたいがローズが怪我をするかもしれないと心配になり、アイリーンは諦めるように言った。
「そうなのね……」
アイリーンが心配して言ってくれてるのはわかるが諦めるつもりはない。
だから、私は笑顔で二人にこう尋ねた。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど二人はその者たちより弱いの?」
「私の方が強いです!」
「俺の方が強いに決まってるだろ!」
二人は同時に答えた。
私はその言葉に満足してにんまりと笑う。
「なら、問題ないわね。二人がいるなら安全だもの。それで、悪魔、ダークエルフ、魔族、雪男の中だったら、契約できて戦力にもなり、氷を大量に出せるのは誰になるの?」
私の問いに二人は同じ人物の名を挙げた。
「冬の王」と。
「我慢してください。冬の王がいるのはこのブランシュ山なんですから」
ブランシュ山。別名、死の山とも呼ばれている。
この山に足を踏み入れたら誰一人生きて帰れないと言われている。
その理由はとにかく寒いからだ。
一年中山は雪に覆われ、ほぼ毎日吹雪に見舞われる。
今日は運が良いのか天気がよく吹雪は吹いていないが、いつ変わるかわからない。
この山を登ってなぜ「死の山」と呼ばれているのかわかった。
私とアスターが何とか耐えられているのはアイリーンとルネの力で守られているからだ。
アスターはなんとか助かるかも知れないが、私は二人がいなければ確実に終わっていただろう。
「わかってるわよ。それでも寒いんだから仕方ないでしょ」
ガタガタ歯と歯があたるが、寒すぎてそれどころではない。
「はぁ。全く仕方ないな。俺様に感謝しろよ」
ルネはそう言うと私の肩の上に乗る。
その瞬間、体中が一気に暖かくなった。
「……あんた何をしたの?」
「なにもしてないぞ。ただ乗っただけだ」
「なら、何で急にあったかくなるのよ」
「それは多分、この悪魔が獄炎の主だったことに関係してるせいだと思います」
アイリーンがルネの代わりに説明する。
とても悔しそうな顔をして。
'何でそんな顔をしてんの?'
私はアイリーンの情緒がわからず不安だったが気づかないふりをして「どういうこと?」と尋ねる。
「獄炎とは言葉通り地獄の炎なんです。その悪魔は閻魔大王の次に炎に長けた魔法を使えるので、普通の悪魔より体温が物凄く高いんです」
「それで、体が急にあったかくなったのね」
ルネに触れたことがなかったから知らなかったが、そんな便利な使い方があると知り喜ぶ。
冬になったらホッカイロがわりにしようと決める。
「感謝するのだぞ。俺様のおかげで凍え死ぬことはないのだからな」
「ハイハイ。感謝してますよ」
いつもならルネが「様」をつけたらぶん殴るが、今日は助けられているので見逃すことにした。
「おい。全く感謝の気持ちを感じられないぞ。本当に感謝してるのか」
「してるよ」
ルネは絶対してないな、と私に疑いの目を向ける。
「本当だって。いっぱい美味しいものあげるからさ」
言葉より料理で示そうと思った、と付け加えるとルネは目を輝かせた。
「そうか!そういうことなら喜んで受け取ろう」
ルネは氷の料理をいっぱいもらえると思い、態度を一変させ喜ぶ。
'悪魔の王、チョロいな。こんなんが悪魔の王で悪魔は大丈夫なのか……?'
ルネが今はちんちくりんの姿になっているとしても、アイリーンと比べて威厳というものが感じられず心配になる。
この姿で冬の王は本当に従ってくれるのかと、どうしてもルネの力を疑ってしまう。
ここまできた以上引き返せないが。
「お嬢様」
「なに?」
アスターの声がいつもより固い気がしてなにがあったのだと察する。
「後ろに下がってください」
アスターはそういうと剣を抜く。
「わかった」
魔物でもいるのかと思い、指示に従って後ろに下がる。
戦えないわけではないが、主人公、妖精王、悪魔の王がいるのにわざわざ戦う必要はない。
私は貴族の令嬢らしく高みの見物をすることにした。
三人が魔物退治してる間に座って休もうと腰を下ろそうとしたそのとき「ご主人様。終わりました」とアイリーンが報告するので、中途半端な体制で止まってしまった。
「そう。よくやったわ」
無様な姿を晒すのが嫌でスッと姿勢を正す。
「それじゃあ、冬の王のところに急ぎましょうか」
そうして歩き続けて半日が過ぎた頃、頂上へと辿り着いた。
私とアスターだけだったら、ここに来るまで一カ月以上かかったはずだ。
悪魔と妖精の王は本当に便利で、契約した自分を褒めたくなる。
「それで、あれが冬の王の屋敷なの?」
少し離れた屋敷を指差しながら尋ねる。
「多分。そうでしょうね」
アスターが答える。
「冬の王って嫌われてるの?それとも悪魔はあれが普通なの?どう見てもお化け屋敷でしょう。不気味すぎ」
お化け屋敷?
私の言葉に三人とも何のことだと首を傾げる。
「こういう場合って普通に入っていいわけ?」
私はルネに尋ねる。
「駄目だな。もし俺が逆の立場だったら速攻で殺すからな。まぁ、でも今回は俺がいるから問題はない」
ルネは調子に乗っていつもの話し方になるが、すぐに気づいて「問題ないです」と言い直す。
「そう。じゃあ正面から入ればいいわね」
私は冬の王の屋敷に近づき玄関を開け……れなかった。
鍵がかかって開かなかった。
無理矢理開けようにも固すぎて無理だった。
私は諦めてアスターに命令する。
「開けろ」
「……はい」
アスターは剣を抜き扉を破壊する。
「よし。入ろう」
私は何事もなかったように一番最初に中に入る。