新たな目的
「一瓶金貨3枚いい値で買ってくれたわ」
日本円で約7万円。
この世界で売られている砂糖の半分の値段。
本当にいい顧客だわ。
私はベットの上に寝転び、さっきのことを思い出す。
「それでこれはいくらになるのでしょうか?」
これほど美味しいジャムなら相当な価格を提示されるかもしれないと覚悟する。
「侯爵様はどれくらいの価値があると思いますか?私にはよくわからなくて、侯爵様基準で値段を設定したいと思うんです。よろしければ、このジャムの値段はなんぼか決めてくださいませんか?」
男爵は私の言葉を聞き終わると背筋がゾクッとした。
目の前にいるローズが本当に子供なのかと疑いたくなる。
男爵は正しく私の意図を理解したためそう思ったのだ。
普通、売り出す商品を他人に決めさせるなどあり得ない。
それでもそうするのは、よっぽどの馬鹿か、信用に値する人物が判断するときだ。
ローズの場合は後者だ。
侯爵はいま自分が成人もしてない令嬢に試されていると知り、普通なら腹立たしいことなのに、どうしてか嬉しくなった。
その期待を裏切ってはいけないと思い、このジャムに相応しい値段を提示した。
「結構な量を買われてましたね」
アスターが私を見下ろしながら言う。
「本当ね。お陰で大金をゲットしたわ。これからもジャンジャン売りつけないと!」
「……」
「何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
アスターの浮かない表情を見て何を考えているのかすぐに気づいた。
「あの木についている実のさくらんぼはもう全て収穫しました。残っているのは残りわずかです。これ以上ジャムを作るのは難しいのではないですか?」
「この大馬鹿者め!誰がさくらんぼだけで作ると言ったの?ジャムは他でも作れるの。それに季節ごとに違うジャムを売りつけたらどうなると思う?」
アスターは私の質問に暫く考えてから口を開いた。
「一年中同じものを口にするのは飽きますが、季節ごとだと飽きることなく買い続ける人は多くいると思います」
「せーかい!大馬鹿者から普通に昇格!」
私はベットの上に立ち見下ろしながら褒めるも、馬鹿にされているとアスターはすぐに気づきイラッとした。
「季節が変わるごとに違うジャムを売り続ければどうなるかは言わなくてもわかるわよね?」
「大量のお金が男爵家に入ってくる……」
「そのとーおり!お金、お金、お金が入るぅ!ヤッホーイ!最高!これで当分はお金の心配をしなくて済むわ!」
私はアスターがいるのも忘れてベットの上で片膝をつきながら拳を高く上げ、ガッツポーズをする。
そんな私をアスターはただ黙って見ていたが、その目は死んだ魚のような目をしていた。
※※※
一ヵ月後。
「そろそろ夏がくるわね」
「そうですね」
アスターが適当に返事をする。
「ご主人様。夏は水遊びがいいと思います」
アイリーンは夏は自分の出番だと言わんばかりに目を輝かせる。
「水遊びだと?ガキか」
ルネが馬鹿にしたように笑う。
「はぁ?今何か言いましたか?ちんちくりさん」
「ちっ!?……誰がちんちくりだ!貴様喧嘩を売ってるのか!この俺様に!」
「売ったのはそっちでしょう。これだから悪魔は馬鹿で嫌なのよね」
「はっ!ガキよりはバカの方が百万倍マシだろ!」
二人はちんちくりな姿のまま文句を言い続ける。
いつもなら小さいもの同士の戯れだと笑えるが、夏の暑さを考えると鬱陶しくて敵わない。
「二人共やめな。特にルネ。あんたはアイリーンのお陰で周囲に悪魔だとバレてないのよ。少しは感謝しなさい」
正体がバレないようアイリーンに頼んで、ルネの周囲に水の結界を張り水の妖精の眷属だと誤魔化した。
お陰で未だに閻魔大王にバレていない……多分。
「ハッ!」
アイリーンは私が味方になってくれたことで調子に乗り「あんたが悪魔だとバレないのは私のお陰よ。感謝しなさい」といった表情をして見下ろす。
'このクソ妖精が……!'
ルネは本当はこの世の全ての言語でありとあらゆる罵倒をしたかったが、私の目を気にして睨みつけるだけで済ます。
言い返せなかったせいで、顔はブサイクになっていた。
元の姿だったらイケメンの怒り姿など迫力があって怖いと感じたかもしれないが、ちんちくりの姿だと面白すぎて笑いそうになる。
アスターも同じ気持ちなのか、体をプルプルと震わせながら必死に我慢していた。
「さてと、そろそろ本題に入るわよ」
手をパンパンと叩き空気を切り替える。
「本題ですか?」
まさか、また何か企んでるのか、とアスターは怪しむような視線をおくる。
「そう。さっきも言ったけどもうすぐ夏がくるじゃん」
「そうですね」
アスターはさっきと同じ返しをする。
「氷欲しいよね」
「……」
「……」
「……」
私の言葉に三人共黙り込む。
「氷欲しいよね」
もう一度同じことを言うも三人は視線を横にずらし私と目を合わせようとしない。
言い方が悪かったのかと反省し、今度はこう言った。
「どんな手を使ってでも氷を手に入れるわよ」
私はニッコリと三人に笑いかける。
「「「……はい」」」
三人は私が絶対に諦めないと知り、自分達が折れることした。
「なぁ、ご主人。何で氷が欲しいんだ?」
ルネがふと疑問に思ったことを聞く。
「そんなの決まってるじゃない。私が食べたいからよ」
「……氷をか?変な趣味があるんだ……なっ!痛いぞ!何をする……んですか?」
ルネは慌てて言葉遣いを丁寧に直す。
「誰がそのまま食べるって言ったのよ!夏の季節に食べると美味しいものがあるのよ。氷をつかったね」
その言葉を聞くと三人共目を輝かせる。
私が「美味しいものを作るため」と言って材料を集めるときは間違いなく美味しいものだとインプットされているので期待してしまう。
'ハハーン。最初からこう言えば良かったわ'
私は軽く咳払いをしてからこう言った。
「ねぇ、三人とも食べたくない?冷たくて、甘くて、とーっても美味しいもの。氷さえあれば作れるんだけどなー。氷さえあれば……」
チラッと視線を三人に向けると、私以上に氷を手に入れることに燃えている様子だった。
「お嬢様の命令なら仕方ありませんね。今回も尽力しましょう」
「ご主人様の命とあらば喜んでお力になります」
「俺は氷に興味などないが、ご主人がどーしてもって言うなら仕方ないよな。命令だから」
あくまでも私のためだと言うが、誰がどうみても自分達のために氷を手に入れようとしているのは明白だ。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。
氷さえ大量に手に入れられたら、新たな金を産む商売が誕生する。
そうなれば、夢の生活にまた一歩近づける。
「本当?三人共ありがとう。助かるわ。じゃあ、どうやって大量の氷を手に入れるか意見を出して。ね」