呪い 2
「え……?今あの悪魔、水の妖精王って言った?」
私は確認のため後ろを振り向きアスターに尋ねる。
「はい。そう言いましたね」
アスターは淡々と答える。
私はその言葉を聞いてニヤリと笑う。
その笑みを見たアスターは「またか」とため息を吐く。
「へぇ……そう。助かるには水の妖精王の聖水が必要なのね」
「はい。そうです。ですが、どこにいるかは俺様も知りません。封印されてから5000年近く経っているので。だから俺様は一つ目の呪詛をかけた者の死体を粉々にし、子孫達も皆殺しにするのがいいと思います」
ルネは最初からこの方法しかないと思っていた。
それに長年呪詛をかけられたため、人間達への強い憎しみがある。
皆殺しにして魂を縛りつけ、永遠に苦しみを与えたい。
そのためにもまずはローズに呪詛を解いてもらわなければならない。
「え、やだ。呪詛を悪魔にかけるような頭のイかれた人達を殺そうとしたら、私まで呪詛かけられるかもしれないじゃん。そんなの絶対無理」
私がそう言うとルネは「このクソ女!絶対殺す!」と体が自由に動かせてたら首の骨を折ってやったのにと思った。
「では、どうやって解くつもりでしょうか?」
ルネは怒りを抑えながら尋ねる。
「どうって?最後の水の妖精王の聖水でだけど?」
「……はぁ!?俺様の話しを聞いていたか?耳腐ってんのか!水の妖精王の居場所はわからんと言っただろ!それに仮に見つけたとしても、あいつらは心の清らかな存在の者の前にしか現れん!貴様のような性根の腐った人間の前に現れるはずないだろ!少しは考えてからものを言え!」
ルネはとうとう我慢の限界がきて、また本来の口調に戻る。
アスターはそんなルネの言葉を聞いて必死に笑いを堪えようと口元を手で隠すが肩が震えているので意味がない。
'こいつら……!'
ムカつきすぎて殺意が湧いてくる。
せっかく優しくしたのに、こんな態度をれとるのか、と私はルネに対し接し方を変えることにした。
「ふーん。そんなこと言うだ。せっかく聖水がここにあるのに。へぇー。そう。いらないだ」
私は冷たい視線をルネに向けながら、聖水を取り出す。
家を出る前に、もしもの時のためアイリーンが聖水を瓶に入れて渡してきた。
「聖水さえあればどんな呪いも傷も忽ち治るから」と言って。
受け取ったのはいいが、アスターがいるから使い道ないと思っていたが、こんな形で役に立つとは思わなかった。
お陰でさらに有利にルネを従順にできると笑みが浮かぶ。
「は……?」
ルネは私の言っていることが理解できないのか固まるもすぐに我に返りこう言った。
「嘘を吐くな!大体どうやって妖精王に会えたと言うんだ!」
それは小説の内容を知っていたから、と言うわけにはいかないので「私が善良で心が清らか存在だから向こうから会いに来てくれたんですよ」と大嘘を吐く。
私の言葉を聞いたアスターは「うわー。大嘘吐いた」とドン引きした。
「嘘を吐くな!お前のような人間の前に妖精王どころか妖精すら絶対に現れるわけない!」
大昔、悪魔と妖精は長きにわたり戦争をしていた。
そのため妖精達がどんな存在か熟知している。
だからこそ断言できる。
目の前な悪魔のような人間の前に妖精王が現れることは絶対ないと。
「まぁ、別にいいよ。信じようと信じまいと。私には関係ない。困るのは貴方なんだから」
「……」
ルネは言葉に詰まる。
間違いなくこんな人間の前に現れることはないと断言したのに、余裕な態度の私にもしかしたら本当に聖水を持っているのかと考えてしまう。
そこである一つの仮説が頭に浮かんだ。
'あの人間は最初、聖水を持ってると言った。妖精王に会ったとは一言も言ってない。こっちの質問にそれっぽく答えただけで、わざと誤魔化したんだ。他の人間が持っていた聖水を盗みあたかも自分が貰ったかのように話した。そう考えれば全ての辻褄が合う'
ルネはきっとそうだと頷き納得する。
「わかった。信じてやる。聖水を俺様にかけろ」
ようやく解放され自由になれると喜び嬉々として命令する。
「はぁ?何その態度?あんた自分の立場をわかってるわけ?てか、誰が信じてくれと頼んだの?上から目線でさっきから言いたい放題言いやがって。何様のつもり?」
「……」
ルネはやらかしたと後悔する。
今ここで彼女の機嫌を損ねれば聖水を使ってもらえない。
一秒でも早く自由になりたいのに。
「ちょっと黙らないでよ。これじゃあ、私が弱いもの虐めしてるみたいじゃない」
'みたいじゃなくてそうでしょう。ん?いや、向こうは自称悪魔の王だから弱い者虐めにはならないのか?'
アスターは心の中でツッコむも弱い虐めをしているのか、していないのか、わからなくなり混乱する。
「私は優しいから謝ってくれれば許すわ。もちろん適当に謝らないでね。誠心誠意心の底から謝ってくれたら許すわ。どうするかはあなたが決めればいいわ」
'つまりそれは、納得のいく謝罪でなければ聖水を使うつもりはないと言いたいんだな。小娘め。こんな状態でさえなければ一瞬で殺せる存在なのに'
ルネは私の言葉の意味を正しく理解していた。
だが、そのせいで余計に殺意が増す。
「わかった。謝ればいいんだろ」
ルネは吐き捨てるように言う。
「いや、別に謝りたくなかったらいいのよ。私は困らないから。最悪アスターにあんたを殺させれば私は自由になれるし。聖物もあるから簡単に殺せるわね。最初からそうすれば良かったわ」
もちろん聖物なんてものはない。
嘘だ。だが、聖水があると信じきっている には効果抜群だ。
ただ一つだけデメリットがある。
この嘘のせいでアスターから殺気がこもった視線を向けられる羽目にはなった。
'こいつ、勝手に人を巻き込みやがった!'
アスターは勝手にルネを助けることを決めたことにも納得してなかったのに、最終的に駄目になった瞬間自分に殺させようとしていると知り腹が立つ。
私はそんなアスターの心境を読み取り、今のうちに機嫌を取っておかなければ後が怖いと思いこう提案した。
「アスター。これが終わったら新作スイーツを作ってあげるわ。万が一のときはこいつを殺してくれる?」
そう言うとアスターは目を輝かせて「お嬢様の害する物を排除するのが私の仕事です。喜んでやらせていただきます」と即答する。
「あら、頼もしい護衛騎士で助かるわ」
アスターの顔が一気に180度変わり案外チョロいなと思った。
「さてと、どうするか決めた?私はどっちでもいいわよ」
私は最初からこうすれば良かったと後悔しながら、ルネを見下ろす。
'クソッ!俺様は偉大なる獄炎の主で悪魔の王だったのに!たかが人間の小娘にここまで屈辱を味あわされるとは……!'
心の中でローズに対する罵倒を言うが、頭ではどうするべきかちゃんとわかっていた。
「スミマセンデシタ。オレサマガマチガッテイマシタ。オユルシクダサイ」
「気持ちが全然こもってないわ。それじゃあ許せないわね」
私がそう言うとルネはまた同じ言葉を言うが、苛立ちのこもった謝罪では許せないと言ってやり直させる。
それを繰り返すこと34回。
35回目でようやく心のこもった謝罪を聞き私は許すことにした。
「そこまで言うなら許してあげるわ。ただし、次はないわよ」
包帯でルネの顔は見えないが、きっと顔を真っ赤にして血管が浮き出るくらい怒ってるんだろうなと想像すると面白くてつい吹き出しそうになる。
そのせいで声が震えてしまい、馬鹿にしてるような口調になってしまう。
'クソッタレ!!'
ルネは心の中でそう叫ぶ。
私の口調のせいで馬鹿にされたと思ったルネは物凄くキレていたが、呪詛のせいで指一本動かせないため表情はそのままだった。
「ねぇ、聖水ってそのままぶっかければいいのよね?」
「はい。そうです。お願いします」
また本来の口調で話せば怒らせると思い、呪詛から解放されるまでは我慢して敬語で話す。
「じゃあ、かけるわね」
私はそう言うと瓶の蓋を開け全身に聖水をかける。
聖水が包帯と札の上に落ちると、ジュワッと大きな音を立て包帯と札が溶けていく。
包帯が溶けて肌が見える。
ところどころ赤紫みたいな変色していたが、少しすると聖水の効果が現れたのか綺麗になっていった。
顔の包帯が取れ顔はどんなんなんだ、と興味本位で除くと物凄い顔の整った美形で驚いた。
口が悪かったから顔の怖い男を想像していたが、ルネの顔は誰が見ても主人公級のイケメンだった。
'性格と口が良ければ最高なのにおしいな'
普通ならこの顔を見たほとんどの生物はルネの能力もあり虜になるのだが、私には効かなかったのかただのクソにしか見えなかった。