契約
私はまず大量の杭を棺の横に移動させる。
「おい!何をするつもりだ!今のは何の音だ!」
杭を地面に落とした音でルネは我に返った。
「何って、さっき言ったじゃん。封印するって。とりあえず、ここにある杭を全部ぶっ刺すわ。痛みがあるかはわからないけど、これだけの数の杭を体に刺されるのは嫌でしょう」
悪魔の王でも精神的にもダメージはあるはずだと思いたい。
「なっ!やめろ!」
「やめな〜い。では、一本目うちまーす」
私は腰にかけていた剣を鞘ごと抜き、そのまま杭に向かって振り降ろす。
「〜〜ッ!」
ルネは悲鳴は上げなかったが、激痛が全身に走った。
これはまずい、と思い何とかやめさせようとするも口を開く前にどんどんと杭を打たれて為す術がなかった。
アスターは目の前で起こっている異様な光景を見て「絶対こっちの方が悪魔の王だろ」と思った。
だが巻き込まれたくなかったので黙って終わるのを待っていた。
「……さすが悪魔の王ね。この程度じゃあ根を上げないわね。仕方ない。次のプランに行くわ」
杭を全部打ち終わっても悲鳴の一つもあげないルネに私は感心する。
自分だったら醜い悲鳴をあげてた。
封印された間抜けな王でも王には変わりないということなのかと認識を改めて、さっきよりもレベルをあげることにした。
'なっ!まだやるつもりか!?'
'なっ!今度は何をするつもりだ!?
二人共、私の言葉に絶句する。
「待てっ!やめろ!これ以上やるつもりならこっちも本当に許さな……ぎゃあああーっ!」
話している最中に液体が棺の中に入ってきた。
臭くて鼻がもげそうになる。
「あ、悪魔の王でも臭いのには耐えられないのね。いいこと知ったわ」
私はルネが話しているときに大量の瓶の中に入っている不気味な液体が目に入った。
何故かその瓶から目が離せなかった。
暫く見つめていると、私はそれでとても面白い嫌がらせを思いつき次のプランを変更することにした。
瓶を適当にとり、顔に近いところの杭を抜き、そこから液体を流し込んだ。
全部流し込むと臭いが出てこないようすぐに杭を打ち込んだ。
その一連の流れを見ていたアスターは「人の皮を被った悪魔だ」とさっきからルネに対する酷い扱いを見てドン引きする。
「絶対に許さないからな!お前の家族や友人、お前の関わりのある人間全て殺してやる!皆殺しにしてやるからな!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたルネが叫ぶ。
「それだけじゃない!お前の国の人間も全員殺してやる!お前のせいであいつらは死ぬんだ!今さら謝っても絶対に許さないからな!!」
ここまで言えば泣いて謝ると予想した。
悪魔の王を敵に回す馬鹿はこの世にいない。
自らのせいで他人が死ぬことなど耐えられない。
人間は自分の大切な人間が傷つくことを恐れる愚かな生き物。
そう認識しているルネはこれで心が折れたと確信したが、私の言葉を聞いた瞬間何も言えなくなった。
「ふーん。なら、殺せば?」
「……!」
アスターも私の発言に驚き目を見開く。
「さっきから殺すって言ってるけどどうやって封印を解くの?そもそも封印を解いた所で私が生きてる保証はあるの?そもそも、この世界は弱肉強食。弱い者は強い者に淘汰されるもの。自分の命は自分で守るのが当たり前でしょう?なんで私が他人の命の心配をしないといけないの?私の心配をしてくれるものは誰もいないのに?おかしくない?」
私は棺を見下ろし、凍てつくほどの冷たい視線を向ける。
私がローズになる前、花王美桜だった頃の人生では誰かから心配されたことはない。
無償の愛とやらをもらったことがない。
もらった者達はそれを返そうとする。もちろん全員ではないが。
でもそれを当たり前と感じ他人に強要し、もらえなければ暴力をふるう。
そんなクズもいる。
それなのに、どうして一度ももらえなかった私が他人の命の心配しないといけないの?
どうして私が心配すると思えるの?
ルネの考え方は私には理解できなかった。
正確に言えば、理解はできるがそんな人間になりたいとは思わなかった。
私は、私さえよければそれでいいと本気でそう思っていたから。
「お前は本当に人間か……?」
ルネは生まれて初めて人間に恐怖を感じた。
ルネが恐怖を感じたのはこれで二度目。
一度目は地獄の王。閻魔。
その座を奪おうとして反乱を起こしたが、閻魔の本気に為す術なく負けた。
そして地獄の秩序を乱した罰として封印された。
閻魔には勝てなかったが、他の者に負ける自信はない。
もちろん、今ここにいる人間にも。
なのに、どうしてか彼女を怖いと感じた。
本気の戦いをすれば間違いなく勝てるのに、本能がこいつと戦ってはいけないと警告していた。
「当然でしょう?人間じゃなかったら何になるわけ?それで、言いたいことは終わった?作業再開していい?」
違う瓶の蓋を開けて液体を流し込もうとする。
「待て!それはやめろ!お前のせいでこの中めっちゃくちゃ臭いんだぞ!吐きそうなくらい!」
「それは……ドンマイ。でも、私には関係ないから」
そう言って杭を外し流し込もうとすると「契約しよう!」と言われる。
「契約?なんで?私にメリットがないわ。それにもう他の人?と契約したし」
妖精は人じゃないな、と思いながらもなんて言えばいいかわからず訂正はしなかった。
「メリットならある!俺は悪魔の王だ。そんな俺と契約すれば戦う必要はなくなる。いや、悪魔のほとんどが味方になる。どうだ。悪い話じゃないだろう?」
ルネは契約したら契約者を殺せなくなるが、手下に殺させればいいと思い提案する。
とりあえず今は何より、このふざけた嫌がらせを辞めさせるのが先だった。
「……」
「何だ?何が不満だ?こんないい条件は他にないぞ」
ルネの言葉にアイリーンはその条件の何倍もいいけどな、と思ってしまう。
「まぁ、契約するのはいいけど。今から作成する契約書にサインしてくれるならいいよ。悪魔は一度した契約は絶対守るんでしょう?」
「……わかった。早く作成しろ」
契約書を書くため念の為持ってきていた巻物とペンを出す。
'まさか、最初からこれが目的だったのか!'
アスターは巻物に隙間なんて全くない契約書が作成されていくのを見てそう思う。
「いや、さすがにそれはない」と否定したくてもどうしても嬉々とした表情をするローズを見ると否定できなくなる。
「おい!まだか!どれだけ時間をかけるつもりだ!」
一時間経過し、さすがにこれ以上は待てないとルネが声を荒げる。
「うるさいわね。今終わったわ。それじゃあ、契約内容を読み上げていくから問題なかったらサインしてね」
そう言って契約内容を読み上げようとすると「やめろ!あれだけ時間をかけて作ったものを読むな!どうせただの嫌がらせだろ!さっさとサインさせろ!臭くて敵わん!」と言われてしまう。
「……本当にいいの?あとで文句を言っても一度交わしたものは取り消せないよ?」
「うるさい!さっさとしろ!」
ルネはどうせ嫌がらせのためにわざと時間をかけただけで、大した契約内容ではないと思いそう言った。
「わかったわ。あなたがそれでいいなら私はもう何も言わないわ。ここにサインして」
私は右手がある場所の杭を抜きその穴の上にサインするところを持ってくる。
「おい!そこじゃ駄目だ。目を使ってサインするから目のところにしろ!」
「……はい、はい」
言いたいことは色々あったが、それはサインが終わったあとにすればいいと思い耐える。
言われた通り目のところの杭を取り、契約書を置く。
「終わったぞ」
「血判もして」
「……なぜだ」
「してくれないなら、この契約は無効よ」
悪魔にとっての血判は契約より上。
決して裏切らないという意味になる。
契約は契約書が死ねば終わりだが、血判は死んでもその約束を守り続けなければならない。
私はラブロマンスの方の小説で悪魔の契約と血判の違いが書かれた内容を読んでいたので知っている。
確か、低級悪魔が人間の女性に惚れ死んだあとも守り続けた。
その優しさに感動した聖女のヒロインが悪魔の魂を浄化し、来世ではその女性と種族の差がない恋愛ができるようにしたという感動エピソードとして書かれた場面だ。
読者の中では人気らしいが、私には何故人気になるのか理解できなかった。
寧ろ、種族の壁を超えた愛を育んだ二人の方が感動する場面になるのではと首を傾げた。
よくわからない感動エピソードだと思ったが、こんなところでその話が役に立つとは予想もしなかった。
ちゃんと読んでおいて良かったと思う。
「……わかった。すればいいんだろ」
断れば間違いなく更なる封印が施される。
これ以上、棺の中で過ごすのは嫌だった。
外の世界に触れたかった。
だから契約者を殺せなくなったとしても良かった。
計画を変更して悪魔の恐ろしさを教え込み、いいなりにすれば問題ないから。
「これで、契約書はもんだいないわね。それじゃあ、早く私の体に契約の印をつけなさい」
「わかった。手を棺の上に置け」
私は言われた通り棺の上に手を置く。
すると棺の上に魔法陣が現れた。
禍々しいオーラを放っていたが敵意は感じない。
問題ないと判断し、そのまま手を乗せる。
「終わったぞ。これで契約は完了した」
ルネが言うように私の右手には赤い紋章が刻まれていた。
「ねぇ、これずっとあるの?困るんだけど。どうやったら消えるわけ?」
このままだと悪魔と契約したことがすぐにわかる。
できれば隠し通したい。
妖精王と契約したことがバレても面倒なのに、悪魔と契約したこともバレたらさらに面倒なことになる。
それにこの紋章は私の趣味ではないので、今すぐ消したい。
「望めば消える。だが何故消したがる?悪魔と契約できるのは選ばれた人間だけだぞ。それも俺のような高貴な悪魔と契約できるのは稀だぞ」
ルネには私の考えていることが全く理解できなかった。
「だから?他の人はそうでも私は違うのよ。あ、あんたもこれからは低級悪魔みたいな格好してもらうからそのつもりで」
「は……?」
ルネは言っている意味がわからず固まる。
聞き間違いかと思い、スルーすることにした。
「お、本当だ。消えたわ。あー、良かった。あんな趣味の悪いのずっと手のひらにあったら最悪だったしね」
「……」
趣味の悪い、その言葉を聞いた瞬間、ルネの心はズタズタにされた。
今日だけでどれだけ屈辱を受けたかわからない。
できることなら今すぐ殺したい。
それくらいローズに対して殺意が湧いた。
「さてと、そろそろ封印を解きましょうか」
私は立ち上がり棺を見下ろすながら言う。