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銭湯


領地民と契約して一カ月。


男爵達が皇宮から帰ってきた。


男爵は領地に入るなり、二ヶ月前とは比べものにならないほど活気のある人々に驚かされる。


一体どんな魔法を使えば彼らの顔に溢れんばかり笑顔が出てくるのかと。


男爵は馬車を降り歩く。


夫人もアスターもそのあとに続く。


二人も男爵と同じ気持ちで一体いまこの町に何が起きているのかと。


そのときローズの声が聞こえた。


『ただいまより昼休憩の時間にはいる。全員作業やめ!』


姿は見えないが声は聞こえる。


これは多分魔法で領地全体に声を届かせているのだと気づく。


周囲にいた領地民達はローズの言葉に従い作業をやめ、休憩をする。


「お嬢様。今度は何をしたのですか?」


その光景を見て呟いたアスターの言葉は、誰にも届くことなく静かに消えていく。




「お父様。お母様。いつお帰りになられたんですか?申し訳ありません。お出迎えできずに」


二人の姿をたまたま作業の手を止めたとき、視線を感じた方を見るとそこに二人がいた。


後ろにアスターがいるのも見えた。


「アスターもお帰り。お勤めご苦労様」


私はアスターに笑いかけるが、ゾッとした顔を向けられ「このヤロー」と殴りたくなる。


「いや、そんなことは気にしなくていい。それより私達が王宮から帰ってくるまで間に何があったのか説明してくれ」


男爵は今起きていることが気になりすぎてそっちの方が知りたくて仕方なかった。


「もちろんです。ですが、その前に温泉に入りましょう。まずは体を綺麗にして、そのあとに詳しくお話しします」


「あ、そうだな。それより'おんせん'とはなんだ?」


「そちらも今からご説明します。移動しましょう。アイリーン。悪いけどオリバーを呼んできてくれる」


「はい。もちろんです。ご主人様」


アイリーンは文句一つ言わず笑顔で返事をしてくれる。


彼女のお陰でどれだけ作業が楽になるになったか。


感謝してもしきれない。


ご褒美に後でスイーツでも作ってやろうと後ろ姿を見ながら思う。




「これは……?」


移動してある建物の前に案内される。


男爵はこの建物が何か想像もできず混乱する。


「これは領地民達のためのお風呂です。正確に言えば温泉です。私が作ったんです。今日からオープンするんですが、今から女風呂と男風呂の点検をしようと考えていたんです。よろしければそれを踏まえてになりますが、お客様第一号になってください」


そう。この建物は日本の銭湯をイメージした作りになっている。


従業員達も騎士達もそれぞれ仕事があるので、これは私とアイリーンだけで作った。


本来なら一人で作るのは無理だが、妖精王の力があれば一ヶ月で完成させるのも可能だ。


「お父様さえよければ、アスターとオリバーと一緒でもいいでしょうか?」


男爵にだけに聞こえる声で言う。


「もちろんだ。二人とも私の大切な子だからな」


さすが主人公二人が最後まで忠誠を誓った男。


いい人間だ。


「お母様は私と入りましょう。入り方の説明は私がします。お父様とアスターはオリバーから聞いてください」


「わかった」


「はい」


それから簡単に温泉は何か説明していると、オリバーがきた。


「旦那様。奥様。お帰りなさいませ。お出迎えできずに申し訳ありません」


農業の方にいたので男爵達が帰ってきたことに気づかなかった。


「気にしなくていい。仕事中なのに呼び出してすまないな」


「そうよ。気にしないで」


「ありがとうございます」


二人の気遣いに感謝する。


それからアスターの方を向き「お勤めご苦労様。お帰り」と声をかける。


「ああ。さっき帰った」


オリバーは淡々と答える。


「それじゃあ、オリバーもきたことですし温泉に入りましょう。オリバーは二人に入り方を教えてね。お母様とアイリーン。私達はいきましよう。女湯はこっちです」


私はオリバーの返事を待たずに建物の中に入り、女湯と書かれた方へと進む。


「え!?お、お嬢様!?ちょ、待ってください!」


そう叫ぶもすでに遅し。


ローズは中に入っていった。


一介の使用人が貴族の裸を見るなど許されない。


ましてや一緒の湯に浸かるなど。


なんてことをしてくれるんだ、と文句を言いたいがその相手はさっさと中に入ってもういない。


「オリバー。それでどう入るのだ?それにしても二人と裸の付き合いをするようになるとは思わなかったな。長生きはするものだな」


「ハハッ。そうですね……」


オリバーは諦めた。


尊敬する人がこう言っているのだから問題はないはずだ。


そう思って考えることを放棄した。


「……!」


アスターは男爵の言葉を聞いてようやくみんなで風呂に入ることを知った。


一人ずつ入るものだと思っていたので、男爵の発言に言葉を失う。


どいうことだとローズに聞きたいのに本人はいない、オリバーに聞こうにも全てを諦めたような顔していた。


どうするべき悩んでいると男爵の手が背中を押す。


「さぁ。私達も入ろうか」


その言葉にアスターも諦めて流れに身をまかすことにした。


「オリバー。これは何だ?」


男湯の書かれたのれんをくぐり最初に目に入ったロッカーを目にして何か尋ねる。


「これは自身の服をしまうものです。他の人に盗まれたりしないよう鍵もついています。それとこちらは風呂から上がったときの服になります。お嬢様がお二人のために作ったものなので上がったらきてあげてください」


二人はオリバーから服を受け取る。


「そうか。ローズが。後で礼を言わなければない」


男爵は目頭が熱くなり涙が溢れそうになった。


「……」


アスターも後でお礼を言おうと大事にロッカーに服をしまう。


「では、入りましょうか」


ドアを開け中に入る。


「これが風呂なのか?とても広いな」


男爵家にある風呂の10倍以上広くて驚く。


「はい。一回に30人が入れる広さにしたそうです」


「30人!?それならこの広さも納得だな。ん?これは何だ?それにこれは椅子か?こっちは桶か?なぜこれが風呂の中にあるのだ?」


男爵は屋敷の中にある風呂との作りの違いに好奇心が掻き立てられる。


「これは魔法陣で水が出てくるよう設定されています。使い方をお見せします」


そう言うとオリバーは椅子に座る。


「まず、この赤と青の陣なんですか水の温度を示しています。赤は温かい水、青は冷たい水です。赤い方を押すとここから水が出てきます。その水を桶で受け止めます。水は桶がいっぱいになる量で自動に止まるよう設定されています」


説明しながら操作する。


「なるほど。私もやってみてもいいか?」


男爵は少年のように目を輝かせる。


「はい。ぜひ」


「どれどれ……」


男爵は椅子に座ると桶を水が出てくるとこにセットし、赤い魔法陣に触れる。


すると温かい水が桶に溜まっていく。


「お〜!これはすごいな!こんなアイディアを思いつくなんてローズは本当に変わったのだな」


男爵はここでもローズの成長ぶりを感じ嬉しくなる。


「……」

「……」


二人は何と声をかけたらいいのかわからず黙り込む。


オリバーはローズの正体を疑っているし、アスターは偽物だと気づいている。


二人とも今ここでそのことについて言うべきか悩む。


もし、ローズが偽物だと知ったら男爵はどうするのか。


きっと殺しはしない。


だけどこれまで通りには接しない。


今偽物のローズを失うのは男爵家にとっていいことは何もない。


そう言い聞かして二人は何も話さないことにした。

 



「はぁ。気持ちいいわ」


夫人は体を洗い、温泉に浸かると気持ちよさそうな顔をする。


「気に入っていただけたみたいで嬉しいです。近いうちに男爵家の敷地内に温泉に入れる場所を作ろうと思っています」


「本当!?それは嬉しいわ!こんなに気持ちいいなら毎日入りたいもの。それにしても風呂に入るのがこれほどいいものだとは知らなかったわ。昔は面倒くさいと思っていたけど、この気持ちよさを知ったら二度と戻れないわね」


すっかり風呂の気持ちよさの虜になる。


「お母様にそう言っていただけて嬉しいです」


「ローズ。あなたは私達の自慢の子よ。本当に感謝してるわ」


ここ数ヶ月で男爵家は大きく変わった。


借金返済。風呂に入って体を清潔にする。甘味料の発見。妖精と契約し水の確保。


「……これからも自慢の子でいられるよう精進します」


複雑な気持ちになる。


私は両親に捨てられた。


一度も愛されなかった。


中学のときに両親は別々に会いにきたが、それは私を売って金に変えようとしたからで愛していたからではない。


他人の体に憑依して初めて親の温もりを知った。


だが、これは本来自分が受け取るべき言葉ではない。


何故だろうか。


これは私が成し遂げたことで当然のことなのに、心が痛くて張り裂けそうだった。

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