甘味料
「……今なんと申した」
国王が尋ねる。
男爵の言葉を聞いた者達は皆信じられずこれでもかというくらい目を見開いた。
貴族達は本当は今すぐ男爵に詰め寄って詳しく話しを聞きたかったが、国王がいる手前そんなことはできず黙って男爵が続きを話すのを待つしかない。
「新しい甘味料を発見しました、と申しました」
男爵は国王の顔が険しくなっていくのをみて、何かやらかしたのかと不安になる。
「……それは真なのだな」
もし、それが本当なら他国から高値で砂糖を買う必要がなくなる。
物によればこちらが他国に高値で売りつけることもできる。
国王は期待に満ちた目で男爵を見る。
「はい。今回のお詫びに我が領地で採れた甘味料を陛下に献上いたします」
男爵は自身が持っていた小さな箱の蓋を開け中身を見せる。
「……?」
箱には二つの瓶が入っていた。
遠くからではよく見えないが色が違うのが見え、二種類もあるのかと喜ぶ。
この光景を見ていた貴族達は国王だけずるいとと羨ましそうな目で見ていた。
「この甘味料は右側にあるのをメープルシロップ。左側にあるのをメープルシュガーと言います」
「その二つの甘味料は元々同じ原料からできているのか?」
国王は二つの甘味料の名前に「メープル」がついていてそう思い尋ねる。
「はい。左様です」
「一体どんな味か気になる。こちらに持ってこい」
国王は我慢できずに味見することにした。
「はい」
男爵は許可が出たので国王の側までいく。
「どうぞ」
箱を国王の前に出す。
「うむ。こちらがメープルシロップだったな」
国王はメープルシロップの瓶を開け、使用人から受け取ったスプーンに垂らし味見をする」
「……!」
国王はメープルシロップを口に含み、あまりの美味しさに虜になる。
「うまいっ!」
もう一口と思い、またスプーンに垂らす。
国王の蕩けるような顔に貴族達は自分達も食べたいと思い始める。
「……次はメープルシュガーの方にするか」
これ以上食べればあっという間になくなると思い、もう一つの瓶に手を伸ばす。
同じようにスプーンに落とし口に運ぶ。
「んっ!これはっ!」
国王は驚いた。
どうせ砂糖だからいつものと対して変わらないだろうと思っていたのだが、まろやかで上品で深みと味わいのある甘さを感じた。
これはいい!ものすごくいい!
国王はすっかりメープルの虜になった。
この話し合いが終わったら早速今からこの甘味料を使ったスイーツを作らせようと思った。
「スカーレット男爵。とても素晴らしい発見をしたな」
「ありがとうございます」
国王に褒められ喜ぶ。
「それでだ……」
国王は軽く咳払いをして男爵にだけ聞こえるように話しかける。
「この甘味料はあとどれくらい残っているのだ?」
国王全部買い占めようと思い、誰にも聞かれないよう尋ねるが、貴族達はすぐに国王が独り占めするつもりだとわかった。
だが、文句など言えるはずもなく黙っていることしかできない。
「申し訳ありません。それは娘にしかわからないものでして……」
「これは令嬢が発見したのか?」
国王は信じられず思わずそう聞いてしまう。
「はい。左様です」
「では、この甘味料を作ったのも」
「はい。娘でございます」
「……」
信じられなかった。
たかが男爵家の娘が国の危機を救い、新たな甘味料の原料を見つけ、さらに甘味料を作ったなど到底信じられる話ではない。
他の貴族達も同じ気持ちだったのか、目を見開いて固まっていた。
「そうか。後日、令嬢に聞くしかないか」
国王は今回は諦め、次回大量に持って来させようと決めこの話しを終わらそうとしたが、アスターが口を開き耳を傾けることした。
「陛下。発言の許可を求めます」
「構わん。なんだ」
アスターが今このタイミングで口を開いたのには何か理由があると思い発言の許可を出す。
「お嬢様から陛下への手紙をお預かりしました。本当は自身の口から伝えたかったようですが、体調が優れないため手紙で伝えるご無礼をどうかお許しくださいと申しておりました」
全くそんなことは言ってなかったが、スカーレット家のイメージを壊させないためにそう言ったのだが、何故かローズの名誉を守る形になり釈然としない。
「こちらにもってこい」
アスターは国王に手紙を渡す。
国王は手紙を受け取り内容を確認する。
暫く手紙を見ていたが、よっぽどおかしいことが書かれているのか急に大声で笑い出した。
一体何が書かれていたのかと全員が手紙の内容を知りたがった。
「スカーレット男爵」
「はい」
声と口調は柔らかく優しいが、なぜか緊張して声が裏返る。
「借金はいくらある?」
「え……あ、はい。その、お恥ずかしながら200万円あります」
借金のことをいきなり聞かれ、動揺して失礼な態度をとってしまう。
すぐに謝罪しようと口を開くが、それより先に国王が声を出した。
「では、私がその代金を払おう」
「陛下!?」
王族や貴族にとって200万円は大した金額ではないが、さすがに黙っていることができなかったフリージア侯爵は口を挟む。
「心配するな。これはビジネスだ」
そうピシャリと言われ、それ以上は何も言えなくなる。
だがフリージアは今のビジネスという言葉で手紙に何が書かれているのか大体把握した。
そしてこう思った。
男爵の娘はとんだ策略家だな、と。
フリージアはここからは黙ってことの成り行きを見届けることにした。
「アスターと言ったな」
「はい」
「持ってきた物を見せてくれ」
「はい」
そう言うと箱を国王の前まで持っていき蓋を開ける。
「メープルシロップ。メープルシュガー。どちらも12本をあります。それとこちらはお嬢様が考えたスイーツのレシピになります」
アスターは声が震えそうになるのを何とか耐え最後まで言い切る。
ここまで全てローズが言った通りの展開になっていて驚きを隠せなかった。
'本当に彼女は何者なんだ?あの知識の数々は一体どこで手に入れたんだ?
アスターはローズの中にいる人物の正体が気になりすぎて、目の前に国王がいるというのに自分の世界に入っていた。
「有り難く今から早速使わせてもらおう。令嬢が考えたスイーツがどれほど美味しいのか今から楽しみだ」
国王は早くこの話し合いを終わらせてホットケーキを食べたかった。
本当はも少し裏切り者達のことや甘味料のことを詳しく聞きたかったが、どちらも令嬢がいないので無理だな、と無理矢理自分を納得させ今回の裏切り者の事件を終わらすことにした。
国王は話し合いの終了を宣言するなり、駆け足で誰よりも早く部屋から出ていく。
全員がこのとき同じことを思った。
'そんなにホットケーキ(令嬢からもらったレシピのスイーツ)が食べたいのか'
男爵達も国王の後に続き部屋から出ようとしたら、貴族達に話しかけられ足を止めるしかなかった。
貴族達は教えてくれと懇願するが、これはローズがしていることで男爵は何も知らない。
例え知っていても教えないが。
これは娘が自らの力で一から一人で成し遂げた偉業だ。
誰にも邪魔はされたくなかった。
あんなに問題児だったのに、今では立派に成長し、彼女だけの力で借金を返済した。
諦め見捨てた自分が恥ずかしくなる。
ローズは借金した父親を見捨てなかったのに。
これ以上ローズの負担になりたくなくて、せめてこの事業だけは守ってみせると決意し、貴族達の質問には全て「知らない」と答えた。
中には使えない奴と蔑む者もいたが、ローズの事業を守れたと思うと誇らしかった。
久しぶりに胸を張って堂々と歩くことができた。
男爵はこの場にいないローズに何度も心の中でお礼を言った。
「ふん。いい買い物をした。これでこの甘味料は全て私のものだ」
国王は鼻歌を歌いながら箱を大事そうに持ち厨房へと向かう。
200万円で新たな甘味料を独り占めし、レシピまで手に入れた。
こんな安い買い物はないと国王は久しぶりにいい買い物ができたと喜ぶ。