ホットケーキ 2
「みんなそんな怯えたような顔しないで。いきなり呼び出されて不安なのはわかるけど」
食堂に呼ぶも、使用人達も騎士達も用意された椅子に座ろうとしない。
正確には座れない。
ここは男爵家の者が食べる場所で自分達が座るなんて許されない。
そう思って座れない。
だが一番の理由はローズの顔が怖くて何かされるのではないかと思い座りたくなかった。
「……ねぇ、なんであんな怯えてるの?」
小声で隣にいるアスターに声をかける。
「顔が怖いからではないですか?」
'元々遠慮はなかったが、最近さらに遠慮がなくなってきたわね'
アスターの棘がのある言葉に文句を言いたくなるが、ここでそうすれば更に彼らが怖がるのが目に見えて我慢する。
「仕方ない。無理矢理座らせるか」
そう言うと私は笑って話しかける。
「みんな。遠慮しないで座って」
「はい!」
使用人も騎士達も私がそう言うと今度は席に座った。
逆らえば殺されると思って。
ローズの笑顔が悪魔が人を殺すときにするようなものに見えて従うしかなかった。
悪魔の笑みなど彼らは見たことはないが、きっとこんな感じだろうと全員が思った。
「ふふん。やっぱり、笑顔が一番ね」
アスターに「悪魔のような顔」「悪党の顔」と笑うたびに言われるので笑えば言うことを聞くと確信していた。
「……やっぱり、お嬢様は悪魔ですね」
アスターは笑いながら毒を吐く。
「ハハッ。イケメンだからって何を言っても許されると思うなよ」
「ありがとうございます」
「……」
貶したのに笑顔で礼を言われ何も言い返したくなくなる。
それに脇役が主人公に顔で勝つことは絶対にできないとわかっているので、これ以上言っても私だけダメージを負うのは目に見えている。
そうなると残った手段は何も言わない。それだけ。
私はアスターをキッと睨んでから、上座(普段は男爵が座る場所)へと向かう。
「今回、私が皆さんを呼んだ理由は一つです。真面目に働いている皆さんにご褒美を上げたくてここに来てもらいました」
ローズのイメージを変えるため丁寧な口調で話す。
「ご褒美ですか……?」
騎士の一人がそう言う。
「ええ。ご褒美です」
私はニヤッと笑い、二回手を叩く。
すると料理人達が入ってきて彼らの前にホットケーキと小皿に入った、メープルシロップとバターを置いていく。
料理人達は全員の前に置くと自分達の分を持って席に着く。
「お嬢様。これはなんですか?とてもいい匂いがします」
メイドの一人が気になって尋ねる。
「大きいお皿に乗っている丸いのはホットケーキと言うスイーツよ。小皿に入っている白い塊はみんなも知っているバター。その隣の液体はメープルシロップと言って甘味料よ」
「……!」
私が「メープルシロップが甘味料」と言うとこれでもかというくらい目を見開いて驚く。
それも仕方ない。
砂糖以外の甘味料が発見されたなんて信じられない。
それも少し前まで問題児だったローズが見つけたとなれば、疑われるのは必然。
'うわー。何考えてるか簡単にわかるわー。久しぶりすぎてナキソウニナル'
これっぽっちも悲しくはないが、疑われるというのはあまりいい気分ではない。
「信じられないのはわかるけど、食べてみて。とても美味しいから」
私はさっさとみんなにホットケーキを食べさして、問題児とういうイメージを払拭しようとする。
「お嬢様。これはどうやって食べるのですか?」
私が食べていいと言うのを今か今かと待っていたアスターは許可が出ると、すぐに食べ方を聞いてきた。
せっかくなら美味しく食べたいのでローズに聞く。
「それは好みで変わるわね。そのまま食べる人もいれば、バターで食べる人、メープルシロップをかけて食べる人もいる。バターとメープル両方かけて食べる人もいるわ。初めてだし、全部試してもいいと思うわ」
「そうですか。では、いただきます」
そう言うとアスターは最初に何もかけずに食べる。
次にバター、メープルシロップ、両方という順番で食べあっという間に完食する。
「どう?美味しかった?」
私はにやけながら尋ねる。
「はい。とても美味しかったです」
スイーツがこんなに美味しいとは知らなかった。
もっと食べたくなる。
「お嬢様。おかわりが欲しいです」
「あー、少し残ってるしいいよ」
本当は自分が食べたかったが、この後アスターには頼みごとをするので少しだけあげることにした。
「ありがとうございます」
アスターはホットケーキを皿に乗せ、また食べ始まる。
アスターの幸せそうな顔を見てオリバーと料理人達は我慢できずに食べ出す。
あっという間に完食し、おかわりを要求するも気づけばアスターとアイリーンに全部食べられていた。
私がアスターと話している時アイリーンも食べていて、アスターがおかわりを要求して許可を貰うと自分もおかわりしていいと思い食べていた。
あまりの美味しさに夢中になって食べていると、気づけばおかわりに残していたホットケーキが全部なくなっていた。
'まじか……'
空になった皿を呆然と眺める。
私が意識をとばしている間、使用人達と騎士達もホットケーキの美味しさに夢中になって食べていた。
私を称賛する言葉を彼らは言っていたが、おかわりできないショックが大きすぎてそれどころではなかった。
「それでこのホットケーキはどうだったかしら?このメープルシロップを使って事業を起こそうと思ってるの。みんなの忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
成功するとわかっているが、彼らとの距離を縮めるため敢えて意見を求める。
それともう一つ狙いがあるため。
「私はとても美味しかったです。初めてスイーツを食べました。これほど美味しいものだとは知りませんでした。私は間違いなく売れると思います。賛成です」
メイドの一人が勇気を出して意見を口にする。
それを皮切りに皆が自分の意見を言っていく。
「……つまり、みんな事業を起こすことに賛成ってことね」
「はい!」
「ありがとう。みんなのお陰で自信がついたわ。成功したあかつきにはもっと美味しいものを作ると約束するわ」
私がそう言うと嬉しそうに歓声を上げる。
ただ一人を除いて。
「じゃあ、仕事に戻って。残りの時間もしっかり働いてね」
「はい!」
全員胃袋を完全に掴まれ、ホットケーキのおかげで問題児のイメージをほぼ払拭できた。