*注意書き
「なあ、編集S君よ」
「なんですか、先生」
「最近、コンビニで驚かさせられたことがあってね」
「先生、何で僕がここにいるかお忘れですか?」
「まあまあ、そんな怒らなくてもいいじゃないか。
追い込まれて黙々と仕事ができるなんてのは一部の天才か一部の変態だけさ。
私はちょっと気分を変えたいだけなんだ」
「はぁ、じゃあ続きをどうぞ」
「うん、実は先日コンビニの、よくあるだろ?空気砲みたいな箱に腕を突っ込んで三角形のくじを引く奴。あれで珍しくあたりをとってだね」
「おお、何等だったんですか?」
「5等だった。__なんだその顔は」
「いえ、それが驚かさせられたことですか?」
「そんなわけないだろう!私とて一応は作家だ。碌なオチもない話はしない。たとえオチがなかったとしても書き方次第で読者などいくらでも騙せる、ふはははは」
「…………」
「そんな顔しなくてもいいだろ。まあいいや、今のは起承転結で言う「起」だよ。
5等は500mlのペットボトル飲料の無料券だった。
さて、ここからが「承」なのだが、私は普段お茶か珈琲ぐらいしか飲まないのだがくじに当たった事で気分も高揚し折角だからいつもと違う物を、とカル○スを手に取った」
「○ルぴスですか。美味しいですよね」
「うん、確かにカルピ○は美味しかったが、勿論私が幼稚園児のような感想を言うためにここまで話を続けてきたわけでないから安心するといい」
「それを聞いてホッとしました」
「君はちょくちょく失礼だな、いつかそれが身をほろぼすぞ
まあ、それでなんだが最近のペットボトルというのは凄いな。そのままでも凍らせられるらしい。
全く技術の進歩は日進月歩だよ」
「はあ、それが言いたかったことですか」
「君もしかして早く話を切り上げようとしているのか?そんなわけないだろ。
ここからが本題だ」「前置き長いな」「何か言ったか」「いいえ、どうぞ先を」
「うん、僕も活字中毒者の自負があるのだが字の羅列を見るとついつい読まずにはいられない。
という訳でペットボトルの側面に書かれている注意書きをついつい目で追っていた」
「はあ」
「すると、そこにびっくりするような忠告文があったんだよ」
「このペットボトルは爆発します、とか?」
「馬鹿を言うな。だったら君に話す前に消費者コールセンターに電話するよ。
__君、あまり口を挟まないでくれよ、これじゃいつまで経っても終わらないじゃないか」
「………」
「そうそう、それでいい。
それでその驚くべき注意文というのは、『解凍時、水滴による濡れにご注意ください』とあったんだ」
「………」
「いや、だって君、つまりは結露だよ!?
そんな子供でも分かることじゃないか、『僕らは酸素がなきゃ死にます』って書いてあるようなもんじゃないか!、、いや、それは言いすぎたな。でもとにかくある程度生きてたら分かることだし、そもそも水の状態変化なぞは小学校理科の範囲だろ?
私は愕然としたね、狭いラベルにそんな事まで記載しなきゃならないなら、そりゃ注意文が年々読みづらくなるのも当たり前だ」
「………」
「おい、喋っていいぞ」
「先生、それは文字が小さくなっているのではなく老化です」
「言うに事欠いてそれか」
「しかし、それは私も思っていました。
昨今の世の中は他人の指摘を恐れ過ぎている」
「いいや、違う。私が言いたいことは逆だよ。
つまり我々ももっと世間に対するスタイルを改めた方がいいのではないか?」
「はあ」
「以前読んだ小説なのだが、ある作家が男に電車で因縁をつけられたそうだ。
男が言うには、そいつの書いた本と同じように人を殺したが、本には殺した後こんなに苦しい罪悪感や後悔の念に襲われるとは書いてなかった。
知っていれば、殺したりはしなかった、と」
「典型的な逆恨みですね」
「うん、まあ私も責任転嫁も甚だしいと憤慨したが、もしかしたら私達の方にも問題があったのかもしれない。
つまり、小説では殺人やそれに続く隠蔽行為がいとも簡単に行われている。
衝動的に犯罪を犯した者でも元々予習していたのかと疑うほどに順応性が高い。
ところが実際には、死体は恐ろしく重いし、自分が作り出したとは言え薄気味悪い。日頃運動をしなかったツケで体は悲鳴をあげている。
背中はびっしりと冷たい汗で濡れていて、気が緩んだら朝食を戻してしまいそうだ。
それに何より慌てふためきあがりにあがって、隠蔽だとかアリバイとかそんな事考える余裕などない。
叫び出したいのを抑えるので精一杯だ。
これでは事実との乖離も甚だしい。
編集社に抗議の電話がいくのも仕方がないとさえ思える。
せめて、巻頭か後書きにでもこう一言入れるべきじゃないか?
『*これらの行為は思っている以上に骨が折れます。生半可な覚悟の方にはおすすめしません。
*体力と知力、それから最後まで折れない不屈の精神を必要とします。ご了承ください』」
「先生、それはそれで炎上しかねません。
そもそも、殺人をしないように促しましょうよ」
「だが、もうしてしまったよ」
そこまで書いて、僕はふうと息を吐いた。
無我夢中になっていたせいで手と背中が痛い。プレッシャーにやられると、いつもこうやって創作に逃げてしまう。僕の悪い癖だ、現実逃避をしていないでさっさとやる事をやらなくては。
さて、どうしたものか、
好みで言えば、セイヤーズのデビュー作だがあれは条件が特殊だ。
また、女房を屍蝋化して店に飾った薬屋ほど豪胆でもなければ、そこに野垂れているのは太鼓腹の中年男だから部屋のオブジェクトにしても目の保養とはいかない。
そもそも、彼が糸切り歯の似合う妖艶な美女であれば嫌味の一つや二つでカーッとなったりはしなかっただろうが。
となると、ここは古典的に黒猫でいくとするか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。