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第五話「家族」

×××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 家族。

 

 その事を考えると、昔の記憶が断片的に出てくる。

 

 俺がバカなことをすると、時に厳しく、時に優しく接してくれた母親。

 俺が頑張ったら、時に褒めて、時に応援してくれていた父親。

 そして、俺を慕って、どんな話も目を輝かせて聞いてくれていた弟。

 幸せだった記憶が、浮かび上がってくる。


 そのせいだろうか。

 今の家族に対して、自分がその一員であるという実感が湧かない。

 特に最近は、自身の成長が楽しくて、彼らに意識を向ける事が少なかった。


 今の家族の印象は以前と変わらない。

 ダディはジッと、何かを確かめるように俺を見てくる。

 マミィはいつも、俺に対して無理して笑ってくる。

 兄ちゃんと叔母さんは、いっつも笑顔で俺と接してくれるが、叔母さんの娘はダディと同じように目線は冷ややかだ。


 意識したくなくても、昔の家族と比べてしまう。 

 居心地が悪い。


 だが、今の俺への対応がこの家庭では普通なのかもしれない。

 それに大きくなったら、変わるかもしれない。

 だから、それ以上意識しないようにしていた。

 家族たちの事を意識から外したのだ。

 そして、視界からも。

 

 そうしていた方が、楽だったから。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××

 


 「ア〜リアッ!スゥゥ〜〜〜!!!」

 「あぅぅーう〜」

 「〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〜!!」

 「うぅぶぅ」

 「〇〇〜!!〇〇〇〇〇〇〜〜!!」

 

 マミィに俺の瞬間移動テレポートが見られてから、いつの間にか次の日になっていた。


 我が家の太陽、兄ちゃんの笑顔は変わらなかった。

 朝起きて、いつも俺の名前を呼びながら笑顔で話しかけてくれる。

 こっちは頑張って話そうとしても言葉にならないのに、にいちゃんはいっつも話しかけてくれる。

 たまに、ほっぺをスリスリしすぎるてくるのがしつこい時はある。

 だが、今日も変わらず接してくれていた。


 「〇〇〇、〇〇〇〇〇〇」

 「〇ー〇!」

 「〇〇〇〇、アーリアス。〇〇〇〇〇〇〇〇〜!」

 「あーうぅ」


我が家の第二の太陽、叔母さんの笑顔も変わらなかった。

 兄ちゃんを言葉一つで俺から退けて、恰幅の良い身体で俺を包み込む。

 

 「〇〇〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇〜」

 「ううぅーぅうー」


 なんか笑顔で語りかけてくれるが、何も分からないから適当に相槌を打っておく。

 それに対して叔母さんは、めちゃくちゃ笑顔である。


 「〇〇〇〇〜〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇」

 「〇〜〇」

 「〇〇、〇〇〇。〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇」

 「〇〜〜〜」


 後ろにゆった髪をぴょんぴょこ揺らす叔母さんの快活娘ちゃんは朝食の準備をしているのか、叔母さんにあれこれ聞いている。

 

 「〇〇、アーリアス〇〇〇〇〇〇〜」

 「〇〜、〇〇〇〇」


 快活娘ちゃんは叔母さんに呼ばれたようで、こっちへやってくる。

 そして、俺をジッと見てくる。

 

 「〇〇〇」

 「・・・あーぅ」

 「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇」

 「〇〜、〇〇〇、〇〇〜」


 俺のおでこをツンと突いて、一言だけ話してくれた。

 呆気に取られたが何とか、言葉を返せた。

 おそらく、彼女なりの挨拶なのだろう。

 

 初めは冷たい目のように感じていたが、今はわかる。

 俺との距離感を掴めなかっただけのようだ。

 最近ではよく叔母さんのいない時に、何やら短く話しかけてくる。

 そして、おでこを指で突いて去る。


 前は少し分からなかったが、今は少しわかってホッとしてる。

 

 「〇〇〇〇」

 

 家の中で一番低い声が、聞こえた。

 その方向を見ると、我らが大黒柱のダディだった。

 朝はいつも、声からは力が抜けていた。

 だが、今日の声には力がこもっていた。

 

 そして、左の腰には剣を携えていた。

 いつも夜に出かける時に、持って行くための剣。

 そんな事はこれまで一度もなかったのに。


 「〇〇〇〇〇〇・・・・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇〇〇〇〇〇〇〇」

 「・・・・〇〇〇〇〇〇〇」

 「〇〇〇!〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇、〇〇〇。〇〇〇〇〇、〇〇、〇〇〇〇〇〇」

 「〇〇〜」


 さすがに叔母さんや快活娘ちゃんは気づいて反応する。

 叔母さんには冷たく言い放って、快活娘ちゃんには笑いつつも会話の途中で食卓へ向かって行こうとしていた。


 「あぅぅーうー!」


 ダディ。

 ふと、呼びたくなって呼んでみた。

 

 これは答え合わせだ。

 何もしない方が救われる、結果の予想がつく答え合わせ。

 でも、やらずにはいられなかった。

 そうでないと信じたくなかったから。


 ダディは俺の声を聞いた時は、いつもジッと見つめて、短く答えてくれていた。

 そして、今日も同じようにしてくれた。


 ジッと、俺の目を見て。

 冷めた顔で。

 左手の親指で、剣の鍔にわざわざ触れながら。


 「〇〇〇〇、アーリアス」


 その表情は、今までになかった。

 笑っているのに泣きそうで、顔は強張っているのに目は真っ直ぐで、いつもは引き締まった眉がハの字に垂れ下がっていた。



 それは俺と叔母さんしか見れていないほど、一瞬で。

 すぐに食卓のほうへ向かってしまう。


 やはり、昨日のことはダディには知られているようだ。

 おそらく、叔母さんにも知られているだろう。

 

 どうやらこの家、ここの常識にとって。

 あの瞬間移動テレポートや謎の手は、やはり異常だったようだ。


 それが証拠に。

 マミィは朝食に、顔を出さなかった。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 まだ自力でおすわりは出来ないが、瞬間移動テレポートを利用してのおすわりが出来るようになったおかげで、家族の動きを見えるようになった。


 叔母さんは家の掃除や、洗濯、食事の準備に俺の面倒まで見てくれている。

 午後には大抵、基本的な家事をを終わらしたようで、俺が見える位置で果物を使って何か作っている。

 おそらくジャムを作っているのだと思うが、見覚えのない木の実だった。


 ダディと兄ちゃん、快活娘ちゃんは、木剣を持って、家の外へ行っていた。

 いつも兄ちゃんは朝食後に寝転がっている俺に、挨拶をして出かけていたようだ。


 「〇〇〇〇〇〇、アーリアス」

 「あうぅー」


 何をしているかはわからないが、帰ってきた時には泥だらけであったり、傷だらけであったりしたので、稽古か何かと戦っているのだろう。

 今日もみんなは出て行った。


 そして、マミィは。


 一日中、俺の前に現れなかった。


 叔母さんが時折、俺のまだ知らない家の奥へと食事を持っていったりしているのを、何度か見た。


 そんな日は、今日だけだと思っていた。

 

 だけど、次の日も。

 次の日も。

 その次の日も、マミィは俺の前に現れなかった。


 マミィに瞬間移動テレポートを見られてから三日後には、瞬間移動テレポートによって身体を万全な状態にしなくても座れるようになった。


 おへそを見ながら、腕を伸ばして、足で無理矢理踏ん張ることで、出来た。

 寝返りより、だいぶ力技ではあったが、何度やっても成功するくらいにはマスターした。

 

 ・・・嬉しくない。

 以前のように葛藤も苦労もあったけど、機械的にその感情を処理していた。

 胸の中にあるのはマミィの行方と、ダディのあの顔。

 叔母さんが毎日この家で見かけるようにもなったし、トイレも、お風呂も、栄養補給も。

 全て叔母さんになった。


 三日は、あまりにも長く。

 毎朝会えなかったと思うたびに、心が痛くなった。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 四日目は、俺がダメだった。

 頭が痛い、身体が熱い。

 

 「〇〇〇〇〜アーリア、スゥ!!」

 「・・・・・ぅ」

 「アーリアス?・・・・・〇〇〇〇!アーリアス〇〇〇〇〇〇!!」

 

 いつもは兄ちゃんの朝の挨拶に返答出来るのに、声が出てこない。

 不思議な力が出てきた時と似た熱を感じるが、身体の感覚が全くわからない。

 

 身体の中心に熱があるのと、周囲に誰がいるかはわかる。

 それ以外の感覚は曖昧で、くぐもっていて、ぼやけている。


 「ぅ」


 とりあえず何か言おうとするが、呼吸がそれを邪魔してくる。

 というより、身体が強制的に呼吸を促している。

 今まで以上に、何も出来ない。


 家族達の声が沢山聞こえていたが、やがてそれが止んでいく。

 聞こえなくなっていく。

 何も考えられなくなっていく。



 意識が、遠くへいく。



 この感覚には覚えがある。

 眠ったとも、死んだとも言えない。

 不思議な状態。

 

 身体が動かないことだけはハッキリ意識出来ているのに、精神だけが十全に動いている、チグハグな感覚。


 強い、怒りが湧いてくる。

   

 ひどく不愉快で、とてつもない不快の感情が身体の全身を駆け巡っていく。

 これは今の俺の感情ではない。


 生前の俺の感情だ。

 今も不安や不快感はあるが、ここまでのものではない。


 過去の俺は、何をここまで怒っていたのか。

 何も記憶については思い出せない。


 いつもなら記憶と感情は一緒に思い出されるのに、今回は違う。

 ただただ、感情だけが身体を傷つけているかのように、駆け巡っていく。


 身体が動かないから、この怒りを発散することも出来ない。


 それゆえに辛い、苦しい、やめてくれ。

 誰か・・・・・誰か・・・・・・助けてくれ。


 「ーーーァーィァゥ」


 誰かが俺を呼んでいる。

  

 「ァーィァゥ」


 目を開けなくてもわかる。

 誰かがいる。

 誰かが、俺に話しかけている。


 何も出来ない。

 何も反応出来ない。

 息を吸うことだけしか、身体は動いてくれない。


 そんな何も出来ない俺の手を、誰かの手に包み込まれる。


 俺の反応を求めてもない、相手からの一方的な行動。

 大きく、柔らかく、優しい手。

 冷たい手が俺の手を包み込んで、気持ちいい。


 それが、誰かはわからない。

 だけど、ただ、ただ、嬉しかった。

 そう、嬉しかったんだ。

 だから、握りかえそうと思った。


 こんな小さい手では出来ないから、せめて、気持ちだけでも。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 目は開かない。

 でも、意識は覚醒しているようだ。

 

 周囲の声が聞こえてくる。


 「〇〇〇ーーーー」

 「〇〇〇〇〇〇ーー」

 「ーーーー〇〇〇〇」


 この声はマミィか?

 誰かと何かを話している。

 ただでさえ聞き取れない言葉なのに、耳が少しくぐもっていて、所々が全く聞こえない。


 だが、マミィと知らない男達が話しているのはわかる。

 一人は弱々しい声で、一人はしゃがれた声だ。

 今まで家で聞いたこともない、男の声だ。

 マミィは何かを伝えているようだが、男達からは溜め息が混じった短い単語しか聞こえてこない。


 身体はまだ、熱い。

 回復したというより、マミィの声に反応して起きたようだ。


 マミィ。

 もう、いいのだろうか?

 身体が悪かったのか、俺が悪かったのか。

 わからないが、俺の前にいるのなら一目だけでもいいから見たい。


 目を開けようと、まぶたに意識を働きかける。

 だが、そんな力もないようで。

 俺の身体は呼吸を繰り返すのに必死なようだ。

 俺の意思はことごとく、反映してくれない。


 「〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇!」

 「〇ー〇、〇〇〇〇〇〇〇〇ー」

 「〇〇〇ー、〇〇〇〇ー」

 「〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇!!」


 マミィが何やら必死に話してる。

 だが、男達の声には力を感じない。

 力になりたくてもなれないと言った感じだ。

 だが、そんな彼らの態度がマミィの怒りに触れたようだ。


 「〇〇〇〇〇!アーリアス〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇!!!」


 俺の名前が呼ばれた。

 いや、俺の事を何か伝えたようだ。

 感情に身を任せて。


 だが、それが彼らにとっての何かを刺激した。


 「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇〇、〇〇?」

 「〇〇、〇〇・・・」


 マミィの声から怒気が消えて、むしろ声が震え始めた。

 それに比例して、彼らの声に熱がこもっていく。


 「ーーーー、ーーーーー!?」

 「ーーー、ーーー?ーーーーー、ーーーーーー!!」

 「〇〇、〇〇〇〇、〇〇、〇〇・・・」

 「〇〇!?ーーーー、ーーーーーー!!」


 初めて聞く、大人の怒った声。

 聞き取れない速度、耳に響く威圧感、身体を震わせる声量。

 恐ろしかった。

 人が怒る時、こんなにも恐ろしいのだと、赤子の身体は感じた。


 でも、心は違う。

 マミィの小さく、涙の混じった声が聞こえた。

 小さく、震えて、今にも消えそうな声だ。

 嫌だった。


 今、マミィは男達に責められている。

 それだけは見えないながらも、理解する。


 だから、身体が先に動こうとしていた。

 マミィを攻め立てる奴らから、マミィを守る為に。

 身体が疼き、気持ちも感化されていく。

 マミィを守れと、なぜか思っていた。

 だから。



 動け。


 

 最初は静かに念じた。


 

 動け。


 

 動かないから怒りに任せて念じた。


 

 動け、、動け、、、動け!!!


 『ーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!』


 それでも動かないから、意識だけでもマミィのとこに行くように。

 心で叫びながら、念じた。

 

 この叫びが外に聞こえているかは、自分では判断つかない。

 だが、自分の身体が今までにないほど熱くなっているのはわかる。

 やがて、その熱は熱気となって身体の外へと出て、人の形を成し、俺の上で立ち上がる。


 俺の瞼は閉じている

 だが、その人型の熱気を通して、感じるが出来た。

 目で見るより鮮明には見えないが、マミィとそれ以外がどこにいるかは感じ取れた。

 ゆっくり、ゆっくりと、彼らの方向へ向け、熱気を動かしていく。


 男達の怒声は、尚も続いている。

 マミィが何かを絞り出すような声も聞こえる。


 助けないと。


 人型の熱気は彼らの元へゆっくり、向かっていく。

 やがて、腕を振りおろせば当たる位置についた。

 彼らよりも頭ひとつ大きい。

 人型の熱気は、その腕は俺の意思で形を変え、大きくなり、二人まとめて叩きつぶす大槌のようになった。

 

 

 マミィを泣かすな。


 そう思って、力の限りで大槌を振り下ろす。

 異変に気づいたのか、男達やマミィの声が止んで、こちらを見た。


 もう遅い。


 男達二人は鈍い音の後、地面に成す術もなく、この家の床にめり込む。


 そうイメージして。


 『やめな、人間』


 生まれて初めて、生前の俺が知っている言葉が脳内に響いた。

 そう思った時には、人型の熱気は胸部から爆散していた。

 人型の熱気を通して得ていた感覚が失われた瞬間に、頭に激痛が走り、遅れて離散した熱気が俺の元へ来る。

 

 何が起こったかは、見えない。

 だが、この場に誰かが現れたことは確かだ。


 「〇〇〇〇〇〇ー〇〇」

 「〇〇〇〇〇〇ー〇〇、〇〇〇〇?」

 「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」

 「〇〇〇〇!!〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇!?」


 男達も、マミィも驚きの声をあげている。

 三人にとって、予想外の人が現れたようだ。

 その人は静かに男達と、マミィに状況を説明している。

 

 快活娘ちゃんが誰かを連れてきたのだろう。

 遅れて話す快活娘ちゃんは、今の現状に、驚き、怒りを滲ませている。


 新たにやってきた人の声で、その人が老婆ということはわかる。

 だが、それ以上に存在感があった。

 部屋に入ってきた途端に、家の空気が変わった。

 目を見なくても、何も話していなくても、身体全身がその人が今どこにいて、どのような立ち姿をしているのかが分かる。



 身長は男達よりは低いが、腰は曲がっておらず、高齢の人物に出てしまう動きに淀みが一つもない。


 何より、その声は、先ほど脳内に響いた声だ。

 何者だ?


 男達への怒りはどこかへ行き、この老婆への警戒心が上がっていく。


 そんな気持ちとはお構いなしに、真っ直ぐ老婆はこちらにやってきてい・・・・?


 『ーー〜〜〜ぉぁ』


 気持ち悪い。

 先ほど、無理をしたせいか吐き気がする。


 喉に何かがある。

 少し咳をすると血の味もするし、目から出たドロリとした何かが頬を伝っていく。


 「アーリアス!!」

 

 老婆より先に快活娘ちゃんが、俺の元へと駆け寄る。


 「〇〇〇〇〇〇〇〇!!〇〇〇」

 「〇〇〇、〇〇〇〇〇〇」

 「〇〇〇〇〇〇〇〇!〇〇〇〇、〇〇〇〇」

 「〇〇〇〇〇、〇?〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇〇・・・」

 

 快活娘ちゃんの言葉が言い終える前に宥め、男達の訴えも遮り、俺の前へとやってくる。



 呼吸しか出来なかったが、今やそれすらも苦しい。

 意識は正常だが、身体はもうほとんど制御出来ない状態にある。

 だから、この老婆に警戒をいくらしようと、何も出来ない。


 『何者なんだ、この婆ちゃんは?』


 心の中でそう呟いた。

 いつものように返事は来るわけもない。

 そう思って、勝手に婆ちゃんなんて呼んでみたりした。


 『誰が婆ちゃんだよ』


 返事が帰ってきた。

 またしても、俺の知っている言葉で。

 ぶっきらぼうに。

 

 

 俺の額に冷たい何かが触れる。

 額に熱が戻っていくのに合わせて、それが老婆のシワシワの手であることがわかる。


 『人間、お前死にたいか?』

 

 先ほどと変わらない声色。

 威圧感も、恐怖も感じない。

 ごく自然に語りかけてくる。


 呆気に取られて向こうからの問いかけに、答えられなかった。

 婆ちゃんと言われた事に腹を立てたのか、尋ねたかったがその言葉より先に、老婆は言葉を重ねていく。


 『お前達が住んでいた大地と、この大地は大きく違う。価値観の違い。変動していく環境。これから来る戦い。何一つお前に配慮はしてくれない』


 まるで、これからの全てを知っているような物言い。

 はっきりと告げられる、以前とは違う環境という事実。

 


 『お前を本当の意味で理解してくれる者は、私を含めていない。孤独は絶えずお前の心に居続けるだろう。それでも、生きることを望むか?』



 シワシワの手の感覚は、冷たさを感じなくなった。

 それ以上に全身にあった熱は消え去っていき、

暑さや寒さすらも感じなくなる。

 ただ、この老婆の手だけが身体を意識させていく。

 

 生きることを望むか。


 唐突な問いだ。

 だが、答えられないものではない。


 望むに決まっている、死にたくいない。

 だが、それを周囲が望んでいるかと言われれば嘘になる。


 ダディも、マミィは俺が生きるとことを望んでいるのか。

 本当は違うのではないかと、最近は思わない日はない。

 瞬間移動テレポートを見られてからの二人の態度を見れば、俺は見られてはいけないことをしたのだとわかる。


 兄ちゃんや快活娘ちゃん、叔母さんが俺を表面的に受け入れてくれていようと、裏ではどう思っているかは分からない。


 何よりダディとマミィに生きてていいという声が聞こえないのなら、俺は死を選ぶ。

 いや、ダディやマミィじゃなくても、家族の誰か一人でも俺が生きていることを望まないのなら、俺は死を選ぶだろう。


 だって・・・俺はアーリアスではないのだから。


 だから、返答に困ってしまう。


 もしも、ダディとマミィから否定される毎日があるのなら、死を選ぶだろう。

 借りている身体、借りている名前、俺ではないという確信。

 自分が自分でないという意識が、自分の命を軽くする。


 俺が死ぬことや殺されることになっても、仕方ないと思う。

 たまたま、赤ん坊の中に俺の魂が移ってしまっただけだから。

 元々、違う命に、別の命が入ってる今が異常なだけだ。


 俺はアーリアスを殺しているのだ。

 この子が歩むはずだった人生に乗っ取って、これから生きようとしている。

 本来ならば、俺の意識なんて存在していないアーリアスがいたはずで。

 ダディとマミィにあんな顔をさせることはないのだ。

 俺が家族なら、自分の息子が誰かの意識によって生き延びている現状を許せるわけがないと思う。


 今度こそ、約束を果たす。


 そう誓ったが、それは他者の命、アーリアスを踏みつけにしてる現状でなお、達成したいか?

 答えはノーだ。


 この老婆が俺の命を奪うというのなら、ダディの剣で、マミィからの言葉で、アーリアスの身体が苦しんで死ぬより断然いいだろう。

 

 だから、言葉は自然と頭に浮かんだ。

 ゲームをやめるように思い入れを捨て、ただリセットボタンを押すように。

 緩やかに言葉を頭の中に放つ。

 


 『生きたい 』

 『・・・・・・残念だが。お前には聞いちゃいないよ』

 


 それを、誰が言ったのか、俺は最初は理解できなかった。

 だが、声は紛れもなく。 

 アーリアスである俺の声。

 俺の意思とは裏腹に、言葉は老婆に向かって放たれていた。

 先ほどまで死を望もうとしていた自分としては思えない言葉だった。


 では、誰が言っているか?

 老婆は、なぜあの返答を受け取らなかったのか。


 ・・・アーリアス、か?

 アーリアス。

 最近になってようやく、認識した己の名前。


 アーリアスが、呟いたのか。

 今や、俺に命の全てを操作されているというのに。

 俺の意思を突き破って、アーリアスは言ったのか。


 生きたい、と。

 両親によく思われていなくて、愛されていないと感じていても。

 俺という何かによって、その一生が己のものではないとわかりつつも。

 彼は、生きたいと言ったのか。

 

 本当は俺の潜在意識が言ったのかもしれない。

 都合の良いように、アーリアスが俺の中にいるとそういうことにして。

 生き汚く、足掻いてるだけかもしれない。


 でも、もしも。

 もしもだ。

 もしも、アーリアスが言っていたとしたなら?

 小さな小さな、この声を踏みつけにしていいのか。

 違う。

 それだけは違う。

 この子の意思だけは、無碍にしてはいけない。


 アーリアスの上で成り立ってしまっている俺が出来る唯一のこと。

  

 アーリアスの願いを叶える。


 それが今できる最大の償いであり、最初の約束とする。

 

 だから、今度は俺の意思で伝えなくてはいけない。

 アーリアスという小さな赤ん坊に。



 『お前が望むのなら、俺は生きるよ。アーリアス』

 


 この先に何があろうと、楽しいと思える毎日を目指すから。

 アーリアスとして、幸せを感じられるように生きるから。

 俺のせいか、別の何かのせいで、誕生出来なかった、この赤ん坊に。

 人生をもっと味わってほしい。


 外の世界も、美味しい料理も、楽しい時間も、大好きな人と過ごすことも知らない赤ん坊に。

 こんな所で、俺のエゴで、まだ一歳にもなっていないのに死んでしまうのは、勿体ない。

 俺への罰は、いつか必ず受けるから。


 『だから、死にたくない』


 結論は出た。

 今思っている言葉は、全て言えた。

 老婆が受け入れてくれないなら、全力で抗ってみせる。

 何が出来るかは分からないが、出来る全てを成し遂げよう。

 全てはアーリアスの為に。


 覚悟を込めた俺からの返答についての答えは、老婆から得られた。



 『そうかい、それじゃ好きにしな』



 ぶっきらぼうに老婆は言い放ち、俺の頭に何かを流し込んでいく。


 異物が入る違和感を感じるのに、不快感を感じないというチグハグな感覚。

 心地良い。

 それは俺の中の熱を奪い、与え、身体の中で循環させていく。


 『体内で力が溜まったのが原因だ、今後は力の放出を忘れないようにするんだね』


 『婆ちゃん、あなたは・・・』


 それ以上は、この老婆に何も伝えられなかった。

 身体が底のない穴に徐々に落ちていくような感覚が、意識を少しずつ薄れさせていく。

 最後に聞こえてきたのは、俺ではない誰かに向けられた言葉だった。

 

 『星見の里に、転生者。どこの導きかは知らないが、人間。私を巻き込むんじゃないよ』



×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 目は開けられる。

 だが、まだ微睡んでいたい。

 そう思えるくらい眠りが浅くなってきたようで、思考が出来るようになってきた。


 頭は痛くなく、身体も熱くない。

 ようやく、本調子に戻ってきた。


 この急激な回復は、あの老婆が俺の額に手を当ててくれたおかげで、疲労感もなく、頭がスッキリしている。

 俺が成長したら、感謝の言葉を伝えなくては。


 頭がスッキリした事で、考えるべき事が自然と浮かんでくる。

 人型の熱気、アーリアスの存在、俺の使っていた言葉を話せる老婆の存在。

 どれも重要だが、約束が先だ。

 

 相手の了承は得られていない一方的な約束。

 約束というより、宣言に近いかもしれない。


 だが、これは俺の生まれて初めて、他人の為に果たそうと思った約束だ。

 必ず果たす、アーリアスの為に。


 『アーリアスとして、幸せを感じられるように生きる』


 言うは易し。

 行うは難し。


 基本的に行動指針も、思考回路も、俺が根底にいる以上、アーリアスではないだろう。


 なら、どうするか?


 これもアーリアスではないかもしれないが、俺がやらないと思う、そんなことをやり続けようと思う。

 

 誰かを助ける。

 嫌なことから逃げない。

 真面目に始めたことをやり続ける。

 人に優しくする。


 生前は気分でやっていたり、いなかったりした人の善なる行動。


 これを意識的に取り組んでいく。

 そうすれば、現代では意識してやってこなかった事なので、俺らしさはなくなるだろう。


 成すべき指針は決めた、あとは行動あるのみ。


 「あーぅ」


 決意を込めて雄叫びをあげたつもりだったが、俺の耳に届いたのは小さな赤子の声だった。


 締まらない始まりだが、仕方ない。


 一つずつ頑張らなくては。


 「アーリアス〇、〇〇〇〇、〇〇〇?」

 「〇〇、〇〇〇〇〇、〇〇〇」


 ダディとマミィの話し合っている聞こえてきた。

 起き抜けなのに耳は冴え渡っていて、どうやら食卓で何やら話してるようだ。

 声の方向に目を向けると、食卓はベットの場所の関係上、見えない。

 代わりに見えるのは、窓の外の暗闇と蝋燭の灯り。

 俺の寝ている部屋に二人の声が聞こえ、オレンジ色の光が差し込んでいる。


 ダディとマミィは普段、夜どこにいるのかは知らない。

 夜、俺の寝ている様子を見に来る時、二階から降りてくる階段の音は聞こえない。

 だから、一階だとは思うが確信はない。

 俺より遅く寝て、俺より早く起きている二人が寝ている正確な場所はわからない。 

 というより、この家で家族の誰がどこに寝ているかもわからない。


 だが、俺が瞬間移動テレポートの練習をしている時に見かけていないので、俺のベッドの見える範囲にはいないはずである。


 そんな二人がこんな夜に話しているのは珍しい。


 「アーリアス〇、〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇?」

 「〇〇〇〇、アーリアス〇〇〇〇〇。〇〇〇」

 「〇〇、〇〇〇〇。〇〇〇〇、〇〇〇〇〇」

 「〇〇〇〇、アーリアス〇〇〇〇〇〇〇!?」


マミィの声の後に、大きく机を叩きつける音が聞こえた。

 そこからマミィはずっと声を荒げて、何かを言い続けている。

 ダディは終始、落ち着いて話し続けている。

 だが、マミィの声は苛烈さを増していく。


 「〇ーーー、ー〇〇ーー、ーー〇〇ーー!!」

「〇〇〇、〇〇〇〇〇」

 「〇〇〇?〇〇〇!?ーーー〇〇ーー〇〇〇〇!!」

 「〇〇、〇〇〇〇」

「〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇〇〇、〇〇〇〇!!」


 言い合いはずっと止まない。

 だが、二人が誰のせいで言い争っているのかぐらいはわかる。


 アーリアス。


 俺のことで何かを二人は言い争っている。

 決意に満ちた心に、ドロリとした何かが入ってくる。

 嫌なことを思い出した。

 

 生前の両親が、言い争っている姿。

 それは他でもない今と同じように、俺の事で言い争っていた。

 俺は震えて静かに泣いて、耳を塞いで、ジッと耐え続けていたのだ。

 そして、次の日には何もなかったかのように二人は俺に接してくる。


 恐ろしかった。

 俺を優しく見つめていた瞳が怒りによって見開かれ、俺の大好きな二人が傷つけあっているのだ。

 この世の終わりを考えるより、嫌だった。


 だからある時、止めようとした。

 俺が行けば、この争いは終わると思っていたのだ。


 だが、違った。

 こちらにその瞳が向けられて、拒絶をされた。

 今までにない恐ろしい両親の姿。

 その後、俺は二人に追いやられ、更に喧嘩は激しくなってしまった。


 俺は争いを止められる存在なのではなく、耐え続けるしかないのだと、幼いながらに悟ったのを覚えている。

 それ以来、耳を塞いで耐えることを続けてきた。



 そして、俺は生前のように耳を塞いで、嵐が過ぎるのを待とうとしている。

 


 今、俺が仲裁に入ろうものなら、更に激しくなるかもしれない。

 そうなる事は、生前の記憶で分かる。

 だから、喧嘩が収まるのを待つ。

 そして、次の日に何もなかったかのように、振る舞えばいい。

 それが正しいと、俺は思っている。



 だが、俺はアーリアスとして生きると約束したのだ。

 俺が取ってきた行動ではなく、俺がしなかった事をアーリアスとしてやっていくのだ。

 それが生前で学び、失敗と思った事でも。

 アーリアスとして、成功させてみせる。

 


 だから、二人の喧嘩を止める。

 止めることは出来なくても、有耶無耶くらいには出来るだろう。

 何しろ、こちらは可能性の塊、赤ちゃんだ。

 泣くこと、喚くこと、暴れることが許されている。

 思うままに動いて、何が悪い。


 やる事が決まったのならば、まずは観察だ。

 聞こえる限り、俺の話で話し合っていることだけはわかる。

 それ以外はサッパリわからないが。


 だが、予想は出来る。

 大方、俺が不思議な能力を使っていることについてだろう。

 お前が見たものは見間違いだ、とか。

 あの子が不思議な能力を使うのは何かの病気だ、とか。

 これからあの子はどう育てるんだ、とか。

 


 ・・・考えるだけで肩身は狭いが、どんな話をしていようと俺が現れることによって状況は変わるはずだ。

 少なくとも俺を寝かせようとか、声を小さくしようとか、今日はお開きにするとか。

 

 二人なら、そんな判断をして、明日の朝までグッスリしてもらって今日の喧嘩を終わってもらおう。


 それから、俺は能力を使わないようにすればいい。

 これが原因なら、使わなければ二人を不安にさせない。

 数年ほど隠し続ければ、俺が話せるようになる。

 そうしたら、もう少しマシな状況になるだろう。

 よし、筋道は出来た。

 まずはこの喧嘩を俺の出現で有耶無耶にして、原因である俺は今後、能力を自制する。

 さぁ、アーリアスとしての行動の始まりだ。

 

 

 ダディとマミィから見えないように、瞬間移動テレポートで蝋燭の光源が差し込む場所の近くへ移動する。

 座った状態で着地をし、ハイハイは出来ないから、身体を無理矢理動かして顔だけをわずかに出した。


 きっと、二人は俺の生前の両親のような感じで喧嘩をしている。

 だから、明日には笑って朝を迎えられるような状態になるとその時までは考えていた。



 金属音が聞こえ、何かが床に落ちる音が聞こえた。

 音に気を取られ、二人の様子に焦点が合うのが遅れる。

 光に目が慣れ、二人の姿を見た時に、俺は考えの甘さを知った。

 



 「あぁぁ」

 

 

 この時まで二人の言い争いは教育方針の違いだとか、俺への扱いをどうするかなど深刻なものではあっても、最終的に円満に終わるものと考えていた。

 何だかんだで、俺が何もしなくても丸く収まるものだと思っていた。

 だが、何もわかっていなかった。


 今まで一度もなかった、二人が夜に話し合っている現実を。

 何度も見ていた二人の表情の意味を。


 そして、わかってしまった。

 俺はなぜ、アーリアスの両親の事をダディとマミィと呼んでいるのかと。

 今まで一度も考えようとしなかった違和感を。


 「ぅぅ〜ぅ」


 ずっと、区別して呼んでいたのだ。

 ダディ、マミィ。

 生前、一度も両親をそのように呼んだことのない呼び方で。

 一度だって、俺の、アーリアスの本当の父親、母親として見てはいなかった。

 

 「ぁぁ、ぁぁ、ぁぁ〜〜」

 

 そんな俺なのに、二人は。

 ずっと悩んでいたのだ。

 自身の息子が抱えている、二人が感じている違和感に対して。

 どうすればいいかと。

 これから、どう接していけばいいかと。


 他人ではなく、家族として俺に本気で向き合っていたのだ。

 最初から、ずっと。

 それは、俺を見る表情でわかっていたではないか。


 それなのに俺は今に至るまで、この家に住む誰もを本気で家族として思ってなかったのだ。

 兄ちゃんだって、近所の兄ちゃんと同じくらいの意識だった。

 両親に至っては一度だって、自分の父さんと母さんだなんて本気で思ってなかった。




 だから、今。

 父さんが、母さんに、剣を向けるような事になっているのだ。




 アーリアスとして生きる。

 その意味を履き違えていた。

 生前の知識をもとに、人に優しく、誰かを助ける。

 そして、誰かに感謝してもらえる。

 それがアーリアスとして生きる、この子に対する償いと思っていた。


 でも、違う。

 それだけでも足りない。

 俺がアーリアスだという意識を持って、生きなければならない。

 持てる知識の全てをもって、アーリアスとして生きなければならない。

 今やれる全てをしなければ、アーリアスが幸せになれるわけがなかった。

 次。

 明日。

 そんな、楽観的な未来を考えて、楽な道を選んだ先にアーリアスの幸せは存在しない。


 だって。

 俺は本当のアーリアスではないのだから。


 「あぁぁ〜〜〜ぁ〜〜〜!!!」


 手だけで、前に進もうとする。

 足は上手く動かない。

 それでも前に進もうと手を必死に動かしていく。

 一刻も早く、今の状況を終わらせる為に。

 二人を何があっても止める為に。


 「・・・アーリアス」

 「〇〇〇、〇〇、〇〇〇〇〇〇?」


 母さんは泣き晴らした目で、父さんの目は驚いた様子で、こちらを見ている。

 

 二人の目を見て、涙が溢れた。

 悲しみなのではない。

 罪の意識。

 取り返しのつかないことをして、ここにいるという認識。

 今の今になって、ようやく理解した。


 俺のせいだ。


 だから、自然と口から言葉が出ていく。

 

 「あぁぁぅぅぅ〜〜」


 ごめんなさい。

 俺が、貴方達の息子の中に転生したばかりに。

 アーリアスの一生を奪ってしまった。


 「あぶぅ、ぁぅぁ、ぁぁぅ」


 だけど、二人は、悪くない。

 悪いのは俺だ。

 このまま知られずに生きようとしていたから。

 人に嫌われるのは、嫌だったから。

 そんな自己中心的な理由で、二人から息子を奪っているのに、生きようとしていた。

 

 「ぁぅ、あぅぁぁ、あうぅあう」


 俺はもう、いい。

 俺のせいで、父さんが母さんに剣を向けるのは間違っている。

 俺が悪いのだ、だから、その剣は俺こそに向けられるべきなのだ。


 必死に言葉になってない声をあげながら、足を引きずりなから、手だけで前に進んでいく。

 固まる二人の顔を涙でボヤけた目で見ながら。


 「ぅぅ、、、うぁぁ!!」


 行動と感情の差が、もどかしい。

 だから、二人の間にある食卓の机。

 そこに向かって瞬間移動テレポートをした。


 「〇〇〇・・・」

 「アーリアス」


 二人のちょうど真ん中には辿り着かなかったが、うつ伏せの状態でテーブルに落下する。

 高度を調節し損ねて、痛みが身体全身に走る。

 だが、まだだ。

 すぐに顔をあげて、手を前に伸ばす。

 見つめる先は、眼前にて煌めく銀色の剣だ。

 

 「うぅぅ、、うぅ!!」

 「〇〇・・・」


急いで、母さんに向けられる銀色の剣を吹き飛ばそうと、念じた。

 ハイハイの時に出現させた大きな腕をイメージし、剣に向かって撃ち出す。


 その剣を持つ父の手には力が入っていなかったのか、父の腕は動かず、剣だけが簡単に吹き飛ばされ壁に突き刺さる。


 「ぅぅ、ぅぅ、うぅ〜〜ぅ」


 ちくしょう。

 何が、喧嘩を止める、だ。

 何が、二人の様子を観察する、だ。

 二人の思いを考えず、何を上から物事を語っていたのだ。


 俺は、アーリアスとして行動する。

 その行動指針に酔っていただけじゃないか。


 もう、俺が出来る事は何もない。

 二人の争う原因そのものなのだから、その資格がない。

 何をしようと、無神経に二人を傷つけるだけになる。

 


 だが、二人は争ってはならない。

 ましてや、剣を向けるなんて、あってはならないのだ。

 それだけは、止めなくてはいけない。


 「あぅあぁ、うぁううあ、あぅあぅう!!」


 俺が悪い。


 「うぁぁあぅ、あぅあぅ〜ぅう」

 

 二人は悪くない。


 「ゔぅ、ゔぅぅ、あぁぁ〜〜ぁぁ〜〜!!」


 だから、こんな事はしないでくれ。


 「・・・・・」

 「・・・・・」


 精一杯、心の限り、伝えるしかなかった。

 俺は二人の息子を奪った事には変わりないのだから。


 明日には居なくなろう。

 頑張れば、一人でだって生きていける。

 二人が争う原因になるのだったら、アーリアスには悪いが、別の場所に。


 いや、それじゃアーリアスの幸せはどこへ行く?

 約束を守るんじゃなかったのか?

 一人でどこかへ言って、約束を守るためにこんな身体で生き残れるのか?

 それじゃあ、二人が喧嘩をするのを見て見ぬ振りして、このまま生きていくのか?


 「ゔぅぅあぁぁ〜〜ぁぁ〜〜ぁぁ〜〜、うぅぅゔぅぁぁ〜〜〜ぁぁ〜〜〜!!」

 

 結局なんなのだ?

 何がしたいのか、もうわからない。

 涙が止まらないし、鼻水は出てるし、もう勝手に泣き続けているし。

 大声で泣いている。

 こんなに泣くなんて、産まれて始めてだ。

 何も考えがまとまらない。


「・・・・・・アーリ」

 「・・・・グッ、ダッハッハッハッハッハッ!!」


自分の涙と鼻水が止められず、嗚咽が重なって不快感を感じていた俺の耳に、初めて聞く笑い声を聞いた。


涙でぼやけて見えない目で、声の方を見ると、そこに父さんがいた。

 俺が産まれたてから、一度も声を上げて笑ったこと所を見たことがない父さんが、だ。


 「ハァーァ、〇〇〇〇〇〇、〇〇」


 涙と鼻水が延々と止まらない俺の頭を、優しく撫でてくる。


 「〇〇〇、〇〇〇〇〇。〇〇〇〇、アーリアス」


 何かを言っている。

 涙が溢れ落ちる時に、父の顔が鮮明に見えた。

 笑顔だ。

 何でだ、わからない。

 でも、目元が少し赤い気がするが、確かめるより先に俺の涙が視界をぼやけさせる。


 「〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇。〇〇〇〇〇〇?〇〇〇〇、〇〇〇〇〇」


 父さんの声が柔らかい。

 初めて聞くが、相変わらず何言ってるか分からないし、涙も鼻水も泣き声も止まってくれない。

 それなのに、俺の頭を撫でてくる。

 

 ふと、身体が浮いた。

 俺の力ではない。

 泣いて、身体の感覚が曖昧だが、誰かに抱え上げられ、引き寄せられた。


 久しく感じていなかった匂いと温もり。

 身体が包まれていくのを実感してもなお、俺の涙も鼻水は泣き声も止まってくれない。


 「アーリアス・・・」


 俺の瞬間移動テレポートを見せてから、一度も会えなかった母さんがそこにいる。

 言いたいことがある。

 言わなきゃいけないことがあるんだ。


 「あゔぅ、あゔゔぅ、あばぁゔ・・・」

 

 ダメだ、何言ってるか分からない。

 そして、何を言おうとしていたかも分からない。


 「あゔぁぁぁー、ゔぁぁーーー!!」


 もう自分の制御が効かないくらい泣きまくってる。

 それを見かねてか、何度か母さんは揺れてあやしてくれ始めた。


 「アーリアス・・・」


 母さんの顔も、父さんと同じように見えない。

 わずかに見えても、それはいつもと同じ泣きそうな顔だ。

 変化があったのは声だ。


 「アーリアス・・・アーィアス・・ァーィァゥ!」


 至近距離、大きな声で俺を呼んでくる。

 泣いていて、耳もよく聞こえない。

 だが、あの時、俺を大きく揺さぶってきた時と違った。

 声は震えていて、名前を呼ぶたびにアーリアスの発音が曖昧になっている。


 「ゥゥゥゥ〜〜ァーィァゥ、〇〇〇〇〇〇!〇〇〇〇〇〇!〇〇〇〇〇〇!」


 優しく、強く抱きしめられた。

 俺が苦しくないようにしながらも、思い切り抱きしめられている。

 嬉しい。

 ただ、ただ、嬉しい。


 泣き止んで、ちゃんと二人の顔を見たい。

 それなのに、母さんが泣いている姿を見て、まだまだ涙が止まってくれない。

 

 もう訳がわからない。


 「〇〇、〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇・・・〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇、アーリアス」

 「あぁ、〇〇〇〇。〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇、アーリアス」

 「あゔーぅ、あゔぅ、あぁゔぁ、ぁぁぁあーーー!!!!」


 母さんに抱きしめられ、父さんに母さんごと抱きしめられていたのに、涙は更に溢れてきた。

 泣き声は更に大きくなっていく。


 何も解決はしていないかもしれないし、

 何が起きているのかわかっていない。


 何より俺がまだ伝えたいことを言葉で伝えられていない。


 でも、このままがいい。


 ただ、二人が耳元で俺の名前を何度も呼んでくれて、嬉しいのだ。


 今は何も考えず、この瞬間を二人の温もりを、感じ続けていたい。


 もう少し、もう少し、もう少しだけ。

名前:アーリアス

年齢:不明 

性別:男


===使用可能コマンド================

  ・寝る

  ・泣く

  ・食べる

  ・漏らす

  ・横を向く

  ・人の顔の見分けがつく

  ・あー、うーと声を出す

  ・笑う

  ・瞬間移動テレポート

  ・見えない大きな手

  ・おすわりNEW!!

 ===============================


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