第四話「はじめてのおすわりとハイハイチャレンジ」
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人は出来る事が増えると、気分がいい。
「うぅー、うぅー、うぅー!!」
散々泣き喚いて、寝て、起きて、栄養補給をする。
それを三回ほどボーっと繰り返した後、ようやく事実を実感する。
瞬間移動出来るじゃん、と。
謎の虚脱感を超えてからは家族の目を盗んで、
瞬間移動を繰り返していく事と並行して、寝返りの練習をし続ける。
すると、寝返りが問題なくなる頃には短距離での瞬間移動は完璧にマスターしていた。
そして、今や俺に用意されたベットの中を、身体を使わずに移動している。
感覚を忘れない為の反復練習だ。
寝返り出来ない所まで行ったら、中央に。
寝返りの途中で疲れたら、中央に。
端から寝返り始めたくなったら、端っこに。
そんな事を繰り返して、瞬間移動の方法を定着させている。
家族が寝静まった頃には、横への移動だけでなく、上への移動にも挑戦をし、精度を上げ続けている。
感覚を言語化すると、瞬間移動には三段階である。
①自分の行きたい地点に自分の身体を思い描く。
②身体の輪郭に意識を集中し、胸にある熱を広げていくイメージをする。
③最後はその場に行く事を念じる。
以上の工程で、この超常現象を実現できていた。
言語化を出来た時には無限の可能性に思いを馳せていたが、赤ちゃんとして獲得すべき技能がなければ充分に機能しない。
おすわりもハイハイも出来ない以上、ベット以外に行っても寝る、寝返りをしても仕方がない。
とりあえず、おすわり、ハイハイは出来るようにならなくては、この家や外の世界を知るには遠い。
少なくとも俺が待ち望む異世界だったのなら、これだけでは何も成せない。
異世界を生きる主人公たちは、赤ちゃんだった頃、どんな風に人としての技能を手に入れたのだろう。
本当、寝る以外、自発的に出来ないのはもどかしい。
「あーう」
とりあえず、家族がいる時は普通に頑張ってみる。
まず、ハイハイ。
無理。
うつ伏せに寝返りした時点でハイハイを試みて、何とか顔をあげる事を覚えて呼吸を確保出来た。
だが、手足は地についたままだ。
「う〜う〜」
一向に俺の手は力を発揮してくれない。
寝返りの時にやっていた手足の力は、ただの勘違いだったのかってくらい全く動かない。
動かし方のイメージが湧かない。
たまにマミィや叔母さん、兄ちゃんがやってきて、俺が呻いているのを見にきて、うつ伏せになってる俺を仰向けに戻してくる。
だが、練習したい俺としては、すぐにうつ伏せに戻るが。
なので、昼間にハイハイ練習の時間はあまり取れなかった。
夜になると、ダディが寝る前に俺をうつ伏せから仰向けに戻して寝かしつけにくる。
最近、俺は夜中に目が覚めて起きている事を見つかって以来、無理矢理寝かせようとしているらしい。
困る。
だが、お腹ポンポンしてもらうのは心地いいし、寝たと思われて離れられるとめちゃくちゃ寂しい。
俺としての自我と、赤ちゃんとしての本能が戦っている。
早く成長したいのに、難しいものだ。
とりあえず、ハイハイはみんなに心配されるので、座れるようになろうと練習を始めてみた。
「あー、あー、あー?」
訳がわからない。
どうやって今までこの状態から座っていた?
本当にわからない。
現在、仰向け状態。
今までの寝返りとは打って変わって、どう身体を使えばいいのだろうか。
単純に腹筋と背筋を使用して、起き上がるのか?
だが、プヨプヨなお腹が邪魔をする。
背中もお腹も筋肉を微塵も感じない。
感じるのは自身の柔らかみだけ。
役に立たない。
では、うつ伏せ状態ならどうだ?
足をいい感じに開いて、腕の力で上体を起こして、尻で着地をすればいい。
こっちは何となくイメージ出来た。
「うー!」
手は驚くほど、力が入ってくれない。
寝返りの時とは違い、身体の輪郭を掴んで力の配分を操作しても、身体は起こされない。
無力というより、力不足。
まだ、修行が必要らしい。
腕の筋力。
赤ちゃんのうちから、無理に鍛えるものか?
自然に身につくものではないのだろうか?
赤ちゃんが筋トレなんてしているの、見たことないぞ。
とはいえ、目標を達成するのは早い方がいい。
赤ちゃんには出来ないことが多すぎる。
現状を知るには、出来ることを一つでも増やしていきたい。
ということで、裏技を使っていこうと思う。
「あー、、、う!」
わずかに宙に行き、落下していく。
ベットに最初に触れるのは俺が持つ輝ける赤ちゃんの尻。
ポスン、コテ。
そんな擬音が出るような、落下だった。
裏技とはベットに対して、俺を尻から落下するように瞬間移動すること。
強制的に座れる状況を作り、それを維持しようとしている。
この方法は瞬間移動して落下する際に、思い出されたゲームの知識によって編みだされた。
落下する様から連想された、某ブロック落下ゲーム。
そのL字のように。
ポスン、コテ。
ポスン、コテ。
ポスン、グ、、コテ。
まだ上手く出来ない。
正解の形で落下するのはいいが、その後、体制を維持できないのだ。
足の踏ん張りが効かない、手も上手く身体の前に出しても支えきれない。
そこから復帰する方法は、瞬間移動以外に存在しない。
それが現状であった。
「あーー」
お座りはハイハイより、出来ないイメージが少ない。
身体の動かし方は分かるし、あとは力と反復練習で行けるだろう、と思っている。
寝返りが出来たのだ、これもそのうち出来るに違いない。
何よりこの方法は、通常の赤ちゃんが通らない裏技だ。
同じ時に産まれようと、俺のほうが一歩リードできるはず。
まだ見ぬ同年代に闘志を燃やし、今日も◯トリス式お座り練習方法を続けていく。
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家族の目を盗んで瞬間移動をしながらのお座り練習から、何日経っただろうか?
赤ちゃんになってから、時間の感覚は疎い。
寝る時は引くほど寝るし、起きている時は本当に起きている。
時間を失うことへの抵抗感がないのは、かつてとの違いか。
やるべき事が自身の成長という、期限のない項目だからだろう。
緊張感も、焦りも存在しない。
すごく自由で、真剣に、何も考えずに取り組み、出来るようになることを実感する事が単純に嬉しかった。
本日も飽きずに、テト◯ス式の座り練習をしている。
以前より足に力が入るようになり、手もベットについて身体を支えられるようになってきた。
「あうあうあう」
口から適当に言葉を出して、やる気を出そうとする。
俺にしか伝わらない気合いをかける掛け声。
手や足での踏ん張りにより体力はソコソコ尽きてきていて、瞬間移動も目を盗んでやってきた事で精神力も尽きてきている。
瞬間移動の連続使用は集中力を犠牲にしているようで、精密なものを使っていけば行くほど、眠さに直結していった。
だから、これが最後。
そう思って、いつものように瞬間移動をした。
周りをよく確認もせずに。
ポスン。
座った形を作って、ベットに尻から落ちる俺。
そして、足で踏ん張る。
身体の重心を必死に後ろに、足を上手く使って制御していく。
手も広げて、重心を微調整していく。
実際には何秒かの出来事かもしれないが、俺にとっては長く、久しぶりに身体全体を認識出来た時間になった。
そして。
「あ、う、あーーー!」
無事にお座りという技能を習得した。
ありがとう、テ◯リス。
あれのイメージがなければ、こんなに早くは出来なかった気がする!
というより、世にいる赤ちゃん達は本当に、どうイメージしてやってんだ?
本当に思考回路がわからない。
座るという行為を、どのように意識しているのだろう。
そんな思考の渦に入ろうとしていた俺の目は、
ある人を捉えていた。
座っていたから目が合った。
どこから見ていたかは、相手の目が雄弁に語っている。
自分の様子を見ていたのは、何も自分だけではない事に、俺は今更になって気づいた。
「ああう」
「アーリアス!!」
いつもに疲れているように見えていたマミィが、物凄い形相で俺の元へとやってくる。
今までのような疲労や恐れを感じさせる弱々しいものではなく、否定や拒絶といった強い意志が全面に出ている。
俺はそんなマミィを知らない。
だから、逃げようと、急いで回れ右をしようとした。
当然、そんな上手くは身体は動かない。
身体の重心が崩れて、ベットに倒れこむ。
俺がそこから体勢を立て直すより早く、マミィは俺の身体を掴み、自分の顔の前に持っていった。
「〇〇〇〇!?アーリアス〇〇〇〇〇〇!!」
「あぅ」
「〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇!?〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇!!アーリアス〇〇〇〇〇〇!!!」
「ぅぅ」
「〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇!!」
「ぶぅぇぁぇーーー!!!」
ベットから離され、マミィは思い切り、俺を揺さぶりながら怒鳴りかけてくる。
もはや、泣きたくないとか、そんな事を考える余裕がないほど、反射的に涙が出てきた。
アーリアス。
俺に向かって何度もいう言葉。
きっと、俺の名前はアーリアスと言うのだろう。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
身体を何度も揺さぶられて頭が気持ち悪いし、強い力で身体を持ちあげられているから痛いし、何よりマミィが俺の何かに対して怒っている顔が恐ろしかった。
だから、いまだ揺さぶりながら何かを怒鳴るマミィから逃げ出すことをイメージした。
どこでもいい、早く。
早く、逃げなくては。
じゃないと、俺は。
ひとまず、ベットの上に瞬間移動をする。
そう慌ててイメージしたのが、裏目に出た。
「〇〇ーー、アーリアス!?」
「あ」
ただでさえ集中力が欠けている時での瞬間移動。
おまけに視線もグラグラ揺れて、ベットを見れていない。
そんな状態で上手くいくわけがないと、なぜ気づけなかったのか。
俺はベットとは全く違う方向、自分の視線の先。
先程までマミィが立っていた位置に、瞬間移動した。
マミィの頭があったであろう高さから。
お尻を下にして。
俺がいないことに気づいて周囲を見回していたマミィと、目が合う。
その表情がゆっくりと変わっていく。
それを見終えるより先に、俺の頭の重さによって下を向き始め、見えるのは家の床。
咄嗟に手を伸ばした。
顔を、身体を、守ろうとしたのだ。
幼く小さな手では何も支えられないと分かっていても、生存本能がそれを行わせた。
死ぬ。
それを感じきるより、速く。
それは起こった。
前回と同じように身体の中に熱源が無意識に発生し、今回は手にその熱が流れていく。
それが急速に伸ばされた手の先。
家の床に向かって、放出されていく。
そして、それは。
感覚で終わるものではなく。
確かな現象として、出現した。
「・・・・・・・・・・あぅ」
「〇〇、、、〇〇〇」
大きな衝撃音の後、俺の身体が浮かんでいた。
プカプカ浮かんでいるような可愛いものではない。
力強い大きな手が、小さなこの身体が床に落ちないように支えているような感覚。
前回のように一瞬で終わってしまうものではなく、今もなお、俺の身体は見えない力によって支えられている。
マミィがどんな顔をしているか、ものすごく気になる。
だが、今。
一瞬でもこの感覚を手放したら、俺は落下する。
「ぅぅ〜、ぅぅぅぅ〜〜」
高所からの落下という大きな危機は去っても、まだ安全は確保されていなかった。
見えない力の衝撃で木の床は割れて、所々が尖っている。
そのまま落ちては、俺の柔肌はズタズタになるだろう。
だから、ゆっくり、ゆっくり、力を弱めていく。
尖った床が俺の身体に刺さるまで、まだかなり距離はある。
落ちたら、何個か刺さって出血することは明白だ。
まずい。
落下の衝撃を抑えることに集中しすぎて、尖った床への対処方法については考えがまわらない。
「ぁう、あぁーう」
出来る事を考えろ。
瞬間移動は無理。
これ以上やっても、碌なことにならない。
寝返りも、お座りも、今の危機を打開できない。
マミィに助けは?
・・・・・・いや、今も助けに来ない現状、来てくれる可能性は低い。
何よりこの状況に介入されて、何が起こるか、この世界の在り方も、この能力もわからない状況で、それは危険だ。
やはり、俺がやるしかない。
俺が出来ること。
・・・いや、出来ない事こそ考えるべきか。
イメージしているのは大きな両手。
足をつけずに、見えない両手だけで身体が浮いている。
それならば、本来よりバランスは悪いがやれる。
「ぅぅぅー、うぁあーうぅ」
ゆっくり、ゆっくりと。
俺は右手を前に出す。
それに合わせて、左側の見えない手に全体重がかかる。
身体の重さは不思議な力のせいか、それほど感じない。
だが、重心がズレないように意識を左手に集中する。
そして、残った右手で。
「あぁぁぁーーー、う!」
前へと右手を伸ばす。
急いで伸ばし、右側の見えない手が床につく事を想像する。
先程までではないが、床に衝撃が走る。
物凄い体重がある人が床を踏み締めているようで、木の床が悲鳴をあげる。
だが、そのおかげで落下位置も先程よりズレた。
やや形は違うが、ハイハイの一歩目、成功である。
「ぅぅぅー、ぅぅー、ぅぅぅーー!」
一歩目の成功で集中力がブレ始めた。
急いで、二歩目を踏み出すべく左手を前に出す。
だが、今度は床に衝撃は走らなかった。
柔らかく、静かに、見えない手は床に触れる。
そして身体は前に進み始めると、見えない手はその力が萎み始めていくのを感じた。
まずぃ。
「ぅぅ」
三歩目は踏み出せなかった。
壊れた映像のように、視界が明滅していく。
やがて、全能なる浮遊感が失われた。
薄れゆく意識の中、落下の痛みを覚悟はしていた。
だが、予想は外れる。
身体から感じるのは、いつもの安心する温もりだった。
「ああぅ」
足音は聞こえなかったのに、どうやって。
そんな疑問はすぐに消えた。
最後の力を振り絞って、俺を抱きかかえる女性を見ようとした。
だが、どうしてか、顔を見たくない。
何故かそう思う気持ちに、疑問を感じながら、
俺の意識は完全に途切れる。
名前:アーリアス
年齢:不明
性別:男
===使用可能コマンド================
・寝る
・泣く
・食べる
・漏らす
・横を向く
・人の顔の見分けがつく
・あー、うーと声を出す
・笑う
・瞬間移動
・見えない大きな手NEW!!
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