第三話「はじめての瞬間移動チャレンジ」
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不思議な体験をした俺は一晩、色々考えては否定し、考えては歓喜し、考えては否定し、考えてはワクワクするようなことを繰り返していた。
大して動かない手足をそれはもうブンブン振り回したりして、記憶の一部が蘇ってきた喜びも相まって、はしゃぎ瞬間移動しまくって夜を過ごしていた。
そして、いつの間にか眠っており、起きた時にはマミィからの栄養補給がなされようとされていた。
「うぅ〜あ〜あ〜」
一晩寝て、栄養を補給して、落ちついてくると分かることがある。
なんで、異世界なんだって考えたんだ?
あの時はパニック状態だったし、昔より制御の
多い肉体だ。
一番可能性が高いのは普通に二回目の寝返りを出来ただけだろうに。
超常現象=異世界。
この結論は唐突が過ぎる。
仮にあれが本当だったとしても、せいぜい異能という事で、異世界にいる証明にはならない。
異能がある現実世界な可能性もまだまだあるだろう。
まあ、元の世界ではない事は間違いないが。
フィクションのような異能は使えてる人は見たことない。
家の雰囲気や家族の服装を見るに時代は現代とは言い難いが、過去、もしくは何かが起きた未来の可能性もある。
ふぅー、落ち着いてみるとなんて事はない。
冷静な頭からは昨日の体験を否定する材料が、ゴロゴロ出てくる。
なら、なぜそんな考えに行き着いたのか。
それは記憶の一部が蘇ると同時に、溢れ出してきた願望のせいもあるだろう。
(異世界行きたい、能力授かって無双したい、
そして、何より女の子とたくさん仲良くなりたい!!違う世界なら、俺はーーー。)
生前の記憶は曖昧ではあるが、女の子が好きだったことは間違いない。
超常現象と思いついたことを皮切りに、異世界、超能力、可愛い女の子が頭にポンポン浮かんでくる。
生前に見た異世界にまつわるもののおかげだろう。
よくやった俺。
おかげで今、最高な気分だ。
さて、落ち着いて、今までの雑念を整理整頓したところで。
超常現象の再現と行こう。
どんなに否定しようが、どんなに信じないようにしようが、やってみないことにはわからない。
以前の俺ならば諦めていたようだが、今は新しい俺だ。
なんなら、可能性の塊、赤ちゃんだ。
誰かとの約束を守る為に、超常現象を扱わなくては叶わないこともあるかもしれない。
仮に超常現象を扱えるようになったら、出来る約束の幅も広がるかもしれない。
ならば、出来そうなこと、一度出来たことを捨て置くのは勿体ない。
ひとまずは、チャレンジだ。
昨日の現象は端的に言えば、『テレポート』。
短い距離の瞬間移動、と希望的観測も含めてそう捉えておこう。
実際に俺個人の意思で出来ていたら、生前の俺でも出来ていなかった途轍もないことではある。
だが、それは俺の意思で出来ていたらの話だ。
ラノベ漫画アニメを見てきた知識を統合して考えると、可能性は無数にある。
神様の加護、精霊の気まぐれ、妖精の悪戯、家族の誰かからの魔法や魔術などなど。
異世界ではないにしても他者や上位存在からの介入によって、あれが出来た可能性はある。
それを呼び起こす可能性も含めて、行動していかなくてはならない。
まぁ、長々と考えたところで出来る事はそんなにない。
とりあえず手足をブンブンと振り回してみる。
振り回すといっても、赤ちゃんだ。
誰かに当たることを気にする必要もなければ、ベットの柵にすら当たる気配はない。
だから、気にせず振り回し続ける。
昨日はこれを死にもの狂いで続けていたら、命が助かったのだ。
きっと、何かしらの条件に引っ掛かったのだろう。
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かれこれ全力でふんふん回して、どのくらい経ったかはわからない。
疲れたあたりで止めてみたが、昨日のように胸元から熱が広がっていくような感覚は全くない。
おそらくこの方法を続けても、条件を達成出来ないだろう。
なら、次はあの時の条件の再現だ。
寝返りチャレンジだ。
いまだ、寝返りから戻るイメージはついていないが、だからこそやる価値がある。
家や家族に守られているこの状態で、簡単に死ぬ危険を感じるほど、必死になれるのはこれしかない。
・・・寝返りから戻れないだけで死ぬ危険を感じるって、赤ちゃんめちゃくちゃ危ないな。
目を離しちゃいけないぞ、世のダディマミィ達。
だからこそ、俺がやるのは今である。
窓からの光はいい感じ。
家族がワラワラと戻ってきて、騒がしくなってきている。
俺がマミィか叔母さんに栄養補給のために連れて行かれるのは時間の問題だろう。
そう、今ならば例え寝返りから戻れなくても助けてもらえるはずである、多分。
やるならば、今。
「うぅぅーー」
昨日の成功体験を思い出せ。
動きをイメージすると、昨日とは違い、強く意識せずとも自然と力が入り、イメージ通りに身体が動いていく。
そして、その時はすぐにやってきた。
「ぅぅぅ〜〜〜〜〜〜!!」
簡単に寝返りを成功させた。
そこまではいい。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
またもや、息は出来ない。
想定通りにはなったが、苦しいものは苦しい。
というかマズイ。
まるで、頭が回らない。
「ぅぅー!ぅぅー!ぅぅー!」
そして、びっくりするほど家族達は気づいていない。
まだ三十秒も経ってはいないだろうが、息が続かないのは恐ろしい。
だが、やるしかない。
イメージしろ。
一度出来たことだろう?
思い描くは身体を反転させて、一時的に宙に浮くこと。
跳躍でもなく、浮遊でもない。
明確に宙へと移動したあの感覚。
飛べ。
跳べ。
浮け。
上がれ。
これら全て、あの現象を言い表すのには違う。
あれは移動。
生前、物を掴んで、違う場所に置いたあの感覚。
それを自身で成し遂げる。
自分の中心を、遥か遠くへ。
自らが望む場所へ。
行け、行け、行け、行け!
「あーぶ!」
何度も見てきたあの天井。
そこに行くことに、身体全身を集中しろ。
行け!!!!
「ーーーーーーーーーーぁ」
熱が急速に身体の中から、消え去った。
そう思った次の時には、俺の眼前には何度も見ていた天井が目と鼻の先にあった。
「ぁぁーー!」
やった。
そう思っていたが、危機にも気づいた。
天井とベットまでの距離は、俺からすれば遥か遠い。
この状況から落ちたら、赤ん坊のやわやわボディによからぬ影響が出るのは間違いない。
「ぁぅぅぅぁぁぁーー!!!」
行け行け行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
頭に浮かべるは安全な場所!!
俺の眠りの定位置!!
自由落下には逆らえない。
身体に落ちる時特有の、急激な風を感じる。
人間、死の間際には時間がゆっくりと見えるというのは本当かはわからない。
だが、思考だけは驚くほど高速に問いと答えを出力し続けた。
その結果。
ベットに落下した。
だが、それは天井との距離から落ちたにしては衝撃が少なかった。
「ぅぅぅ〜〜〜〜」
身体中がものすごく熱い。
今ので、何か身体に何か起きているのだろう。
緊張が解けたせいもあり、色々な感情が涙に変わりかけている。
家族のみんなには申し訳ないが、思い切りここは泣いておこう。
「ぎゃぁーー!、ぎゃぁーー!、ぎゃぁーーー!!」
完全に自制を失ったから涙は溢れるし、自分から出ているとは思えない汚い泣き声が、家の中に響き渡る。
これには兄ちゃんは勿論、ダディもマミィも叔母さんもその娘も、慌てて様子を見にきた。
泣き止み方もわからないほど、今は身体の制御が効かない。
どうしようもないので、今はこの感情に身を任せ続けよう。
これで二つは確定した。
俺は寝返りから戻る方法をまだ知らない。
だが、短い距離の瞬間移動を、瞬間移動を自発的に起こせることを俺は知った。
名前:〇〇〇〇〇(謎)
年齢:不明
性別:男
===使用可能コマンド================
・寝る
・泣く
・食べる
・漏らす
・横を向く
・人の顔の見分けがつく
・あー、うーと声を出す
・笑う
・瞬間移動
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