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第二話「はじめての寝返りチャレンジ」


×××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 約束を破らない。

 約束を必ず成し遂げる。


 そんな大層な目標を抱いたところで、現実は赤ん坊である。

 人と意思疎通は愚か、一人で生きることすら出来ない。


 ここで、現在俺が行えることを整理しよう。

 

 ===使用可能コマンド================

  ・寝る

  ・泣く

  ・食べる

  ・漏らす

  ・横を向く

  ・人の顔の見分けがつく

  ・あー、うーと声を出す

  ・笑う

 ===============================


 全盛期と比べると見る影もないほどに、出来ることが少ない。

 このままでは誓ったことも出来るようになるのは夢のまた先の先だ。

 まずは人間として生きれるように、ならなくては。


 人間の成長段階について、学校の授業でやった気はするが覚えてはいない。

 自分の名前すらもう分からないのだ、覚えているわけがない。


 とりあえず、出来るようになりたい事は二つ。


 歩く。

 人とコミュニケーションを取る。


 歩ければ、より多くの情報を見たり聞いたりする事ができる。

 今のように他者からもたらされる情報だけでは、現在の状況が全然わからない。


 そして、コミュニケーションをどうにか取れれば、自分の意思も相手の意思も伝わるし、今の状況についてより詳しくわかるようになる。

 


 当面の目標としては妥当ではあると思う。

 だが、ビジョンがまるでわかない。


 「うぅ〜〜〜ーーー・・・」


 現在、木の柵によって覆われたベットで横たわっている、はずだ。

 誰かに抱っこされた度にいつもベットが見えていたから、おそらく間違いない。

 横を向くことで何とか見える窓からは、陽の光が差し込んでいる。


 今日のマミィやもう一人の太った女性からの栄養補給の回数的に、今は昼だろうか。

 まあ、時間はいくらでもある。

 目標に向かって行動あるのみだ。


 ひとまず、この場所から歩いて出ようと身体を動かそうとする。

 だが、背中とベットはピッタリとくっついて動かない。


 少し思い出した。

 寝返りだ。

 赤ん坊の成長段階に、寝返りという段階が存在する。


 理由は・・・忘れた。

 だが、出来ないのが現実だ。


 身体の動き方の感覚が、まるで今はわからない。

 身体の隅々を意識しないと、手と足をバタバタするのも満足に出来ない。


「う〜〜〜〜、う〜〜〜、う〜〜〜!!」


 驚いた。

 本当に出来ない。

 今までは全てが出来ていたのに。


 ここまで出来ないと、さすがにもどかしさでイライラする。

 怒りが心の中に広がり、憤りが身体を駆け回る。

 生前も感じていた感情の昂ぶり。

 

 あ、やばい。


 「ふぇっ、ふぇっ、、、うぇぇぇーーーーん!!」


 喜び、楽しさ、それ以外の感情はすぐにこうなる。

 そして、血相を変えてマミィが俺のもとへやってくる。

 

 「〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇?〇〇〇〇?〇〇〇〇?」


 いまだにマミィが何を言ってるかは分からないが、めちゃくちゃオロオロしているのがわかる。

 申し訳ない。


 こっちはただイライラして泣いてるだけだから、そんなに気にしないでくれ。

 そう言えれば、どれだけいいか。

 そんなマミィへの申し訳なさは涙へと変換されてしまい、よりひどく泣いてしまう。


 マミィは俺の身体を抱っこし、ゆーらゆーらして何とか泣き止ませようとしてくれる。

 

 涙を流すだけの存在になり果てて俺の身体は、心に完璧に支配されて何も出来ない。

 そう思っていたが、だんだんと涙が引くのを感じていく。


 マミィの顔、匂い、あたたかさ。

 それらが荒ぶる感情を、落ち着かせてくれる。

 心に癒しを与えてくれる。


 これがゆりかご、か。

 この何とも言えないぬくぬく感。

 安心と幸せを感じる、この感覚。


 気づけば、

 マミィの俺をなだめる声は歌声へと変わり、俺は涙を流しつつも叫ぶ声は小さくなり、

 やがて・・・・。



×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 目が覚めた時には、窓から陽の光は落ちていて、すっかり夜である。

 奥から話し声やら食器の音が聞こえるに、家族の皆は食事をしているのだろう。

 俺がその場に招かられるのには、もうすぐだろう。

 

 寝て起きたら時間がめちゃくちゃ経っていた時の感情は、いつになっても後悔が胸の中から迫り上がってくる。

 というより、泣きそうだ。


 「うぅぶぅぅー」


 ダメだ。

 泣かない泣かない。

 また泣いたら、マミィは心配させるし、

 マミィのご飯も、俺への栄養補給も困難を極めさせてしまう。

 それはいやだ。

 

 抑えろ、抑えろ、抑えろ。


 ・・・よし、もうきっと大丈夫だ。

 赤ん坊になってから自分の感情の機微に気をつけないと、すぐに泣いてしまう。

 こんな頻繁に泣いていたらマミィにも迷惑をかけるし、泣き疲れて寝るを繰り返しては活動時間が減ってしまう。

 

 今回のように意識出来ている時はいいが、そうではない時にはすぐに泣くから何とかしなくては。

 まあ、依然としてやれることは少ない。

 「〇〇〇〇〇〜、〇〇〇〇〇〇〜」

 「あぁーう」


 相変わらず何を言っているか分からないが、とりあえず返事をしておく。

 おそらくご飯の時間だ。

 俺の栄養補給。

 

 今日はマミィではなく、よく来る小太りの女性・・・ここまで家に現れるのなら親戚、おそらく叔母さんか。

 ダディの髪や兄ちゃんの髪と似ている。

 その方から栄養を分けていただくようだ。


 家族は食事を終えたようで、叔母さんに連れられる俺を見ている。

 兄ちゃんは笑顔、ダディはいつもの渋い顔、マミィは疲れた顔をして、叔母さんはめちゃくちゃ笑顔。

 

 叔母さんはダディやマミィと違って、俺に対しては普通の赤ちゃんを見るようにしてくれている。

 それに安心して、俺は赤ん坊としての本能に従い、栄養を享受する。


 無。


 無心を貫け、でないと羞恥で死ぬ。

 この時とトイレの時、俺は赤ん坊であることを恨む。

 食事を取れていた時や、排泄出来ていた時を思い出してから、この時間は不快だ。

 自分の意思で何かをするのではなく、誰かの意思で生かされている。

 それがたまらなく恥ずかしい。

 本当は出来ると頭では思っているからこその、感情だろう。


 だが、我慢だ我慢。

 この屈辱の日々の先に、俺の自由が待っている。

 さあ、栄養補給の後にはもう一度寝返りチャレンジだ。


 食後のげっぷを終え、意気込んでいた俺は叔母さんのゆりかごに揺らされていく。


 あぁ、しまった。

 これをされると俺は・・・・・。



×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 食べた後には眠くなるし、ゆりかごによって寝てしまう。

 その後、起きても眠くなる。


 こんな日々を、何度か繰り返して今は何日目かはわからない。


 赤ん坊になってからというもの、かなり体力のコスパが悪い。


 起きて色々考えてたりするとすぐ寝るし、頭空っぽにして起きててもいつの間にか寝てる。


 兄ちゃんに遊んでもらったり、マミィや叔母さんにお世話してもらったり、ダディや叔母さんとやってくる女の子に見つめられたりしていたと思えば、いつの間にか寝ている。


 こんなに眠いのは、赤ん坊の脳でこんなに考えているせいだろうか。


 俺がよく寝る理由はよくわからないが、わからないものは仕方ない。


 とりあえず、感情のコントールも努力はしているし、寝返りチャレンジは続けている。

 前者は成長の兆しは見えていないが、後者は順調である。


 自分の体の輪郭を認識し、どこに力を入れれば、どう動くのか。

 体の隅々まで意識して取り組むことで、なんとか体を動かすことが出来ている。


 ここまで体について考えたのは、生前でもそうなかったと思うが定かではない。

 だが、ようやく分かってきた。

 最初に何も出来ずに泣くようなことは少なってきている。



 次に意識が覚醒したのは時刻はわからないが、夜。

 窓はおろか、室内は夜の暗闇しか見えない。


 夜の栄養補給も終わって、みんなは寝静まってる中、俺は目覚めてしまった。

  

 目覚めるといつも一人だ。

 昔は寂しさがなぜか湧いてきて耐えられず泣いてしまっていたが、今はコントロール出来ている。

 少しは感情に振り回されなってきたらしい。


 いまだにどのタイミングで自制を超えて涙が来るメカニズムはわからないが、まあいい。


 ただでさえ、寝やすい身体なんだ。

 起きている時間は有効に使わなくては。


「ぅぅぅーーーー、ぅぅぅぅーー」


 身体全身の輪郭を、意識する。

 今まで意識してない部位にまで、力を込めていく。


 手や足を必死に振ることで、身体に勢いを。

 左半身には脱力を。

 右半身の背中からお尻にかけて力を集中させていく。


「ぅ、ぅぅーーー!」


 いつもはここで終わっていた。

 手足を振るのに集中しすぎて疲れたり、

 身体に力を込める感覚が掴めず、全然動かない感じになってきた。


 だが、今は初めての感覚を味わっている。

久しぶりに味わう身体が思うがままに動く、全能感。

 


 これはいける。

 今までの集大成をだすか、ここで。


 「ぅぅぅーーーー!」

 

 実際は1秒にも満たない。

 だが、体感はスローモーションのように感じた。

 右腕を起点に、背中がベットから完全に離れる。

 その瞬間、右半身全体に体重がかかるも滑らかにそれらは流動していく。

 やがて、胸から股間にかけて体重を感じていき、左腕がベットに辿り着いた時、全ての動きは

終了した。


 寝返り、ここに会得。


 「ーーーーーー、ぅぁ!?」


喜びの雄叫びをあげたはずだった。

 だが実際は、ベットに顔が埋まって声にすらなっていなかった。

  

 というより、まずい。

 息が出来ない。


 「ーーーぅ、ーーーぁ!、ーーーーーぅ!!!!」


普段は皆の迷惑になることを気にして大声をあげないが、今はそんな事も言ってられない。

 必死に、必死に声を身体から絞り出していく。

 だが、一向に声は自分の耳にすら入らない。

 そして、誰かがやってくる音すらない。


 まずいまずいまずい、死ぬ死ぬ死ぬ!!!

 なんだ、どうすればいい!?


 息が、出来ない出来ない出来ない!!!


 頭をまわせ、全力で!!!

 生前の知識を絞り出せ!!!

 

 寝返りしたあと、どうやって呼吸をしていた?

 そうだ、普通に顎を前に出して、気道を確保していた。


 顔を!

 無理だ、顔をあげる首の力が足りないし、やり方も頭は理解していても、身体が理解していない。


 なら、寝返りから戻るしか!!

 無理だ、さっきまでので力を使い切っている。

 というより、うつ伏せから戻る方法に考えられない。


 水の中にいるようで、手足をバタバタさせているが、何一つ状況は改善しない。


 死ぬ死ぬ死ぬ、死ぬ?

 こんなところで?

 赤ん坊の時に?


 ・・・・・それはダメだろ。


 まだ、何ひとつ。

 何ひとつ成し遂げてもいないし、誰とも約束をしていない。


 誰かとの約束を果たすまでは死ねない!!!


 思考は全速力だが、視界はベットに埋まったせいで真っ暗。

 意識はあるのかないのかすら、わからない。


 それでも全身から力を絞り出して、今の状況を改善しようと身体を動かしていく。


 ふざけるな、こんな所で死んでたまるか。

 いやだいやだいやだ、嫌だ!!!


 恐怖より怒りが勝っていく。

 身体には胸元から熱が広がっていき、全身が包まれていく。

 風邪を引いた時のように身体の感覚が不明瞭になるが、熱だけを感じる。


 「ーー!ーー!ーーーーーーぅぁ!!!」


 必死にイメージするは仰向けの自分。

 それ以外に生きれる道はない。

 身体をジタバタさせて、寝返りの成功を祈る。

 お願い、頼む、本当に!!


 必死に身体を起こそうと努力を続けていくうちに、先程まで胸から全身に広がっていた熱が背中から引いていくのを感じる。

 やがて、どれだけ経ったか身体は動くのをやめていた。


 仰向けに寝る自分のイメージは、やがてぼんやりとしていき、消えかかっていく。

 そして・・・・。



「ーーーーーーあぅ!!」


背中に強い衝撃を感じた。


 「ーーーーーーーーー?」


 突然の背中からの衝撃に驚くのも束の間、

 奇妙な状況になっていた。


 息が吸える。

 背中はベットにくっつき、俺は天井を見上げている。

 俺は寝返りをする前の状況に戻っていた。


 だが、うつ伏せからこの状態になった記憶がない。


 あまりの事態に泣くことも、笑うことも出来ない。 

 何が起きた?


 状況を整理する。

 ①まず、寝返りに成功する。

 ②寝返りのせいで、うつ伏せになって死にかける。

 ③いつのまにか、寝返りをする前の状況に戻っている。


 わからない。

 ②と③の間で何かが起きたのは間違いない。

 だが、やっていた事は手足をバタつかせていただけだ。

 とてもじゃないが、冷静じゃないあの状況でうつ伏せの状態から寝返りが出来たとは、思えない。

 何より記憶がない。

 では、この状態になる前に起きたことを思い出さなくては。


 ・・・背中に強い衝撃があった。

 誰かに叩かれたような局所的な痛みではなく、背中からお尻にかけてだ。

 そして、均等に衝撃があり、あとを引くレベルでの痛みではない。


 その前は?

 ジタバタしていた。

 手足をガムシャラに。

 身体もめちゃくちゃ動かしていた。

 それだけだ。


 それだけか?

 違う、胸元に熱を感じていた。

 その熱は死ぬ間際の熱かもしれないが、それが全身に広がって、やがて急速に背中から引いていったのは事実だ。

 そこから疲れて、動かなくなった。


 ・・・では、あったことを整理する。

 ①まず、寝返りに成功する。

 ②寝返りのせいで、うつ伏せになって死にかける。

 ③身体と手足を必死に動かしてもがく。

 ④胸元に熱を感じ、それが身体全体に広がって、背中から引いていく。

 ⑤身体を動かせなくなる。

 ⑥いつのまにか、寝返りをする前の状況に戻っている。


 整理してみるに、④で何か身体に起きて、この状況になったというのは間違いない。


 通常ならありえない現象、考えられる可能性は多数あるが、ここに思い出される知識が一つ。


「異世界には、現実で起こらない全てがある」


 かつての俺の記憶が開かれて、アニメや漫画、ラノベに得てきた異世界の知識が頭の中に流れ込む。


 楽観的観測であるし、再現性は未だ思いつかないし、法則も皆無だ。

 だが、物理法則では解決出来ない事象が起こっている。

 もしかしたら、もしかするかもしれない。


 「あう、ああううう、あうあーーーー!?」


  俺、異世界に、来てるーーーーー!?


名前:〇〇〇〇〇(謎)

年齢:不明 

性別:男


===使用可能コマンド================

  ・寝る

  ・泣く

  ・食べる

  ・漏らす

  ・横を向く

  ・人の顔の見分けがつく

  ・あー、うーと声を出す

  ・笑う

  ・寝返りキャンセル(仮) NEW!!

 ===============================

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