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プロローグ

 

 階段で足を踏み外して落下していく中、とある言葉が頭の中で思い出された。


 どこかで読んだ漫画のキャラが言ったあの言葉。

 もう、そのタイトルも、キャラも、正しい台詞も思い出せない。

 ただ、俺の中の言葉と混ざり合い、溶け合い、残った言葉が頭に響く。


「人間には、決して抗えない衝動が必ずある」


 「それは無意識であれ、有意識であれ、人生をその方向に突き動かす」


 「そして、衝動から得られる幸福を知ってしまったら、もう元に戻れない」


 「例え、その果てにあるのが地獄であろうと」


 「衝動には抗えない、それが私の思う人間だ」


俺の衝動はきっと、5歳のあの時からだろう。


「⬛︎⬛︎⬛︎くんは、あたしのオットだからね!」

「うん!」

「いーい!?⬛︎⬛︎⬛︎くん、ほかの女の子とあそんじゃダメだよ!?」

「うん!」

「・・・・⬛︎⬛︎⬛︎くん、手をつないでくれる?」

「うん!」

「⬛︎⬛︎⬛︎くんはいっつも「うん」ばっか!ホントにあたしのこと好きなの!?」

「うん!ぼくはあかねちゃん、大好きだよ!」

「ふふ〜!よろしい!!それじゃ、今日もあたしと遊ぼうね!」

「うん!」

 

 あの頃は保育園であかねちゃんと恋人だった。

 どっちが告白したかは覚えていないが、当時

何も知らなかった俺がどうやら愛の告白をしたらしい。

 それに感動して以来、あかねちゃんは俺にベッタリで、俺もあかねちゃんにベッタリだった。

 

 手も繋ぐし、ハグもするし、キスもするでやりたい放題だった。

 保育園の先生達はやんわり止めるがあかねちゃんが論破するし、両親は微笑ましく見守ってくれたおかげで、俺たちは保育園で最強無敵な恋人同士だった。


 恋の始まりは覚えていないのに、終わりだけは鮮明に覚えている。

 あかねちゃんの家が両親の仕事の都合で、引っ越すことが決まったのだ。


 俺は何も理解出来なかった。

 だから。

 あかねちゃんが何で毎日泣いているのかも。     

 何でもう会えないなんて寂しいことを何度も言うのかも。

 何で俺とは遊ばなくなったのかも、わからなかった。


 だから、俺は泣くあかねちゃんを慰める為に抱きしめながら言っていた。

「あかねちゃん、大好きだよ。だから、泣かないで」


 そんな日も終わり、母親と一緒にあかねちゃんの家に行くことになった。


 母親は何度も何度もあかねちゃんとはもう会えないことを伝えていたが、俺はわからなかった。

 わかろうとしなかった。


「⬛︎⬛︎⬛︎くん、バイバイ」

「あかねちゃん、また明日ね!」

「・・・・もう、明日は会えないんだよ」

「じゃあ、えっと、また保育園でね!」

「保育園にも、もういないの」

「じゃあさ、じゃあさ・・・・またお家に行くね!」

「お家は遠くになっちゃうから、もういつもみたいに会えないんだよ」

「じゃあさ、じゃあさ、じゃあさ・・・・えっと、えっと、えっとさ・・・そうだ、大好きだよ、あかねちゃん!!」

「・・・・⬛︎⬛︎⬛︎くん、あたしも大好きだよ」

「そっかあ、そっか、へへへ・・・」

「・・・男の子でしょ、泣いちゃダメだよ」

「っ、な、泣かないよ!だって、だって」

「・・・・」

「あ、あかねちゃんは、明日も会えるし、保育園にいるし、遠くになんか行かないから!それに僕は、あかねちゃんが大好きだから!だからっ・・・」

「・・・・・・・・・ありがとう、⬛︎⬛︎⬛︎くん」

 

 俺の言葉を言い終わる前に、あかねちゃんが俺を抱きしめていた。

 あかねちゃんの体温も、頬の涙も、心臓の鼓動の感覚を今も鮮明に覚えている。

 俺が、彼女に自分の全てを伝えている感覚も。

 そして、それが失われる感覚も。


 俺達は自然と離れて、互いを見つめていた。

 彼女はもう泣いていない。

 俺だけが涙も鼻水も流しながら、彼女を見つめ続ける。


「⬛︎⬛︎⬛︎くん、約束をしよう」

「・・・・約束?」

「⬛︎⬛︎⬛︎くん、あたしに負けないくらいの人をたくさん好きになって。そして、その人を幸せにしてあげて」

「いやだよ!僕はあかねちゃんが好きなんだから!他の子を好きになんて」

「・・・・あたしがいなくなったら、⬛︎⬛︎⬛︎くん。寂しくて泣いちゃうでしょ?だから、私の代わりを必ず見つけて」

「いやだ!ぼくは!あかねちゃんが大好きだから!!」

「あたしも⬛︎⬛︎⬛︎くんの事は大好き。でも、笑ってる顔が一番好き。だから、あたしが居なくなっても笑っていてほしいの」

「いや・・・いやだ・・・」

「じゃあ、あたしが遠くで⬛︎⬛︎⬛︎くんが泣いてると、あたしも泣く。それでいいの?」

「・・・・・それが、一番いやだ」

「でしょ?」


 あかねちゃんが、小指を俺の前に差し出す。

 それは保育園の先生から聞いていた約束の証。

 涙で震える身体を抑えつけ、小指を彼女の小指に絡ませる。


「じゃあ、約束ね。あたしに負けない誰かと出会って、幸せになって」

「うん、うん」

「あたしもきっと、⬛︎⬛︎⬛︎くんに負けない人を誰かを好きになる」

「・・・いやだけど、あかねちゃんが笑っていてくれるなら、我慢する」

「・・・あたしも我慢する。でも、もし、また会う時があったら。その時にお互いに好きな人がいなかったら」

「うん・・・・うん!!」


 ちゃんと返事をしようとしたんだけど、彼女が誰かと仲良くする姿を考えて悲しくて返事は出来なかった。

 でも、約束の最後に希望があったから頑張れる気がした。

 ようやく、全てを受け入れてしまった。


 そこからは大人に連れられていく彼女を号泣しながら見続けていた。

 彼女の表情も誰かの言葉も届いちゃいない。

 薄ぼんやりとした彼女の輪郭だけを目で追っていた。


 彼女の姿がいなくなって、残ったものは沢山あったが、光り輝くものが一つ。

 あかねちゃんに負けない女の子を好きになって、幸せに過ごす事。


 こうして、俺の人生が始まった。


 そう、数多の女子に避けられることになる

 出会い厨野郎としての人生が。

 


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 どうしてそうなったか?

 あの頃の俺にとっては、簡単な話だった。

 あかねちゃんに行っていた事を、そのまま出来る人がいればいいと思ったのだ。


 だから、保育園の女の子に片っ端から告白して、OKをくれる子と付き合うことにした。

 

 ここまでで済めば問題はなかった。

 お互いの距離感を認識し、ただ一緒に仲良くしてればよかっただけなのだから。

 ましてや、保育園児なので恋愛に求められるものはお互いの気持ちだけで済んだのだから。


 だが、そうはならなかった。

 何故なら俺はあかねちゃんと過ごしてきた日々がある。

 あの先生から止められ、両親による暗黙の了解を持って成り立っていた関係が。

 俺はあかねちゃんにやっていた事をそのままその子にやったし、相手に求めた。


「みっちゃん、好きだよ。だから、チューしよう」

「チューはもうやだ!⬛︎⬛︎⬛︎くん、しつこい!」

「なんでさ、みっちゃんも僕のこと好きなんでしょう?どうして出来ないの?ねえ、ねえ、ねえ」


 すると、どうでしょう。

 相手は拒否する、泣く、恐れるようになるのである。

 流石に先生は怒るし、自分の親も相手の親も黙っていなかった。

 

 ここで素直に謝って、その子との関係をやり直そうとすれば良かったのに。

 だが、俺はそうしなかった。


 相手があかねちゃんに負けない存在ではない。

 そう考えて、とりあえず謝った後には別の子に言い寄っていったのである。


 こうして、保育園の年長さんから年少、果てには保育園の先生にまで告白をしまくった結果、

 みんなから嫌われるようになったのである。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 小学生になったら、流石に学習した。

 あかねちゃんレベルに接するのは、色々まずいということを。

 だから、相手が何をしてほしいか求めるようにした。

 

 標的になったのはお世話してくれる高学年の女の子達。

 同級生は保育園での悪評が広まっており、上手くいかなかった為である。

 高学年の女の子達はお姉さんである為、冗談半分で受け入れてくれる子は多かった。


 手を繋ぐは簡単にクリア出来るし、ハグだって可愛がって普通にしてくれた。

 だが、大好きを連呼していたり、何かしてほしいことを聞くうちに拒否られてきた。

「れんねーちゃん!れんねーちゃんのこと、僕は大好きだよ!どうして、無視するの!?」

「・・・ごめんね、⬛︎⬛︎⬛︎くん。私は君のこと、大好きじゃないから」

「なんで?好きって言ったのは嘘だったの?だったら好きになってもらえるように頑張るから!何でも言って!」

「好きだよ、可愛いものは。でも、恋愛として君のことを好きって言ったわけじゃない。可愛い犬や猫を見て思う好きと、君に対するものは一緒なの」

「じゃあ、いいじゃん!それじゃダメなの?」

「うん。ダメなんだよ、⬛︎⬛︎⬛︎くん。それじゃ、ダメだから。ごめんね」


 この言葉を言うまでにれんねーちゃんは友達に相談し、先生にも相談し、担任の先生にも相談して、俺が傷つかないように振る方法を考えてくれていたことを後で知った。

 そして、過去の悪評も相まって傷つけてでも言うしかないと結論になったらしい。

 

 おかげで六年生の教室に遊びに言った俺は、周囲の上級生にクスクス笑われながら振られることになり、噂は上級生から下級生全体に広まっていった。


 それでも俺はめげずに、普通に話してくれる優しい子を見つけては告白し、振られることを小学生が終わるまで繰り返していた。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 中学生になったら、考えた。

 どうやったら、あかねちゃんの時のように好かれるかを。

 そして、足りないものを学んでいった。

 勉強、スポーツ、オシャレ。

 これらを鍛えあげれば、付き合う確率があがると漫画やアニメ、ファッション雑誌を見て学んで行った。

 

 ただ、学ぶ比率をここで間違えてしまったのだ。

 漫画やアニメの比重を大きくしてしまったせいで、立派な厨二病を患った出会い厨童貞に進化してしまったのである。


「おれさぁ、おまえのことがぁ、すき。みたいなんだわ。この恋の炎、どうすりゃあ、いいと思うぅ?」

「はあ?キモ」

「ふっ、可愛い照れ隠し、と、受け取っておく・・・え、どこ行くの!おい、坂本ぉぉぉ!!」


 ファッション雑誌の恋愛に関するページで、女子と仲良くなるところ、いい感じになるところまで行ける。

 だが、肝心の告白だけが厨二心全開にしてしまっていた為、大失敗し、その噂は学年を駆け巡る。

 そして、小学生の時の悪評が再燃し、中学時代も灰色と化した。

 たまに言い寄る女の子も出現することもあったが、それら先輩の彼女とか、誰かの彼女で、彼氏やその友人達にめちゃくちゃ殴られて、笑われていった。


 中学を卒業する頃にようやく、右腕の包帯や眼帯、髑髏の存在が女子ウケはしないと言う事を学んだ。

 ファッション雑誌にも載ってファッションが、世間で評価されないことを、思春期の俺は逆張りしすぎて気づくのが遅くなってしまった。


×××××××××××××××××××××××××××××××××××


 そして、高校生。

 今度こそ上手くやろう。

 そう思って、たった一人に絞り、自己改造を繰り返し、会話からボディタッチの許容範囲、自身のルックス価値、学力、筋力等々。

 最高のものにまで仕上げて、たった一人の女の子に臨んだ。


 ちゃんと他愛のない話もするようになったし、

 恋愛を意識するような台詞も吐いた。

 相手が嫌悪感を抱いていないことも、彼女の友達からも把握済み。

 多くの友人達にも協力を仰ぎ、彼女のことをよく知ろうと頑張った。


 そして、雨の日の帰り道の歩道橋で。

 傘をさして一緒に歩く彼女の横顔を、俺は無意識にジッと見つめていた。

「千崎、好きだわ。お前のこと」

「え・・・・」

「今までの俺を知っているから信じられないかもしれないが、これは、これだけは本物なんだと俺は信じたい。・・・・だから、付き合ってほしい」


 口から自然と言葉が出てしまっていた。

 だが、今、というのがあった。

 この時以外にする告白はきっと偽りで、今を逃せばもうない。

 そんな覚悟がこの告白にはあった。

 彼女に対して真摯に向き合い、言葉一つ一つを気遣ってきた。

 過去を知っても嫌な顔をしなかった彼女。

 だから、真剣に。

 慎重に。

 言葉を言い尽くした。

 そして、彼女の答えは。


「・・・ごめん、私は⬛︎⬛︎⬛︎に、相応しくない」

 

 涙を流して、自嘲するように笑う彼女が、俺の目に映る。


 俺が告白なんかをしてしまったせいで、彼女にこんな顔をさせてしまった。

 その事に、酷い後悔が胸に、悲しみの慟哭が喉元に現れたが、頑張って笑った。


「・・・・そうか、悪いな。こんなこと言って」

「・・・っ、ごめん」


 高校で好きになった千崎という女の子は傘を捨て、俺から走って遠ざかっていく。

 案外、ショックはなかった。

 本気だったから。

 こうなっても仕方ないというのはあったから。


 だから、彼女が傘を捨てたのを見て、すかさずそれを拾って追っかけた。


 振られて、もう元の関係に戻れなくても、今日だけは彼女の為に動く自分でありたかったから。


 俺のせいで、あんな悲しい顔をさせてしまった。

 だからせめて、濡れて風邪をひかないように思いながら。

 

 そこから先はスローモーションのようだった。

 後ろから追う俺に気づいて、後ろを振り向く彼女。

 その場所が階段の途中だったのが、悪かった。

 足を踏み外しており、このままでは背中から落下することが確定していた。

 

 俺は落下させまいと傘を捨て、彼女の手を掴み、思い切り引いた。

 すると、俺と彼女の位置は入れ替わる。

 彼女は階段に背中を打ちつけ、俺は抵抗することなく落下していく。


 俺が最後に見た光景は、雨に濡れ続けている彼女が今まで見たことのない驚いた顔。

 

 その後、俺は後頭部に強い痛みを感じて、何も感じなくなった。

 

 


 

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