彼は嘘をつく時、口を三日月のようにして笑う
「最近、DNA鑑定をしたんだ」
月曜日の昼下がり。顔色が優れない同僚に声をかけると、想像の斜め上の返事がきた。こんな話なら聞きたくなかったなと思ったが、声をかけた手前話を切るわけにもいかず、仕方なく理由を尋ねてやった。
「おれさ、今年初めて一人暮らしを始めたんだ」
照れるようなことではないと思うのだが、彼は少し照れくさそうに話し始めた。そんな彼の話を要約すると、今まで床に落ちた髪を見ても、家族の誰かの髪が落ちているんだろうとあまり気にしたことがなかった。でも、一人暮らしを始めて、落ちている髪が全て自分のものだという現実にひどくショックを受けたらしい。
「最初はこんなに毛が抜けてるんだってショックだったんだ。でも、落ちた毛を見てたらさ、絶対にオレのじゃない茶色くて長い髪の毛があったんだ」
「たまたま服についてたんじゃないのか?」
そんなこともあるだろうと思ったのだが、彼はおれの質問に対して残念そうに「それがいくら掃除してもすぐに出てくるんだよ」と言った。
「あんまり気になるからさ、通販で買った安い防犯カメラを家の中につけてみたんだ」
防犯カメラまで使う状況ということは、かなり悪質なストーカー被害の可能性もある。おれは厄介な話に踏み込んでしまったことを後悔し始めた。でも、その反面カメラに録画された内容が気になりもした。
「何か映ってたか?」
聞かずにはいられなかった。しかし、おれの期待は裏切られる。
「誰も映ってなかった」
彼の返答を聞いて、がっかりしながらもそれを悟られないように「じゃあよかったじゃないか」と言うと、彼は「よくねえよ……」と呟いた。
「考えてみろ。おれ以外誰もいないのに、いくら掃除しても誰かの髪が落ちてるんだぜ?」
確かに家に入り込んでくるストーカーも怖いが、誰のものかわからない髪の毛がいつも落ちているのもかなり怖い。
「それでさ、少しでも手掛かりが欲しくてDNA鑑定をしてみたんだ。それでその結果がもうすぐ届くんだよ」
おれは「そっか……」としか言えず、話はそこで終わった。
一ヶ月後、彼は行方不明になった。行方不明になる少し前、彼と社内で会った時にDNA鑑定の結果について聞いてみたのだが、彼は言葉を濁すだけで何も教えてくれなかった。
別れ際、彼の顔色が前よりも悪いことが心配になり、「大丈夫か?」と声をかけたら、すぐに大丈夫だと答えてくれた。でも、今思えば彼は口を三日月型にして笑っていた。