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義務だろうがなんだろうが結婚するしかない話

作者: もよん
掲載日:2023/03/29

 


 クロエとリアムは、数週間前婚約した。


 クロエが19歳、リアムが22歳。

 歳が近く年頃な2人。


 3年ほど前に社交場で出会った2人は徐々に親交を深め、婚約と相成った。

 

 しかし婚約が決まってからというもの、クロエの顔色が芳しくない。



 今日はリアムの別宅のテラスにて、2人でお茶を飲んでいた。

 5月の新緑を思わせるクロエの瞳。

 それがリアムには、一段と思い詰めているように映った。


 嫌な予感がした予感がした。自分にとって。

 だからリアムは喋りに逃げてしまった。



「これ、最近美味しいと噂の苺のカップケーキなんだ。見た目も可愛らしくて、本当素敵だよね。それから」



「リアム様………」



「ん?」



「私………。私達の婚約を………」



 リアムの話が止まらないことに、クロエは気づいたのか。それとも痺れを切らしたのか。クロエは意を決したように口を開いた。


 クロエの言葉は衝撃的で。

 リアムの心臓は一瞬で早く、大きく脈打ち始めた。



「婚約を………解消しようだなんて………。

 クロエ、本気かい?」



 クロエの話は、リアムにとって予想の範疇であった。けれど、心の用意は出来ておらず。動揺でリアムの声は少し震えていた。



「………はい」



 小さく返事をし、クロエは頷いた。


 リアムは泣いて取り乱したい衝動に駆られた。例え、いい年の大人の男だったとしても。

 だが目の前にいるクロエが、今にも泣き出しそうなことに気づき、深呼吸を1つした。



「クロエ……、理由を教えてくれるかい?

 婚約を解消したいと思ったのはどうして?」



「………嫌なのです。リアム様が義務で結婚するのが」



(義務で………、結婚するのがいや………)



 その言葉がズシンと、リアムに乗りかかった後、すぐハッとした。



「待ってくれ!

 ⋯⋯⋯クロエ。君が義務で結婚するのが嫌なのではなくて、僕が義務で結婚するのが嫌なのかい?」



 その問いかけに、クロエは再びコクンと頷いた。



「………、つまりその、君自身は僕との結婚が嫌ではない?」



 俯きがちだった顔を上げたクロエ。質問の意図を掴めていない様だったが、クロエは再び頷いた。


 しっかりとクロエの頷きを確認したリアムは、どん底だった気持ちが、一瞬にして天にものぼるほど晴れやかなものに変わった。



「クロエは僕との結婚が嫌じゃない!

 そうだよね? ねっ!?」



 興奮したリアムの様子に驚き、クロエはまるで人形のように素早く複数回頷く。相変わらず、クロエはよく分かっていない様だった。

 ただ1つ、クロエが分かることは



(こんなに気持ちが昂っているリアム様⋯⋯⋯知らない)



 である。普段の余裕綽々、穏やかなリアムはどこへ行ったのか。クロエは思考の処理が追いつかず、何が何だかさっぱりだ。



「クロエは僕との結婚を嫌じゃない! 

 それが分かっただけで十分だ!

 それじゃあ、婚約を解消する必要なんてどこにもないね」



 リアムは完全に安心しきった様子で、再びお茶を飲み始めた。



「お、お待ちください、リアム様。

 良いのですか? このままでは知人程度の私を、家の義務で押し付けられてしまいますよ?」



 それを聞いたリアムは心の中で、がっくりと肩を落とした。クロエとの仲が深まりきっていなかったことが、はっきりしたからだ。

  



「僕はクロエに対して好意的だったと思うのだけれど、伝わっていなかったのかな………」



「いえ、リアム様のご厚意には、いつも感謝しています。

 人見知りで、男性とは特にうまく話せない私にも優しくしてくださって、本当にありがとうございました。

 ですがそのせいで、私の両親の目に留まってしまい、家の利益を絡め、婚約を押し付ける形になってしまい⋯⋯。本当に申し訳ありません」



 この婚姻には両家の利害も関係していた。婚姻なくして利益は生まれないのだから、この結婚は2人家の為の義務と呼べるだろう。



「私と義務で結婚させてしまって、リアム様の幸せを奪いたくないのです。リアム様は交友関係も広く、人望のある方ですから、もっと似合いの方がいるでしょう。

 ですから、私に遠慮なさらず、婚約を解消していただいて構いません。

 この婚約で生まれるはずだった利得については、両親とリアム様のご両親に、私が説明して説得しますから」



 クロエの言葉にリアムはしばらく思案し、持っていたカップをテーブルへ置いた。



「クロエ………、僕はこの結婚を義務だなんて思ってない。

 そう言ったら、このまま僕と結婚してくれるかい?」



「え?」



「まぁ、僕としては義務だろうがなんだろうが、君と一緒になれればそれで良いんだけど。

 ⋯…これで伝わったかな? もっと直接的に言おうか?」



「あ………えっと、その………」

 


 クロエは赤くなった頬を抑えて、狼狽えた。

 その表情を見たリアムは、一気に自信が湧いた。と同時に、加虐心と悪戯心が、むくむくと膨れてしまった。



「あぁ、やっぱり良くわかってなかったんだね? じゃあ直接的に言うよ。

 僕はクロエと結婚したいんだ。

 そうだ。知人程度の間柄の僕だけど、結婚してくれる?」



 赤くなっていたクロエは、ニコニコと笑みを浮かべるリアムを見て、からかわれているのだと気づき、徐々に落ち着きを取り戻した。 



「リアム様、少し意地が悪いです…………。

 おこがましいかもしれませんが、私はリアム様を心の中では友人と………。

 いえ、白状いたしますと、以前からお慕いしておりました。

 ただ、リアム様にはご友人もお知り合いも沢山いらっしゃいますから⋯⋯⋯。自分の立ち位置をはかりかね、自信が持てなかったのです」



 クロエは観念したとばかりに、心中を吐露した。

 それを聞いたリアムは、笑顔のままピタリと止まった。

 不審に思ったクロエがリアムの名前を数度呼ぶと



「クロエが僕のことを、以前から慕ってくれていたって!?」



 思わず叫び声に近い声が漏れてしまったリアムは、慌てて口を押えた。

 しかし、そんなのに何の意味もなく。

 クロエは驚愕した表情を浮かべていた。



「………私の浅ましい気持ちなんてご存じだとばかり。

  ………違ったようですね」



 クロエは先ほどより一層、顔を赤く染め、そこから黙ってしまった。



「どうしよう………。こんなにも嬉しいことはないよ。

 こんなことなら、家を巻き込まずとも君に直接プロポーズすればよかったな」



「………え? 今なんとおっしゃいました?」



 聞き捨てならないセリフに、クロエが一気に冷静になる。



「あ……⋯」



「家を巻き込まずとも? 

 この婚約は、私の両親が持ちかけたと思っていたのですが、違うのですか?」



 クロエの瞳には疑惑が宿っていた。

 今日のリアムは感情の振り幅が大きく、クロエからの思いがけない告白に浮かれ⋯⋯。つい口を滑らせてしまった。

 リアムはクロエからの厳しい視線に折れ、正直に話すことにした。



「すまない、クロエ。

 この婚約を持ち掛けたのは、僕の家でも君の家でもなく、僕だ。

 君のことが好きで、だけど君に恋愛感情を持ってもらえているか、僕は自信がなかった。

 それで結婚を断られたくなくて、互いの家の利益の為という建前を使った。

 恋愛感情がなかったとしても、義務っていう建前があれば、君が僕と結婚してくれると思ってね」



 クロエの瞳が疑惑から、驚きへと変わっているのがリアムには見て取れた。

 


「予想外だったのは君が僕に優しすぎたことだ。

 まさか、僕の為に婚約を解消しようと言われるなんて思ってもみなかった。

 僕は君と正反対………、酷い奴だな。

 けど、後悔はしてない。

 クロエ………、こんな状況でずるいと思うが、本当に愛してるんだ。

 これから先、君の隣にいさせて欲しい。

 君の隣にいたいんだ」 

 



  暫く沈黙が続いた後



「選択肢なんて………ないじゃないですか」



 ぽつりとクロエが返した。



「………そう………だね」



 この婚約をリアムが解消すると言わない限り、クロエの選択は1つしか残されていない。

 クロエの言葉に棘を感じ、仰るとおりと、リアムは少し項垂れた。



「ぷっ………。

 ふふ、私がリアム様のこと、とてもとてもお慕いしてなかったら、ここで引っ叩いていたかもしれませんよ?」

  

 

 先ほどの重苦しい声音とは打って変わって、弾むような声にリアムはぐっと視線を上げ、クロエを見た。



「選択肢が1つしかないなら、仕方ないですね」



「クロエ………」



「ふふ、リアム様だって、先ほど私をからかったでしょ? 

 私もちょっと、お返しがしたくなったんです。

 ごめんなさい」



 クロエが無邪気に笑った。

 ここ最近、見れていなかったその顔を見て、リアムは立ち上がり、クロエの横に立った。



「リアム様?」



 思わずクロエも立ち上がると、リアムはクロエの背中に腕を回し、抱きすくめた。

 クロエは驚いたが、少し震えているリアムをそっと抱き返し



「私、とてもリアム様に愛されていたんですね」



 笑い交じりにリアムに言った。



「とても! とても………、もうずっと前から、愛してる。離してあげられないほど」



 『離したくない』ではなく『離してあげられない』と言うところに、コントロールが効かないほどの、リアムの愛の重さを感じたクロエ。



(……リアム様ってこんな方だったかしら?)



 クロエの頭にそう過ぎったけれど



「うれしい………どうしよう………うれしい………」



 心の声があふれるリアムも、愛おしいなと思い、クロエは良しとすることにした。



「ふふ、私も嬉しいです。

 リアム様には幸せな結婚をしてもらいたかったから。

 叶いそうで何よりです」 



「君のおかげだよ。

 義務だろうがなんだろうが、構わない。絶対クロエが良かった。クロエと結ばれたかった。

 クロエを誰よりも愛して、幸せにして。君の隣にいられる僕に、幸せ以外の選択肢なんてないよ」



 リアムはよっぽど嬉しかったのか、喜びに浸っていた。


 クロエは微笑ましく、リアムを見守っていたのだが………。


 あまりにリアムからの抱擁が長いため、クロエが違和感を感じ始めたのが5分前。



 未だにリアムからの抱擁は続き、クロエが決断を早まったかもと後悔したのが3分前。



 リアムの抱擁からクロエが抜け出し、リアムを嗜めるまであと10秒。



-完-



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