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絶望

作者: こりゅー

私小説という形式を取っておりますが、半分以上は脚色して書いております。飽くまで物語であるということを留意し、どうぞ心を明るく持ってお読み下さい。

それは一時限目のこと。今日有るはずだった現代文と今日は元々無かった筈の体育の授業日にちの振り替えを朝会時に告げられた僕たちは、体操服に着替える事もなく、卓球場へと足を運ぶこととなった。

別クラスの親友のM君以外に大して友達も居ない僕は、駄弁り合いながらだらだらと歩みを進めているクラスメイトを尻目に、そそくさと卓球場に急ぐのだ。あと少しで卓球場というところで周りを見渡すと、自分以外は誰も居ないことに気づく。そこに寂しさは無い。こんなことももう慣れた。第二学年が始まってから約六、七ヶ月程になるのだから、慣れてしまうのも有る意味当然だろう。こんなことに慣れてしまうなど、そもそも人間として寂しいのかもしれないが、僕はそれはきっと違う、違うのだと、根拠の無いままに頭の中で否定しているのだった。


卓球場には、既に体育の教師が居た。よくよく考えると恐ろしげな顔の教師だが、そんなことももう、慣れてしまい、考えることも無くなった。恐れはもう無いし、”先生”、やがては”教師”といった、有る意味称号にも畏怖が無くなってしまった。それに、そこに教師が居る事さえ僕には意味を成さないのだ。大して不良でも無いし、かと言って優良生でも、スポーツ万能でもなかった平々凡々な僕には、誰さえも話しかけない。孤独なのだ。こちらから話を持ちかけると面白そうに聞くのだが、それも、僕は一年生の時に止めてしまった。どこにでも居るような中学生と同じ様に、同級生に対する関心や興味は、すでに無くなったからだ。冷めているのかもしれないし、どこか気取っていて可哀想な存在に見える様に成ってしまうことは自分でも分かっている。だが、果たして同級生と会話をすることに、何の面白みがあるのか。そう感じていた僕はコミュニケーションをしなくなり、そして独り物思いにふけるようになったのだった。それを面白い存在だと感じているのか、ちょっかいをかける様な同級生も居た。その同級生にも一瞥もくれずに、つまり無視して、物思いにふけるように成ったのだった。


体育の授業が始まった。それは授業とはとても言い難いものだった。教師は卓球場を出、どこに行ったのか分からなくなった。殆どの同級生はそれを見るとここは無法地帯と言わんばかりに、ピンポン球を使った野球を始めた。卓球を始めたものも多かったが、それは卓球とはとても言えないような代物だった。アウトでさえもセーフにし、自分勝手に試合を進めるのだ。


僕は教師が卓球場を出る寸前に一瞬だけラケットを見つめたが、直ぐに肩を落とし、卓球場の隅に行くのだった。ラケットに触って卓球がしたい、そんな考えが僅かに脳裏を掠めたが、それもやはり数刻の出来事なのだ。昼寝がしたい。いや、昼寝しよう。

一時限目だから昼寝と言えるのかは知らないが、とにかく寝て、目蓋を落として物思いにふけりたかった。目を開いて棒のように立ちながら、つまらない卓球のゲームでも眺めるのも良かったが、それをすると、何故か思考が霧散してしまうのだ。

制服が汚れてしまうのではないかと心配しながらも、僕は卓球場の隅で寝転んで目を閉じた。闇だ。真っ暗だ。自分の人生を暗示しているのかもしれない。そんな子供らしい、マセたガキのような思考をしているうちに、やがて眠気がやってきた。眠い。眠ろう。そうすれば楽に成る。


「おい、代わってくれ」


そんな僕に、一つの男声が降りかかった。目を開く。暴力的で口下手だが、フランクな気配を漂わせている、剣道部のY君と、彼が握っているラケットだった。彼とは何度か会話したが、どうにも会話が進まないことが多かった。それは、他の人と会話する時にも起こることだった。

卓球が出来る。

僕は心の中で喜び、頷くと差し出されたラケットを受け取った。空いている卓球台に行くと、相手はいきなり球を打ってきた。僕は打ち返そうとするが、打ち返せずに空振ってしまう。球はあらぬ方向へと飛んだ。取りに行かなければならない、面倒だ。僕は無言の内に、しかしいらいらとしながらそれを取るのだった。

そんなことが何度も繰り返された。沈黙のままにだ。相手のG君と僕は、一切会話しないまま卓球を進めた。そうしているうちに、僕は或ることに気づいた。ともすれば、僕はスポーツをするべきではないのかもしれない。スポーツが、嫌いなのかもしれない。

野球が好きだった。あるゲームと兄の影響だった。だが、それはゲームの中の野球であり、本物の野球ではなかった。打つのだけは好きだったが、投げるのも取りに行くのも苦手だった。キャッチボールは大嫌いだった。得意にする努力も、好きにする努力も全くしなかった。そして成長していく内に、野球にも興味が無くなり、身体を動かすことを、体育の時間以外にすることが無くなった。

運動神経が皆無なのだ。物思いにふけることは有っても、運動することは一切無い。

僕は卓球がしたくなくなった。身体を動かすことが、急に嫌に成ってきた。そして、止めた。ラケットを別の同級生に任せ、再び昼寝をしようと、卓球場の隅に腰を落ち着けた。やはり、昼寝の場所はここに限る。


目蓋を閉じ、意識を眠気の中にうずめながら、僕はむしょうに、親友のM君と話がしたくなった。そして出来れば、卓球がしたくなった。出来れば、楽しく会話をしながら。

彼も運動が苦手だった。彼はどこか自分と似ているところがあった。だがしかし、それも一年生の頃までだった。別々のクラスと成った僕らは、互いに話すことが少なくなった。彼は同じクラスの友達と談笑することを選び、僕は誰とも話を交わさないことを選んだ。その時点で、僕のみじめな学校生活が始まったのかもしれない。彼は同じクラスの友達と話す努力をしたのだから、きっと良い学校生活が送れて居るのだろう。一度、彼が同クラスの友達の友達と談笑している時に彼を見ていると、どこか僕らの距離が遠くなった様に感じた。


僕は選択を間違った。苦痛も無いが、喜びも無い、努力をしない道を選んでしまった。彼がどう選択したのは分からないがおそらく、喜びのある道を選んだだろう。選んでいて欲しかった。そして、選んだはずだ。そう思ったかと思うと、遂に眠気と睡魔が僕を襲い、僕は授業の終わりを告げる笛を聞くまで目を開く事はなかった。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自意識 [気になる点] 自意識 [一言] 一緒です。
2010/02/18 21:04 退会済み
管理
[一言]  挨拶が遅くなりましたが、お気に入り登録ありがとうございます。今はエッセイを一段落させ、詩を投稿しながら、通俗小説の連載に取りかかっています。やはり内容に房字に関する言葉が出てくる所もありま…
[良い点] 主人公の閉塞感が良く出ていていた。 きちんと視点を絞りきることで全体的な描写を統一できている。 [気になる点] 少しばかり文章が拙い。 あるいは主人公の心象を反映した結果かもしれないが、文…
2009/11/15 00:01 退会済み
管理
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