第七章 語り部
第七章 語り部
さて、以上の物語は、日本の犯罪史上例を見無い、つい先般起きたばかりの『女子高校生・生体解剖殺人事件』の私なりの事件の推移や、その解釈やを一つの小説風の物語にしたものである。
この話は、事件の真犯人がまだ誕生日前であって15歳の少年であった事。被害者は睡眠薬及び筋弛緩剤により眠らされたままで、つまり生きたまま生体解剖された事、真犯人とされる少年が現在も逃走中である事等々の、あまりにセンセーショナルな事件であったため、マスコミは、事件が解決された今も大いに騒ぎたてている。
特に一体、何故にその少年が、かような狂気じみた実験を行ったのかが大きな争点となっていた。著名な心理学者、精神医学者、教育評論家、果ては文部科学大臣までが論争に加わった。
それに、マスコミ上はあくまで「少年A」の犯行と喧伝はされているが、地元やネットの世界では、既に実名が公然とささやかれているのだ。皆、真犯人を知っていながら知らないふりをしていただけなのである。
しかし、いかなる有識者の意見であっても、どれもこれも決定的な結論には至らなかった。それは、金田誠二の異常な程の心や頭脳の動きの変化を、誰も正確に把握していなかったからだ。
特に、交通事故後の金田の頭脳の飛躍的進歩が、本当に金田少年の周囲の極少数の人にしか分からなかったから、なおの事でもあった。
では、この私が、どうして金田誠二の心の動きを、いくら小説風の駄文とは言え、そこまで推測できたのか不思議じゃないか?と疑問をもたれるであろう。
しかし、それにもちゃんとした理由があるのだ。
先ほども書いたように、交通事故前と後の金田誠二の性格と頭脳は激変している。この事を早くから知り得る人間を逆に考えてもらいたい。
まず金田誠二の恋人・田中江美、金田誠二の両親、金田誠二の親友の数名であろう。
しかし、ここにもう1人だけだが、金田の心の動きや頭脳の動きや変化を、実に客観的に手に取るように把握できる人物が、この世にはあと1人だけだが存在するのだ。
何でもない、この私である。
では、この私とは、一体だれなのか?
簡単な話だ。
この私こそが、金田誠二の中学3年生の時の担任であり、また、某国立大学で心理学を専攻した関係上、スクールカウンセラーを拝命している事から、金田本人から急激に変化していく自分の心や頭脳の悩みについての、実に微に入り細に入る相談を、毎日のように受けていたのだ。
その相談は、金田が高校に行っても続いていた。
で、私自身の結論としては、多分、交通事故が原因で、金田誠二の頭脳や性格は激変した事になる。
つまり後遺的原因による「サヴァン症候群」(超人的な頭脳的能力を有するかわりに性格的には社会適合性を欠く人の事、ただし、総てが先天的に出現し、後天的に出現した例は今まで無いとされているのだが…)や、「アスペルガー症候群」(言語障害を伴わない自閉症と言われ、やはり頭脳は飛躍的に発達しているとされる)、更にそれらの病の併合によってもたらされる「人格障害」なのではないのか?と言うのが、私の出した結論なのだ。
さて、現職の教師が、実の教え子を出して、その猟奇的殺人事件に至るまでの自分なりの考えに基づく手記を公表するのは、教職にあるものとして、あるいは公務員としていかがなものか?と思われるだろう。
正にその通りである。
しかし、この私にも実は大きな大きな問題点を抱えていたのだ。
それは何かと言うと、金田誠二に黒魔術の本を与え、田中江美を生体解剖するよう教唆や後催眠暗示(特に、私は、言語だけで相手に催眠をかけられると言われる「エリクソニアン催眠法」を使ったのだが)を掛けたのは、いわゆるこの私だったからだ。
現役の教師が、何故、金田誠二に田中江美を生体解剖するよう、し向けたかって?その理由は実は至って簡単な動機からなのだ。
それは、私自身がまだ独身であった事もあり、あの美少女であった田中江美に、金田以上に熱烈に恋していたからに他ならかったからだ。
金田誠二が、田中江美から、9月14日の日曜日の夕方にマンションへ招待を受けたと聞いた時、そしてそのメールの詳しい中身の報告を受けた時、私は、田中江美が自分の体を金田にゆだねる覚悟である事を直感したのだ。
私の心は大きく揺れた。私は焦った。
心より田中江美を愛していた私は、金田に電話で徹底的に「エリクソニアン催眠法」を吹き込み、遂に、あの生体解剖殺人事件を引き起こす事に成功したのだ。
無論、かような事を面談もせず電話のみで引き起こす事は、素人ならばまず不可能だろう。
しかし、ほとんど天才的な頭脳にまで達しており、更には、悪魔的な教義に染まっていた金田だからこそ、私の目論み(「エリクソニアン催眠法」による後催眠誘導により金田に生体解剖を行わせる実験)はまんまと成功したのだ。




